君のひとみにうつる僕 |
ハンクを起こすのはコナーの役目だ。 冬の朝、コナーは寝室のカーテンを開けて空を見上げた。雪の散らつく中、厚い雲間から朝日が射し込んでいる。淡い光に照らされた雪がきらきらと輝いて、時折風に舞って踊る。コナーはカーテンを握ったまま、その幻想的ともいえる光景を目に焼き付けるように見つめていた。 ハンクが唸る声がした。コナーははっとして彼を振り向いた。ベッドの上には毛布の塊が鎮座している。それは身じろぎに合わせてもぞもぞと揺れた。眩しさから逃れようとしたハンクが毛布に包まっているのだ。その姿はまるで毛むくじゃらで大きな犬が寝転がっているようで、コナーはつい頬を緩ませた。この隣にスモウが寄り添えばもっと可愛らしいだろうな、とも思う。 ああ、いけない。このままだとずっと眺めていてしまいそうだ。コナーはぴしっと背筋を伸ばして、そのもふもふの犬、じゃなくて、ハンクが潜った毛布の塊に手を伸ばした。ぽふぽふと叩いてみる。それはぐるると低く唸って(多分いびきだ)、わずかに動いた。 「ハンク」 コナーがささやく。常にハキハキとしてよく通るその声は、幾分かひそめられて、冷えた寝室にそっと響いた。 返事はない。起きる気配もなく、ただいびきが返ってくるだけだ。まったく、深夜までバスケの試合を見ているからだ。コナーがかすかに眉を寄せる。とうのハンクは堅牢な中が息苦しくなったのか、毛布から顔を出した。髪と豊かな髭がくしゃくしゃになっている。 「朝ですよ、ハンク。…起きて」 あまやかな声でそうささやきながら、コナーはハンクの枕元にしゃがみ込んだ。ジーンズの衣摺れと、シーツの上で毛布が滑る音が混じり合う。 ただ起こすだけなら、いつかのように頬を張ってやれば一発だろう。だがコナーはそうしない。したくないのだ。 足を投げ出すように座りこむと、床に触れた尻がつめたい。コナーはベッドの縁に肘を置き、その上に頬杖をついた。すぐ目の前にはいびきをかきながら眠るハンクの顔がある。スキャンせずとも分かる、深い眠りの中に彼はいた。半開きになった唇から前歯がのぞいた。よだれが垂れて髭を濡らしているのに気がついて、指先でそっとぬぐう。つい癖でそのまま指先を舌に運んだ。その情報や成分が羅列されるのをしばらく眺めてから、コナーははたと動きを止めた。ハンクが起きなくてよかった。ひとり苦笑しながらジーンズで指先をこする。 「起きてください。ね、ハンク」 コナーの指紋のない指がハンクの頬を撫でた。白髪を梳き、あらわになった耳の先までを指先でたどる。やわらかな軟骨の触り心地がとてもいい。にんまりと口を緩ませながら、ハンクの肩をゆっくり叩いた。彼が眉間のしわを深くした。まぶたが震える。 「んん…?」 んが、と寝ぼけた曖昧な息を吐く。もごもごと唇を動かして、目を一度ぎゅっと強く瞑ったあと、ハンクの目がうすく開かれた。 二度三度まばたきをして、彼の澄んだあお色がコナーの姿を映す。その瞬間にコナーは自分の胸の奥がこれ以上ないほど熱くなるのを感じる。ついさっきまで一点の乱れもない鼓動を刻んでいたはずの、彼の心臓を模したパーツが、途端に激しく脈をうつ。暖かい息を吐いて、コナーはちいさく笑った。その顔はうすく赤らんで、とろけそうな程にあまくゆるんだ、優しい微笑みを浮かべていた。 「ああ?……コナー…?」 「はい、ハンク。おはようございます」 寝起きでしゃがれた低音に、やわらかな声で返事をした。ハンクは半開きの目をぱちぱちと瞬かせて、コナーを見つめた。コナーはその視線がなによりも嬉しい。ハンクが今日一番にその瞳に映したのは自分の姿なのだと思うと、胸がはずんだ。彼のあおい目が大好きだ。大好きなその目に映る、自分の姿を見るのがたまらなく好きで、なによりも、しあわせなのだと思った。 「…、コナー…、おまえな、いい加減この気色悪い起こし方はどうかと思うぞ、俺は。はぁ…」 「出来る限り優しくしてみたつもりなのですが。ハンクは嫌でしたか?では次からはいつかのように、頬を打って起こしましょうか」 こてんと首を傾げてみせるコナーに、ハンクはあくび混じりのため息を吐いた。毛布を蹴って半身を起こす彼に合わせて、コナーも立ち上がる。 「おいおい、勘弁してくれよ。…普通でいいんだ、普通で」 「普通、ですか」 普通の起こし方をシミュレートしてみた。寝室に入り、カーテンを開けて、朝ですよと大きく声をかける。何なら身体を揺すったり布団を剥いでみたりする。 「いやです」 「はぁ?」 憮然とした表情でがしがしと髪を掻きながら立ち上がったハンクを、熱心にじっと見つめながら、コナーは不恰好に唇を尖らせた。拗ねたこどものような顔のままで続ける。 「僕はこうしてハンクを起こしたいんです。僕が、僕自身が、“こう”したいんです!だからもうあなたの意見は聞きませんっ」 「お…おう?なんなんだよ、朝っぱらから。…なにがお前をそうカッカさせてんのか見当もつかねぇな。まあお前の好きにしろ、コナー」 「はいっ。好きにします。さあハンク、朝食はすぐにできますよ。顔を洗ってきてください!」 コナーは途端にぱあっと目を輝かせた。困惑したままのハンクは、相棒の満面の笑みにまぶしそうに目を細めた。 生き生きした声を受け、首をひねりながら洗面所へ向かう大きな背中を、コナーはただしあわせそうに見つめていた。リビングでスモウが餌をねだって、わんと鳴くのに明るく返事を返しながら。 end 自分お題『朝』 2018/10/23〜24 prev |(1/2)| next 【 |TOP 】 ×
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