スラリとした細長い指先は、舐めるだけでは気が済まないので[1/2]
人と同じ事ってーのは昔から性に合わねェ。
そう言い放った俺を、人で無し!、と言い捨てたそいつのマフラーが今、俺の手にある。
自分で編んだんだというそれはアイツの器用さを思わせて、俺は細かいマフラーの編み目を外灯の明かりに透かして目を細めた。
「ったく…面倒臭せェ女でィ」
そう言いながらも俺の足はアイツがいるであろう方向に進んだ。こんな結果になっちまったが不本意であるには違いない。
自分の思い通りじゃねェっつーのは面白くないンでさァ。
手編みのマフラーは髪に留めていたトンボ玉の簪の色と同じ緑色。俺はそれを自分の首に巻いてやけに白く明るい夜の空を見上げながら、はぁ、と白い息を吐いた。
マフラーの持ち主は逢坂雪音。
万事屋の旦那のところで働いてる女で、旦那いわく『俺の妹』バカチャイナいわく『お姉ちゃん』メガネいわく(名前なんだっけ?)『この世界にはありえないほどまともな人』と右を向いても左を向いても誰も彼にも必要とされるような、クラスに1人はいるなんでもござれな良い子ちゃんだ。
俺としてはそんな良い子ちゃんの化けの皮が剥がれ落ちるのも見てみてェ……ってーのはドSの性分みてェなモンでしてねィ。
あれやこれやとちょっかいを出す俺に
『好きな子虐めちゃう中二男子ですか?お前は』
なんてへらりと笑いながら泣いて家に帰ってきたという雪音を呆れた顔で庇い玄関から少しも家の中を覗かせなかったのはそういや旦那だった。
だってしょうがありやせん。
そりゃあ俺だけに見せる顔があるって知ったら嬉しくって堪らなくなるのがドSっつーよりも男の性みてーなモンだ。
今日もその延長線上にある、何も変わらねェ日常になるはずだと思ってたンでィ。
「よォ、旦那の糞」
「な…!もう!雪音だよ!」
「ンなこと知ってらァ。ただアンタをそう呼ぶたびに律儀に反応するから面白くて堪らねェンでさァ」
「ドS…!!」
「そりゃどーも」
「褒ーめーてーなーい!!イィィーッだ!!」
「ブサイク」
「腹黒!!」
「金魚の糞」
「それ2回目だもん!」
「馬鹿でィ。俺が言ったのは"旦那の糞"でさァ。良い子ちゃんがそんな顔してるってーのは皆知らねェンだろィ?」
「…それがなに?」
町で会った。夜の7時。
俺は巡察中で、雪音はどうやら買い物に今から行くンだろうと大江戸マートの前の道で会ったから察することができた。
オイ、と声を掛けるなりそれはもう、この世の終わり、みてェな顔して振り返るのが面白く…僅かに感じた胸の燻りを嫌味にして雪音にぶつける。
これは、いつもの事だ。
雪音の疑問の眼差しを逸らして、別に…、という素っ気なさから先を継ぐ。
「買い物か?」
「…うん。今日、パーティーだから」
「そりゃ珍しい。万事屋にでっけェ報酬でもあったのか」
「ううん。いつも通り閑古鳥が鳴いてるけど……その…」
「…なんでィ?」
「えーっと……なんでもない」
「は?」
なんでィ?、と歯切れの悪い雪音に眉を顰める俺が気付いたのは散々コイツで遊んでいてその髪の毛に留まるのを初めて見る簪。
緑色のトンボ玉の、シンプルな落ち着きのある簪を俺が見つめているのに気付いたらしい。
あ……、と声を上げた雪音が照れ臭そうに笑ってその簪に手を当てた。
女のくせに細くて長い、スラリと綺麗な指だと思った。なんとなく、口には出してやらねェけど。
ンで…雪音は頼まれもしねェのに歌うように話し出す。
「これはね、銀兄にもらったの!」
銀兄って、お前の本当の兄ちゃんじゃねェだろィ?
眉を顰めながらも口には出さねェのはコイツが天涯孤独の身だといつだかバカチャイナに聞いたからか。
ただ俺と話すよりも明らか旦那を思い出して話す方が砕けて楽しそうにしてやがるから面白くねェのは確かで。俺は不機嫌な顔をしてるはずなのに雪音はそれにさえ気付かず続きを話し出す。
「このマフラーは銀兄が緑色が似合うって言ってくれたから編んだの。今は銀兄の赤を編んでて、その次は神楽ちゃんのピンク、新八くんの青を編むの」
「…ヘェー。得意なのか」
「うん、好き!」
「!………」
"好き"という言葉に、ぴく、とポケットに突っ込んだ手が動いたことに目の前で楽しそうにする雪音が気付くわけもねェ。
元より自分には鈍い奴だ。
ふーん、と俺の素っ気ない声と、それからね!、とまた楽しそうに話を続ける雪音。つーかこれほどつまらなそうにする俺に話し続けるってどんだけ万事屋の連中が好きなんでィ。話し相手が居ねェ……わけねェか。
「………」
「?…なんでィ?そんなに見つめられると穴が空きまさァ」
「な…!べ、別に見つめてない!」
「じゃあ俺の目をジッと見つめることを他になんて言えやいいンで?」
「う……知らないけど。なんていうか、その……」
「はっきり言いなせェ」
何をモジモジしているンでィ、らしくもねェや。
手を合わせて何度も合わせ直しての繰り返し。滅多に見れねェ姿に俺も落ち着きがなくなってきてポケットから出した手をまた入れたりする。
そりゃそーもなる。
でっけェ瞳で俺を何度も見つめて、躊躇いに揺れるそれは俺に確実に何か伝えたいと言ってる。これで落ち着いてられる奴がいるなら爆死しろィ。
「…よ…か?」
「あ?」
「だから…!…マフラー、沖田さんにも作ってあげようか?」
「!」
この時の俺の心境は嬉しいとか、そういう舞い上がるよーなモンじゃなかった。
そういや…名前を初めて呼ばれた。
しかも"沖田さん"って苗字呼び。
さっきまで旦那たちの話を本当に親しげに楽しく話していたこともあってそりゃもう、これでもかというほどの他人行儀。
そう、心境は?…そうあの時の自分に問い掛けるとしたら"虚しい"。その一言に尽きンだろう。
気が付きゃ俺の手は雪音に向かって伸びて、どんな顔をしてたかもその時は"理解"してなかった。
ただ記憶を探ってみりゃその時俺の手にマフラーを掴まれた雪音は目を見開き真っ赤になってた。その時、それに気付いてりゃ…あんなことは言わなかったンじゃねェかと思う。
「ついでみてェな言い方しやがって気に食わねェや。大体人と同じ事ってーのは昔から性に合わねェ。いりやせん、ンなもん」
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