猫の頬擦り | ナノ


 霹靂は雨の前触れ


青天の霹靂という字を読んでみよう。
青く澄み切った空に予想だにもしない雷鳴が轟く。その衝撃と驚愕を突然ありもしないと思っていた事が突き付けられた時の心情に例えている訳だけれど実際問題、出会い頭に猪に突っ込まれたという方が自身に及ぼす衝撃は強いだろうしピンとくると思う。


「俺と付き合ってくだせェ」


パチパチ、と瞬きを何度繰り返してみても目の前の超絶イケメンが幻じゃないと証明されるだけ。人通りの少なく薄暗い廊下に呼び出され壁に追い詰められて3秒を数える間もなくこの言葉。休み時間の賑わいを遠くに聞きながら今の言葉が何度も頭の中でリフレイン。

彼の名前は沖田総悟で、この銀魂高校きっての問題児クラスZ組であり話題のイケメンがなんの冗談なのだろうと近頃何かにつけて話題のいわゆる壁ドンされながら首を傾げる。


「えぇっと…沖田くん。丁重にお断りします」


だってこんなの冗談に決まってるもの。それでなきゃ彼はきっと罰ゲームで言わされているに違いない。

彼は校内だけじゃなく校外の生徒にも人気のイケメンで、取り巻いてる子たちも可愛い子ばかり。あんまり女の子を連れているところは見たことないけど同じように人気の土方くんや高杉くんと一緒にいるところを遠巻きに見ているからもう世界の違う人。
一方の私は地味を体言したような女なんだってことはこの17年で自覚あり。むしろそれに不満なんてないし現状満足眼鏡地味子のZ組の日陰の生徒。
沖田くんがコントラストの棒線上最も右にあるのなら私は最も左の暗であって、そう正に存在すら認識出来ない…みたいな。
それでいい。私の学生生活の目標は陰に溶けるように平和に暮らす、なんだから。そういえばZ組になった初日HRで配られた1年の目標にそう書いたら銀八先生に呼び出されたっけ。え?悩みなんてありませんけど。


とにもかくにもそう言っておくのが1番角が立たないだろう言葉を紡ぎ目の前のイケメンをジッと凝視。
おー、やっぱりとってもイケメン。目や鼻、口のパーツが全部100点満点の作りでこれまた神様が三日三晩徹夜で作ったような配置になっていてお伽話の王子様みたいってまさにこんな人。
眼福、眼福。
こんなイケメンをこんなに近くから見られることなんてきっともう後の人生にありえない。一生分溜めておくつもりで見つめさせてもらおーっと。


「……今、なんて言いやした?」
「え?…お断りします、って言いました」
「………」
「あ、あのー?」


や、やっぱり私なんかにこれが例え冗談だろうが罰ゲームだろうがフラれるなんて不本意なのかな……?

至近距離で、ポカン、とされてしまうとどうしたらいいか分からない。しばらく、イケメンだなぁ、と眺めていたけど5時間目開始のチャイムが鳴り響くとなればいよいよそうもしてられず首を傾げたり、沖田くん?、と呼んでみたりするも反応なし。
もしもーし、と顔の前で手を振ったところで漸く我を取り戻したのはいいんだけどパッと顔を背けられてしまうと焦ってしまう。


「ごめんなさい!私ごときが沖田くんをフッちゃったりして!!」
「は?」
「……え?違うの?」
「違いやす」
「ちなみに…私の名前、ご存知で?」
「逢坂雪音」
「おー!」
「馬鹿にしてやす?」
「ううん。だって話したの初めてだから」
「だな。そうは言ってもアンタも俺の名前知ってたじゃねェですかィ」
「それは…沖田くんだから」


きっと沖田くんのことを知らない人はこの学校にはいないんじゃないかな。

そう続ければせっかく戻ってきた沖田くんの顔はどんどん不機嫌そうになっていくけど首を傾げる私が焦っているのだと分かってくれたのか口を開いてくれる。


「別に。誰に知られてるとか、そんなん関係ありやせん。俺が言いてェのはそうじゃねェ」
「な、なに?」
「………まさかアンタが知ってるとは思ってなかったンでさァ」
「え……」


また、フィッ、と顔を背けられてしまったけどやっぱり壁ドンからは逃がしてくれないんだ……。どうしよう5時間目。確か現国。自分のクラスの生徒が2人も無断で授業欠席なんて心配するかな?銀八先生。いやしないか。だってうちのクラスの場合しょっちゅうだし時々先生も欠席するしね、うん。大丈夫。

それにしても……カッコイイなぁ。
こんなカッコイイ人に冗談でも付き合ってほしいだなんて言われたこと一生の自慢かも。


廊下のどこかの窓が開いているのかな?ふわ、と風が通り抜けた。少し雨の匂いが混じってるかもしれない…と頭の片隅で考えた矢先、ゴロゴロ、と唸るような音を聞きまだ通そうだけど雨が近いのだと思った。
夕立かな?降り止むかな?傘がないんだけどどうしよう?……沖田くんの髪の毛、サラサラだなぁ……風に揺れて綺麗。


「…高杉の野郎が言ってたンでさァ」
「高杉くん?」


なんだなんだ?突拍子もない話し出し。しかもまた背けられた顔。一体何を私に伝えたいのか沖田くんを真っ直ぐ見つめて言葉を待っていれば、ムスッ、としたまま話し出す沖田くん。


「『女は壁に追い詰めて甘く囁いてやればすぐに堕ちる』って」
「た、高杉くんが?」


こくん、と頷く沖田くん。
さすがモテる人たちがする会話は違うなぁ……。


「ンでやってみやした。アンタの前に10人」
「10人も!?」
「念には念をってェやつでさァ」
「はぁ…?それでどうでした?」
「10人ともオッケーだった」
「ですよねー」
「実験だっつったら殴られそうになりやしたが」


それはそうだろうなぁ…その子たち、きっと天国から一気に地獄にたたき付けられたに違いない。地味な私は身の程をよく弁えているつもりだから恋愛をしたことがない。まさかこんな私、誰が好きになるだろうか。だからこそ高みを見なかった私は幸か不幸か地獄も天国も見たことがないのだ。

だからかそういえば、今まで生きてきて頑張ることもした記憶がないかもしれない。高校受験も身の丈にあったこの銀魂高校を選んだから苦労もしなかった。
……そっかぁ。
好きな人の一言で一喜一憂出来る。激情を手の平に乗せてぶつけたくなってしまうほど感情を顕わに出来るって…それはすごい。そうさせてしまう沖田くんも、やっぱりすごい。


「凄いね、沖田くん」
「凄い?」
「うんー。だってそんなに感情を寄せてもらえるなんて凄い。私なんて生まれてこの方17年経験ないもの。持って生まれたものなのかな?」
「………」
「沖田、くん?」


沖田くんが眉根に皺を寄せてゆっくり私の頬に触れる。思いがけず過ぎて、心臓が跳ねた。触れられたところから発火しちゃうんじゃないかってぐらいにカァッと熱くなるのを感じながらも沖田くんからやっぱり目を離せないのは沖田くんのカリスマ性なのかな?よく分からない。


「ンなもん、雪音が寄せてくれねェンじゃ意味ありやせん」
「!」
「言いやしたよね?誰に知られてるとか、ンなもん俺には関係ねェンでィ。アンタが知ってたことだけに意味がある」
「え……」
「念のため言っときやすけど、アンタは11人目の実験なんかじゃねェ」
「え!?違うの!?」
「……やっぱそう思ってたのかよ」
「うん…。何人まで実験してオッケーもらえるかって、そういう賭けなのかなぁ、なんて」
「ひでェや。アンタの中で俺はそんな人間ってか?」
「あ、違う!そうじゃなくて!!」


慌ててブンブン首を振れば沖田くんの指が頬から離れて目の前には目を丸くする彼。
違う、違うよ?


「沖田くんが酷い人だとか、そういう風に見えるんじゃなくて。それだけ私が地味で、それだけ沖田くんが魅力的ってことを言いたかったんだけど…」


あれ?やっぱり違うかも?話してる間によく分からなくなってきちゃった。

んー?、と他の言葉を探していれば私を壁に追い詰めていた沖田くんの腕が視界から消えて…って、あれ!?


「お、沖田くん?大丈夫?気分悪い?保健室行く?」


沖田くんまで視界から消えちゃうから何かと思えば頭抱え込んでしゃがんじゃってる!!あわわっ!ど、どうしよう!?

慌てて私もしゃがみ込んで沖田くんに問い掛けてみるものの沖田くんから反応はなく、どうしよう、と焦るばかり。保健室は…ここから結構離れてる。行ける、かな?


「…アンタ、ちっとも考えねェンですかィ?」
「え?あ…沖田くん、大丈夫?」
「駄目」
「え!?」
「相当やられちまってら、アンタに」
「……?わた、し?」
「そー。言葉の綾だってことも分かってやす。けどそんなもんでも嬉しくてしょうがねェンでさァ」
「!」
「思いもしやせんか?俺が実験してたのはアンタに告白するためだって」
「え……え!?」
「思ってもくれねェンですかィ?俺はアンタに名前呼ばれただけで天にも昇るしアンタが俺のことなんざまるで眼中にねェって分かって一気に地獄に堕ちちまうって」
「………」


これは…えっと、あれ?待って。
少し頭の中を整理してちゃんと言葉を返さなきゃいけないような気がする。
だって目の前の沖田くんの表情が言葉に嘘をついているようには少しも見えない、だから、余計に困惑しちゃって。

歯痒そうで、悲しそう。
それでいて拗ねてもいるような…少しでも目が合えばすぐに逸らされてしまうけど意識は常に私に在ると分かる目配せも。
その全部が沖田くんの言葉1つ1つにある可能性と説得力を与えてる。


ギュッと手を握り込んで急激に渇いた口を開く。あの……、と掠れた上に震えた私の声に沖田くんの目線が私に戻ってくる。


「もしかして…冗談でも、罰ゲームでも…賭けでもない?」


ムスッ、と不機嫌な口元を見せながらそれでも眉を下げる沖田くんがこくりと頷く。


「私のこと…あ、の…す、すすすす、す……っ」


い、言えない!!
こんな事初めてだしさすがにキャパシティーオーバーで頭の中をぐるぐる回るだけで出口を失うその2文字は、ありえない、という言葉に塗り潰されそうになるのに沖田くんが混乱する私を見て、フッ、と目を細め優しく笑ったりするから心臓が大暴れだ。


「どうにかしてくれやすか?俺、地獄堕ちっぱなしは嫌でィ」
「え、え!?あ…の、どうすれば?」
「1、蜘蛛の糸を垂らす。2、知らんぷりする。3、一緒に地獄に堕ちる」
「い……1でお願いします」
「それはちゃんと登りきれる糸なんだろーな?やっぱ無理、とか言ってちょん切るような事したら土方の命がねェぜ?」
「なんで土方くん!?」


えぇ!?、と愕然とする私に、ベッ、と舌を出して、嫌いだから、と沖田くん。
そ…そうなんだ。いつも一緒のような気がするのに…男の子って、不思議。本当に……。


「………」


壁に私を追い詰めてた時は凄い余裕そうだったし大人びてさえ見えたのに拗ねて見せたりかと思えば優しい顔もしたり……不思議。今まで男の子をこんな距離で見たことがないからジッと見つめて様々なことを感じてしまう。


ついに降り出したらしい雨音を聞きながら、とりあえず、と立ち上がる沖田くんを見上げる。そうして初めて気付いた。沖田くんの顔が少し赤くて、何度か背けられた顔はもしかしたらこれを隠したかったんじゃないかって。


「俺に、まずはお友達から、っつー糸を垂らしてくれやせんか?」


そう言って沖田くんが私に手を差し出す。その表情は真剣そのもので息を呑んだ。気付けば、はい、と返し手を重ねたその瞬間から今まで経験したことのない山ほどの初めてが始まるような気がして心臓の高鳴りが止まらなかった。




(そして雨は地を固めるきっかけ)



「この糸登りきったらまたちゃんと告白しやす」
「え!?あの…っ、う、うん…」


―了―
2015/03/10
お題借り処確かに恋だった

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