食満留三郎先輩といえば、屋根を黙々と修理するあの大きな背中を思い出す。 思えば食満先輩に会うのは必ず屋根の上だった気がする。初めての出会いは屋根でぐうぐう眠らせていただいてたときのことだ。心底申し訳なさそうに私を起こした食満先輩は、これまた申し訳なさそうに少し移動を頼むとこぼした。どうやら私のすぐ隣に、七松先輩が蹴飛ばしたボールが貫通していた様子。今思い出しても恐ろしい有り様だった。私が少し横に移動すれば、食満先輩は黙々と修理しだした。その後ろ姿は寝ぼけ眼の私にもよく見えた。 それからしばらくしてくのいちクラス対抗鬼ごっこが行われ、私がうっかり足を滑らせ瓦を落としてしまったときも、食満先輩は反対側の屋根の上からしっかりそれを確認していた。初めて会ったときとはくらべものにならないくらいの不機嫌顔は、遠くからでもよく見えた。あの時の顔といったら。今でも思い出すたび、氷を丸飲みしたみたいに背筋がぞっとする。 その後は私が食満先輩を発見することの方が多かった。少なくとも、前のように屋根を破壊して鬼のような形相を向けられることはなくなったと思う。気をつけるようになった自分に拍手。その頃はよくまぁ何度も何度も壊れるものだなと学園のわんぱくさに感心していたけど、まだ用具委員長でなかった食満先輩が必死に修理に取りかかっているのを見て、次第に手伝うようになった。 ただ、食満先輩は五年生くらいになると、あまり私に修理を手伝わせたがらなくなった。私が年下で、しかも女だということが理由らしい。初めてケンカした。先輩ということもお構い無しにたくさん殴った。食満先輩は笑っていた。実際効いていなかったんだと思う。最初で最後の軽くはたくという食満先輩の攻撃は、存外痛くってしばらく口は利かなかったけど、やっぱり屋根に登ったとき黙々と修理する大きな背中を見つけるだけで、食満先輩の元へ駆けつけたのを覚えている。 こうしてなんやかんやで私はずっと食満留三郎先輩の後をついて生きてきたので、少なからず影響されてしまったようである。食満先輩が卒業したあとも用具委員を手伝ってしまったので、屋根の修理のみならず塹壕の片付けや蛸壺の片付けも、壁の修理も長屋の修理も得意になってしまった。学園のわんぱくさはますますあがるばかりだったなあとしみじみ思う。そうして、私も晴れて食満留三郎先輩と同じ就職先につくことができたのだが。 「食満先輩、あっち終わりましたよ〜」 「ん。なら下行って飯もらってこい」 「はい」 「たくさん食えよー」 「食満先輩の分ももらってきましょうか?」 「おう、頼む」 忍者のはずなのに未だ城の修理を任されているとはなんという事態だ。 学園とは比べものにならないくらい高い屋根から地面を見下ろす。ここもまぁなんとわんぱくなお城だ。崩れ落ちた瓦に苦笑いがこぼれる。戦を起こさないだけましってもんなんだろうが。 それにしたって平和だ。食満先輩と一緒の就職先ならば戦・戦・戦の連続だろうと思っていたのに。現実は学園とさしてかわらず。仕事と言えば、こうして屋根の修理だとか掃除だとかおやつ作ってあげたりとか。うん、平和である。食満先輩はさぞ戦いたくてうずうずしているのだろうなーと思ったけど、案外彼は彼でこの生活が肌に合っているようだった。 仕事仲間の元へ行けば、これまた平和そうに割烹着を身につけて調理をしている。あいかわらずこの光景を見ると笑ってしまう。昼ご飯を頼むとすぐさま私用の小さい膳と、食満先輩用の特大の膳が用意された。やはりみんな忍だ。仕事が早い。ちなみに私も腐っても忍なのでこれくらいの膳、こぼさず運べて当然である。 きっと食満先輩もお腹をすかせているだろうから、急いで屋根までぴょんぴょんとあがると、見慣れた大きな背中が見えた。 今でもこの光景を見ると、変な気分になる。昔のことがまるで恥ずかしいみたいに、心臓がぎゅうぎゅうと痛くなるのだ。食満先輩が卒業したときよりも、大きく見える。不思議な気分。 「おい」 「ひい!」 「……?何驚いてんだよナマエ」 「い、いえ、なんでもないっす!昼ご飯お持ちしました!」 「おーあんがとなー」 いきなり振り向くものだから、びっくりしてしまった。見つめていたことがバレてしまっただろうか。恥ずかしい。そんなこともおかまいなしに食満先輩が私から膳を受け取り、いい天気だな〜なんてにこにこしながら天丼をほおばり出した。はたして今日は何回おかわりするだろうか。いい加減突っ立っているのもばかばかしいので、頬が熱いのをなんとか押さえ込みながら食満先輩の隣に座る。えびの天ぷらを頬張るといい音がした。 「おい、いただきますしたか?」 「う、い、いただいてます。」 「俺も忘れてたけどな。いただいてます」 「つーか食満先輩早食いしすぎですよ…!」 「そうか?」 私が天ぷらを一口二口かじり付いている間にどんぶり一つ、空にしてしまう彼の胃袋と早さには毎度驚く。さすがに慣れない。この尋常な早さには。 「そういやさ、ナマエ」 「はいなんでしょうか」 んぐんぐと天ぷらを咀嚼しながら食満先輩が唐突に何かを切り出した。な、なんか嫌な予感がする。もしやさっきのことか、いやまさかそんな。今まで何も言われたことは。 「お前よく俺の背中見つめんのやめろよ」 「……え、え、すみません」 「いや別に嫌とかではなくて」 「気持ち悪いとかそういう話ですね」 「だからちげーよ」 意外にも鋭く刺さった刺に内心泣きそうになりながらも、食満先輩がのんきにきすを頬張るのを見てなんとかこらえる。あんたの幸せそうな顔を見るだけで私は癒されるんですよ。 「ナマエ、穴が開くほど見てくっからほら、恥ずかしいというか」 「え、あ、その…すみません」 「別にかわいいからいいけどなぁ」 「はい…すみません…」 …………ん? 「え?」 「ん?」 「いま、今なんて言いましたか食満先輩」 「なんも言ってない言ってない」 「え、かわいいとかなんとか聞こえたんですけど」 「ナマエ、おかわり!」 「あ、は、はい!」 ど、ドキドキしてしょうがない。 食満先輩の膳を抱えて慌てて屋根から飛び降りる。調理場に辿り着くのに、新記録を出すかってくらい速く走った気もする。とにかく、もう一回。おかわりを持っていったら、もう一回あの大きな背中に聞いてみよう。 屋上から飛べ 100423 |