出口はどっち?[1/2]
わけの分からない感情は苛々する。
すべて力で解決する世界で生きてきた俺にはそれじゃ儘ならないものは邪魔だし必要なくて、解決出来たものは弱い、出来ないものは強い、というたった2つの分類しか俺には要らない。
誰だっかなァ。
前にこんな話しをしたら、ガキの駄々と同じだ、と短く笑い捨てたのは。もう覚えてないや。たぶんもう俺が殺してしまってる。
「細いなァー」
「オイオイ団長、ついに殺っちまうのか?」
「あ、阿伏兎。終わった?書類」
「終わった?、じゃねェよスットコドッコイ。アンタが全部俺に押し付けたせいでなァ……って、聞いてる?」
「うん、聞いてる聞いてる」
「同じ言葉を2回繰り返す奴は総じてそれをやっちゃいねェンだよな」
「ねェ、阿伏兎」
俺たち夜兎の肌は陽に嫌われたことを忘れないために白く、夜兎の女のそれは人外で美しく天人の中でも評価が高く側女として置く対象として乱獲されたらしい…というのもその昔。弱い夜兎はそうして淘汰され、強い血だけが残る。後に宇宙最強の傭兵部族と呼ばれるようになった夜兎の絶滅寸前である事と顛末がそれにあるかは推測の域を出ないまでも俺は自明の理であると思ってる。
そんな俺たち夜兎の肌の白さに負けず劣らない白く細い首に手を掛けながら、なんですか?団長殿、とうんざりとした阿伏兎の声に顔を上げにこりと笑う。
「この首、折ったらどんな音がすると思う?」
「はァ?」
「ずっと考えてたンだよ、雪音が倒れてから」
「あーそーかい。ずっとそうやってアンタは雪音の側について考えてたわけだな、俺に書類を押し付けて」
「その言い方腹立つ。殺しちゃうぞ?」
「そりゃあ有り難いですねェ。そうすりゃ俺は団長から押し付けられる書類地獄から解放されるわけだ?」
へらりと笑い俺を見下ろす阿伏兎の言葉にしばらく思案。正直それは困る。けどイラッとしたからやっぱり阿伏兎の足元に一発だけ拳を打ち込む。別に足が駄目になっても書類は書けるしネ。
「お、っとー。危ねェ危ねェ。で?雪音はどうなんだよ?」
「医者が言うにはこの前降りた星特有の病に掛かったらしいよ。地球にはないものだから地球人には免疫がないんだってさ」
「だとすると、死ぬのか?」
「そんなわけないだろ?ウイルスごときで」
「そりゃアンタの話しだろ?こと雪音はか弱い地球産だぞ?」
「ウイルスなんかで死にやしないよ。その前に俺が殺す。それならいいだろう?」
にこりと笑う俺に阿伏兎はまだ呆れたように笑うものだとばかり思っていたんだけど、どうしてか阿伏兎は目を細め思案げな顔で俺を見下ろすだけ。
オッサンに見つめられてるのは気持ちのいいものじゃない、とフィッと顔を雪音へと戻せば漸くいつものように、はァ、と溜め息が傍らから聞こえてきた。
そうそう、そうしててくれなきゃ。俺が地球産の女ごときに憂いてるみたいじゃないか。
使用人のために宛がわれた俺たち団員よりもいっそう質素で冷たさを感じるこの部屋で、さっきから雪音の荒く苦しげな息遣いばかりが聞こえてる。本来は4人部屋なんだけど、出てってよ、と追い払った。
第七師団の使用人である雪音が倒れたと聞いたのは食堂の調理を任されている男からだった。俺が、どうしたの?、と聞いた。朝から姿を見ないだなんて滅多にない。そうして初めて聞かされて当たり前だ。雪音は使用人で、天人でもない地球産。船の中でも何かと鬱陶しがられていたし何かにつけて弱いだ脆いだと、そんな風に言われてた。
ちょうど1年ぐらい前だったけ。
雪音は俺たち第七師団の目のつけた商家の主人が、コイツで勘弁してください!、と寄越した地球の女だった。まァその主人の、これで見逃してもらえる…!、っていうしてやったりな顔がムカついたから殺っちゃったけど(阿伏兎が頭を抱えてたっけ)
名前を聞いたのはそれから半年経った時。
コイツの作る炒飯が凄く美味いから。
俺のことを"団長様"なんて呼んでだから、神威でいいヨ、なんて言ってやったのはまだ一月前くらい。
そして1週間前に仕事で降りた星は鉱物が有名なのだと聞いて雪音を連れて船を降りた。もっとも仕事はその鉱物を海賊らしく奪うものだったんだけど女は光物が好きだって聞いたことがあるし、少しも飾り気のない雪音にとても似合う気がした。
キラキラと小さな青い鉱物の揺れる耳環は俺が買ってやると言ってるのに雪音らしくとても控え目で、不満げにする俺に雪音は嬉しそうな顔で耳環を見つめながら言った。
"だって神威さんの瞳と同じ色をしてる。とても綺麗"
その声が嫌いじゃないと思った。
だから俺の側に置いて、俺専用の使用人にしようと決めた。第七師団の団長である俺の側にいる女が地球産じゃあまりにも格好が付かないとかなんとか言った奴もいたけど別に俺がいいんだからそれでいい。
その雪音は寝心地の悪そうな硬いベッドで意識を戻さず、医者にさせた治療も効いてるのかどうかまったく分からない。
なんで治らないんだろう?
どうして雪音は苦しんでいるんだろう?俺が、ねェ、と呼び掛ければいつでも、はい!、と機敏に返事をした雪音に苛立ちさえ覚える。
けど、白く細い首に掛けた手にはついに力を込められなかった。
雪音が、苦しい、やめて、とあの声で言うのはどうしてか聞きたくないと思う。
団長、と阿伏兎がしばらく経って声を掛けてきたのは俺が雪音の首から手を離し、サラサラだよね、と雪音の髪の毛を撫でた時だ。
「俺はアンタより長生きしてるから余計なお世話だと分かってて言うぜ」
「………なに?あんまり余計なことを言うなら殺す」
「雪音は元々強い方じゃねェンだ。寄越した主人が言ってたろ?奴隷として地球から買ったが身体が弱くて使い物にならねェって」
「それがなに?」
「その雪音がこの船の重労働を必死になってこなしてたのをアンタ、知ってるか?」
「………」
「朝早く起きれば掃除をしてそれが終わればアンタのために大量の炒飯を作る。仕事に俺たちを見送ったからと言って休んでるわけじゃねェ。俺たちの血濡れた服を洗濯し干す、それだけだってこの細身にゃ堪えただろうよ」
「何が言いたいのさ?」
「世の中ってのは上手くバランスが取れてるってことだ。俺たち夜兎が強さゆえに長く生きねェことと、地球産が弱いながらに生き賢さを身につけたことと、どちらも身につけたもので天命が決まってンだよ世の中ってのは」
「だから?何が言いたいのって聞いてるじゃないか」
「つまり雪音だって死ぬってこ……」
バァーンッ!!
「もう1回言ったら本当に殺すヨ?」
「いててっ…だから余計なお世話だって最初に言ったろ?」
「………」
俺が阿伏兎を蹴り付け壁に叩きつけられたその音がかなり大きく響いたのに、阿伏兎に追い撃ちをかけるために振り上げた手をそのままに雪音を振り返ってみても雪音は目を覚まさない。
死ぬ?死ぬってなんだよ?血なんてどこも流してない。どこが悪いかも分からない。体内のどこかをウイルスに侵されてるなんてどうして分かるんだ。雪音は昨日まで俺に笑ってたんだよ、見てください!、なんて無邪気に笑いながら耳に耳環を揺らしてさ。
「この腕はいくらでもすげ替える声が出来る。俺は夜兎だ、団長。だが雪音は地球産なんだよ」
「………だから?さっきから何が言いたいんだよ?全然分からない。俺が夜兎で、雪音が地球産だからってなに?別になにも変わら…」
「アイツのあんな姿を見てそう言えンのか?」
「!」
「よっこらしょ、っと」
「…オッサン」
「そーよオッサンなんだよ。オッサンだからこそ見えるもんがある。団長、アンタこのまま雪音を側に置きてェと思うならその辺ちゃんと理解せにゃ、いずれ皺寄せがアンタじゃねェ、雪音に来るぞ」
「なにそれ。経験談?」
「さーな」
いてて、と言いながら義手の手を具合を確かめるようにグルグル回す阿伏兎を俺はまた見上げる。
なんだろう今日はコイツを見上げてばっかだ。
「俺たちの腕は誰かを護るためにゃ出来ちゃいねェ。その手が雪音を殺さねェように、よーく考えるこったな」
「……護る?」
「………」
阿伏兎は部屋を出ていこうとする間際に俺の言葉を待つように振り返る。それをせせら笑い請け合う俺の頭の中は少しだけ混乱してる。
苛々する。もやもやして、とても面倒だ。
「何かを護るだなんて、考えたこともないよ。今も地球産の女がどれほど耐えられるか見てるだけだし。呆気なく尽きてしまうなら面白くないからどうせなら俺の手で奪っちゃおうって思っただけ」
「へー。そーですか。団長、俺はそんなアンタの様を地球の言葉でなんて言うか知ってるんだが、聞くか?」
ドアに手を掛けながら、ニィッ、と薄ら笑う阿伏兎に眉を顰め、聞きたくない、そう答えようとした時、
「ん…」
「!」
「か、……むいさ」
「………」
雪音がうなされながら俺の名前を呼んだ。
いつもの明るい声じゃない。
こんな時に雪音がどんな事を想って俺を呼んだのかは俺には分からない。
ぺた、とベッドの側に座りまた雪音の髪の毛を撫でた。
さらりと指の間を滑る髪の毛は嫌いじゃない。
「聞く」
短く阿伏兎に返した俺に阿伏兎がどんな顔をしているか確かめたくもなかったから俺はただ言葉を待ちながら雪音の渇いた唇に指を滑らせた。
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