猫の頬擦り | ナノ


 約束は持ち越して


現状不安としか言いようがない。
しゃァけどそない事口にしようもんなら、ほらよう言うやろ?言葉は言霊や。なんやら言葉に気持ちが引っ張られてしまうンやて。
まァそないぐらいでどうにかなってしまうンなら、俺らは疾っくに生きとらん。いや、虚に飲み込まれて自我を失ってしまうと言うた方が正しいやろ。ただ動くもんを"生きとる"と言うのなら生きとる。動くだけしか知らんもんを"死んどる"と言うンやったら死んどる。それが誰にどない風にして決められるンかはそないもん知らん。別に関心もないしのォ。自分で決めたらええんとちゃうんか?

っちゅうわけで俺は後者やと思うし誰になんと言われようとそれを変えるつもりはない。動いていようと呼吸をしていようと心の臓が動いとって温い血ィ通ってたかて、生きとる、と自分が自覚出けへんようなった時点で俺には死んどるとしか思えへん。


「どうだろうね」
「さァなー。こればっかしは本人次第としか言い様があらへんわ。まったく生意気で融通の利かんガキやでほんま」
「よく言う。それにしては真子、楽しそうだったじゃない」
「見てたんかい」
「悪趣味な覗きをしてたみたいに言わないでよ。あの子が随分と霊圧を震わせるから居心地悪くて」
「あー…せやな。えらいザラッザラした霊圧やしのォ」
「うん」


ふぅ、と小さく溜め息をつく憂いた横顔を眺めてから俺も空へ目線を何の気無しに投げ目を細める。厄介やのォ、と呟けば、まったくね、と返る声を聞きながら。

俺が黒崎一護を仮面の軍勢の中に引き込むその役として空座第一高校にまさかの高校生っちゅう体で通い出してからもう何日経ったか。人間の記憶操作やらなんやらは喜助の作った怪しい道具でなんとでもなった。変態やし頼めば制服もぴったしの用意しよったしのォ。その時、ついでなんで着てくださいなァ!、とアイツがあないもん持ってけへんかったらコイツは今俺ン隣は歩いとらん。


「人間にあんまり関わりたくないんだけどなぁ…」


独り言みたァにぽつりそう言う隣の女が、スースーする、と言いながら履いとるスカートをぺらり捲る。


「阿呆」
「いたっ」
「そない事すなや。喜助の思うツボやろが」
「甘いね真子。喜助がツボなんて浅いもので満足するわけない。嵌まらせるなら20メートルぐらいはある落とし穴用意してから仕掛けるよ」
「分ァーってんならすな」
「なんか楽しくて?」
「聞くなや。知らんわ、ボケ」
「冷たいなぁ。ね、どう?似合う?」


少しも怒っとらんくせに口を尖らせて見せる可愛いげに俺がこないにも翻弄されるやら喜助にはお見通しやったんやろ。しゃァからあなたにキラッキラした笑顔で渡して来よったンや。今度会ったら一発殴ったる。

俺ン前に軽い足取りでくるりと回りながら躍り出て、ね?、と後ろ向きに歩き聞くその姿を改めて見る。

生っ白い太腿でヒラヒラしとるスカートの裾。ベストも白に近い黄色やしスカートもグレーや。しゃァから首元の赤いリボンがよォ目立つ。コイツが黒と白だけの死覇装を着とった姿を見とっただけにこない姿は目を細めたなるほど郷愁みたァなもんを煽る。唯一変わっとらん癖のある黒髪が肩に揺れるのを見ればどこかホッとしてまうのも無理らしからぬこっちゃ。


「ガキくさ」
「はあ!?」
「ガキが必死に色っぽく見せとるよーにしか見えへんわ。ほれ、アレやアレ。ガキはちょお薄着すりゃ色気手に入るて思てンのが阿呆やな。ほんまの色気っちゅうンは固く服纏いながらもなんやエロいオーラが滲み出るってやつや。全部見えとるよりあとちょっとで見える、っちゅう方が興奮す……」
「変態!!」
「いでっ!!」
「男の変態談義はどうでもいいの!似合ってるか、似合ってないか、それだけが聞きたいの私は!」


俺がビシッとお前ン頭叩いたよりもバシッと鳴ったやろ!?今!!頭も沈んだわ!!しかものォ、ふん!、と腰に手を当て仁王立ちされたら思っとっても言えへんようなるやろが。ほんま分かっとらんのォ…コイツは。


「………」
「え、そんなに考え込まれても困る」
「あー似合っとる似合っとる」
「えー…、適当」
「こない阿呆らしいこと、答えたってるだけ俺は優しい思いますけどォー?」
「まぁ…それもそっか」
「おー。そーや」


苦笑しながらまた俺ン隣に立ち直し、やっぱりスースーする、と不満を漏らすこの女を横目に俺は小さく溜め息をついた。
目に毒やで……ほんま。


「雪音ー」
「んー?」
「コンビニ寄って行かへん?」
「寄り道?ひよ里たちが報告待ってるんじゃない?」
「早く報告したからて結果もやる事も変わらへんやろ?せっかくこない格好しとンねんから学生っぽい事せな損や」
「こんな格好してる時点でなんか損してるしね」
「せやせや。しゃァからええやろ?行くでェ」
「しょうがないなぁ…。よし、じゃあ此処から200メートル先のコンビニまで競争」
「はァ?」
「いかにもー、って感じでしょ?で、負けた方が奢る。先手必勝!!」
「あ!?ちょお待てコラ!!」


ぶわっ、と一気に高まった雪音の霊圧はすべて足元に集められ騒いだ空気が察する風が俺ン髪を巻き上げる。
はァ、と溜め息をつきポケットに突っ込んだ手を抜いた時にはもうその背中は見えンようなっていて辛うじて角を曲がる時に余韻みたァに残ったスカートの裾を見ながら目を細め、頭に浮かんだ光景を振り切るように、しゃァない、と足に力を込めた。


あれからもう百年経っとンのに、俺ン頭にはまだ尸魂界で死神をやっとった頃のアイツが生きとる。
五番隊で五席に就いとった逢坂雪音に、ついてきたらあかん、と冷たく言い放ったにも関わらずあの夜俺らを助けに来て結局は同じ目に合った。
現世に身を潜めることンなって、目覚めた最初の夜。
すまん、そう奥歯を噛み締めながら言う俺ン頬に手を当てられた冷たい細い指。ハッとして息を呑めば雪音は眉を下げ、それでもニパッとガキみたァに笑うた。

『これで平子隊長を隊長として接する必要がなくなりましたね。真子、って…呼んじゃおう』


「阿呆か…。そないもん…引き換えにするまでもないもんや」


ぽつりと呟き空気を切るように走る。
あの夜はなんも言えんかった。それから百年や。俺と雪音の関係は動かんまま、こない他愛がないことを話し繰り返しとる。互いに踏み込む気ィがないのか、所詮はこれまでの関係なのか。人間の人生が高々百年として、その中で結婚して子供を作り命を繋げていくのだとすれば俺たちはたまらなく臆病やないんやろうか。


「ま、負けた……!」
「まだまだやなァー?雪音」
「なんで!?コンビニの目の前まで私が勝ってたのに!なんで中に入るのは真子が先なの!?」
「阿呆やなァ。ウサギは散々走らせて弱らせてから捕まえるのが定石やろ?」
「ウサギじゃないし!」
「まァせやな。お前みたァな女は精々暴れ馬や」
「なんです、ってー!?」
「いだだだっ!バッ、おま…!髪の毛は引っ張るなや!!ハゲてまうやろが!!」
「今さらハゲないわよ!もしハゲても喜助がなんとかするし!!」
「いーや。アイツなら面白がって余計面倒な事ンなるに決まっとる」
「それは……そうね」


ふて腐れる雪音が渋々ながらも同意する姿を横目に緩む口元の訳は口にせず、そんなとこ突っ立っとると邪魔やでェ、と適当に店内を歩く。
あー…そうか。なんやら店員が微笑ましげに俺たちを見とると思えばなるほど俺たちは制服やった。若いなァ、なんて思われてンのやろな。こっちはお前らがお前らが生まれてくる前から生きとるっちゅうねん。


「真子ー」
「あー?」


雑誌でも読んだろ思てたところに店の中で俺を呼ぶ声。気怠く返事をしながら行ったる俺って優しいのォ。


「なんやねん?」


行ってみればアイスケースの中を眺め目線を落としとった雪音が俺を見てニッと笑う。


「!」
「アイス食べる?負けたからしょうがない、奢るよ」
「………」
「…真子?」


……どないに時が経とうとも、俺らがその日々で死神であったことが忘れ去られたとしようとも、忘れられへんもんがある。

平子隊長、と俺を呼んどったこのじゃじゃ馬女の側ではこないして日常の中でその頃のことがふと思い出される。それはすなわちこの女が俺ン日常に、百年前のあの頃もおったっちゅうこっちゃ。


『平子隊長、平子隊長!!一緒にこの水菓子食べましょうよ!!もちろん隊長の奢りで!!』
『なんでやねん』
『いたっ!』
『まァ…一緒に食べたってもええで』
『やった!平子隊長の奢りですね!』
『ちょおコラ待て』


生きとる事を思えば喜助には感謝しかない。世話ンなった、ほんま。一護の顕著な虚化の症状を思えばまだまだ伸びしろも可能性もあっていよいよ視野に入ってきた藍染との決着に一部の私情もないか言われれば否定なんぞ出来へんわ。むしろ私情しかない。俺らはもう死神やないンやしのォ。

生きとるだけでめっけもん。
俺ン隣でコイツが笑うてる今を奪われることだけは堪忍やと、また手に護るもんを持てたことを幸運やとしか言えへん。


「真子ってば。……どうかした?」
「いや。なんもない。これでええんやろ?」
「あ、うん。私、このアイス好きだし」
「知っとる」
「え、あ!ちょっと…!私が奢るんでしょ!?」
「阿呆。女なんかに奢られて堪るかい」
「あ…ありがとう」
「なんや素直やなァ。雨でも降るンか?」
「一言余計!!」
「へいへい。すんまへん、っと」


レジに向かい軽い挨拶を受け金を払う。その隣で、ちょい、と俺ンベストを引き目線を催促する雪音に従ったれば一瞬死覇装を着とるあの頃の雪音が見えて息が止まる。

あー…なんやったかな。
あの時も雪音がこない事してあない事を言うとった。


「真子、ありがとう。次は私の番ね」


『平子隊長ありがとうございます!次は私が奢る番ですからね!』


変わってないわけやない。
ちゃんと色っぽくなっとるし俺ン想いも女々しいほどでっかくなっとる。
しゃァけど変わらへんもんが傍に在るのは酷く俺を安心させる。

ニィッと笑うて俺もあの時と同じ言葉を紡ぐ。


「期待はせんで待っとるわ」


それを受けて雪音も思い出しとったのかもしれへんのォ。目を丸くしてからその目に僅かに涙を浮かべ、うん、と頷いた。




(互いの支えとする。俺が全部支えたれんのが情けないがそないもん疾っくに知れとるしのォ。格好つけるとこは先にある。今まで溜まったツケ払わせてもらうわ)



「ところで真子」
「んー?お、美味っ。そっちはどうや?」
「うん、美味しい。半分食べたらあげるから真子のもちょうだい?」
「ええでェ。1度に2度美味いン好きやし。で?なんやねん?」
「さっきのコンビニの店員さん、なんだかすごく微笑ましそうに私たち見てたよね」
「それはアレや。青春を懐かしンどんのや。そっとしといたれや」
「了解ー」


―了―
2015/03/11
お題借り処確かに恋だった

prev / next

[ back to top ]



「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -