猫の頬擦り | ナノ


 その理由に辿り着くまで[1/2]


それは龍馬さんが首を傾げながら皆で朝餉をとる部屋に入ってきた時から始まった。


「おかしいのう…」
「あ、龍馬さん!おはようございます!」
「ん…おう!おはよう、雪音」
「僕らもいるんだが?」
「おはよッス、龍馬さん」
「朝から何釈然としない顔をしてるんだ?」


武市先生のことを無視してまで、としっかり自分の不満を言う以蔵に、朝から暑苦しいのう、と頭を掻きながら座る龍馬さんに首を傾げる。
確かになんだか…気掛かりがあるような、晴れない表情。みんなでよく話している国事に関して何か憂いがあるのかな?それなら私には力になれないから慎ちゃんや武市さん、以蔵の顔を見回す。
普段優しいみんなだけど、こんな時は女である私が割って入ったらいけないような…難しい表情でそんな空気を漂わせてる。

黙ってた方が…いいよね、うん。私、人より好奇心が強いみたいだし向こう見ず(ってつい昨日も武市さんに怒られた)な性格みたいだからなるべく耳目を塞いで(って慎ちゃんにアドバイスされた)始めからなかったものとして(って以蔵にゲンコツ落とされながら溜め息混じりに言われた)……。

むー…、こうなったら目をギュッと瞑るしかない!!


「ふはっ!!」
「え?」
「あッはッはッは!!か、堪忍しとうせ。おまんがあんまりにも昨日わしらに言われとったことを懸命に実行しようとしちゅうがが可愛らしくて我慢出来んかったぜよ!」
「え、え!?」
「昨日のことをちゃーんと反省しちょったがじゃろう?」
「は、はい…」


わ…なんで分かっちゃったんだろう?
ぽかん、と呆気に取られてしまう私に、にししー!、と龍馬さんが得意げに笑っていて私まで顔がふにゃんと緩む。

"昨日の"…というのは高杉さんと桂さんとの会合の際に私も長州藩邸に連れて行ってくれた時のこと。
別室で待たせてもらっていれば廊下から聞こえた通り過ぎて行く会話の中に龍馬さん達の事を明らかに疑い悪く言うような声が聞かれてつい…つい部屋を飛び出し声を上げてしまった。

『龍馬さん達に謝ってください!』

その場は高杉さんが真っ先に駆け付けてくれて事なきを得たけれど相手は二本を差す長州藩士。なんだと…!?、と鯉口も切られてしまっていたしあの場で手討ちになっていても無理らしからぬ事態だったのだと後で武市さんが何度も私に言って聞かせてくれた。加えて今、龍馬さん達と行動を共にしている私が長州を相手に狼藉を犯したとなればその責はこんなにも国事を憂い奔走している龍馬さん達の咎になるのだと、そう厳しい口調で窘めてくださったのは桂さん。
以蔵には頭にゲンコツを落とされ、慎ちゃんには表情を曇らせて、これがお勧めッス、と自分の耳を塞ぎ苦笑させてしまった。武市さんはあの時触れれば斬れてしまうような怒気を纏っていたし自分の情けなさにポロポロ涙が止まらなかった。
高杉さんだけは、威勢がいいだろう!?俺の女は!、となぜか得意げに笑っていたんだけど……。ていうか私は高杉さんの女じゃありません!!

そんな中で龍馬さんはしばらく口を開かず、怒らせてしまったのだろうと申し訳なさいっぱいで胸が痛くて龍馬さんの顔が見られなかった。
けど、聞かれたのは意外な言葉で。
武市さんも桂さんも、みんな…その言葉に力を抜いて笑った。


『ありがとう、雪音。おまんがわしらの事を庇うてくれががわしは嬉しい。おまんの心を無駄にせんようにわしらはわしらで本懐を遂げるきに、ほいじゃきもうちくっと我慢しとうせ。そうでなければおまんに害を与えた者を今度はわしが斬らねばいかんようになるぜよ』


優し過ぎるんじゃないかい?、と緩んだ空気を締め直す桂さんに龍馬さんはやっぱりニカッと笑い返した。


『優しくすることを何を躊躇うがじゃ。もちろんこん子はこの時代の生活に不慣れで危ない事も多くある。だがそれを護ってやるががわしら男の仕事でもあるし責任でもある』
『責任?』
『おう!じゃてこん時代を変えて後に続いた世で生まれたががこん子じゃろう?ほいじゃきわしらじゃ考えられんほど無防備でおられる世を作ったわしらの責任じゃ!!』


龍馬さんの楽しげでどこか誇らしげでもあるその言葉に目を丸くした桂さんが、あぁそうだね、と穏やかに微笑んだ。まったく君は…、と続いた言葉にもまったく厭味なんてなくて。龍馬さんの言葉は、陳腐な表現かもしれないけど、魔法みたい…、そう思った。聞く人すべての心を穏やかに、温かくしちゃう魔法。


「姉さん?」
「……!え!?な、なに!?」
「いえ、どうしたんスか?ぼうっとして」


体調でも悪いんスか?、と心配してくれる慎ちゃんに慌てて、ううん!、と首を振る。


「昨日のこと、反省してたの」
「そうッスか……。それは悪いことじゃないですがあんまり思い詰めないでくださいッス。いざとなれば俺が…」
「わしが護っちゃるきにのう!」
「あぁ!!龍馬さん!!俺が言おうとしたんスよ!?横取りしないでほしいッス!」
「なーに言っちゅうが、中岡。こげなことは早い者勝ちじゃき」
「龍馬、中岡。朝餉の席で騒ぐな」
「そうだ。武市先生の御膳に埃が入る!!」
「以蔵ー、おんしが困るがは御膳に人参が入ることじゃろう?」
「な……!今人参は関係ない!!馬鹿にするなら斬る!!」
「のわぁっ!!」


あ、あぁ…!た、大変!!龍馬さんと以蔵はバタバタと揉み合ってるし慎ちゃんはちゃっかり離脱して御膳の前で、いただきます!、と手を合わせてる。何より大変なのは……っ。


「あ、あの……!!」
「「!」」


武市さんの雷が今にも落ちちゃいそうなほど武市さんのこめかみに青筋が浮かんでいること!!

苦し紛れに声を上げれば龍馬さんと以蔵は互いに掴み合ったまま私に顔を向けて、あー…、と慎ちゃんは苦笑いをしながらご飯を一口ぱくり。武市さんが苛々してるのが分かるからとりあえずなんでもいいから話さなきゃ!!


「りょ、龍馬さん!」
「んん?」
「何か心配事ですか!?」
「……んあ?」
「えっと、あの…部屋に入ってくる時に、おかしい、って…」
「またあなたは……」
「ハッ!ご、ごめんなさい…!つい…気になっちゃって…あの、話せないことならいいんです。ただ…やっぱり気になっちゃって…」
「にししー」
「え?」
「龍馬、気持ち悪い顔するな」
「なんじゃ以蔵ー?悋気がか?」
「違う!!武士がそんな緩んだ顔をするなって言ってるんだ!」


りんき……って、なんだろう?慎ちゃんに答えを求めれるように顔を向ければあからさまに目線を逸らされたんだけど…。


「気になった、っちゅうがはわしのことを気にかけてくれてるっちゅうことっちゃね?」
「え……あ!」
「にしし!」
「え、あの…!そうじゃなくて!」
「えいちや、わしは嬉しいきに」
「これっぽっちも深い意味はないんです!」
「これ、っぽっ……ちも?」
「ね、姉さん。あの…」
「ただいつも元気な人が表情冴えないとなんだか気になっちゃっうそれで…あ!あれと同じです!!窓の桟に溜まった埃に気付いたらもう気になっちゃって全部掃除するみたいな!」
「姉さんもうやめてあげてくださいッスー!!」
「桟の汚れ……」
「お前…!なにすっきりした顔で酷な釘を打ち込んでるんだ!!」
「え?あれ龍馬さん?なんでそんなに落ち込んで……」
「さすがの僕も補助しようがないな」


がくりと項垂れてしまった龍馬さんから話を聞けたのはそれからしばらく経って仲井さんが、まだ食べてはらんかったんですか、と驚き部屋を訪ねてきた時。
私は武市さんにこっぴどく叱られて(言葉を発する前に心の中で唱えてみなさい。それが今発するに相応しいかどうか……と)、涙目で龍馬さんが、たはは、と笑いながら口を開くのを見つめた。


「実はのう、失せ物なんじゃ」



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