二次創作 | ナノ



  表面張力



 誰かがキーボードを叩く音が小気味好く響いている。
 午前の警察署は騒がしく、職員は銘々忙しそうだ。低く潜めた話し声。革靴の足音。薄いコーヒーの匂い。デスクで携帯端末を弄りだしたギャビンにクリスが声をかけている。
 ハンクはなんとなくその光景を眺めた後、向かいのデスクのコナーに視線をやった。
 コナーはそこに行儀よく座っていて、パソコンのディスプレイを見つめている。澄ました表情。手は両膝に置いたままだがこれでも熱心に仕事中だ。こめかみの青は時折黄に変わりながらひっきりなしに回転しているし、表示した資料をなぞる目の動きは常より忙しない。
 デスクワークに大した意欲も無く、時々思い出したようにキーボードを押すばかりのハンクの数千倍のスピードで、コナーは黙々と仕事をこなしている。

 ハンクがコナーと初めてキスをしたのは昨日の夜のことだ。
 なんの変哲もない、ただ穏やかに過ぎる筈だったその夜を壊したのはコナーからの告白だった。
 それまではいつもの夜と変わらなかったし、一つの予兆もなかった、とハンクは思う。間にスモウを挟んでテレビを眺めていた時、突然コナーが言ったのだ。「あなたが好きです」と。
 ハンクの鼓膜を震わせたその一言に帯びた熱の感覚まではっきりと思い出せる。重ねた唇の感触も、照れ臭そうに微笑むコナーの表情も。
 全て思い出せるのに、一夜明けた今となっては夢だったのではないかと思ってしまう。泥酔が見せた幻だったのかとも考えたが、ハンクはすぐにその考えを打ち消した。昨夜はまったくの素面だったのだ、神にだって誓える。
 夢だと疑ってしまうのは、コナーの態度がまったく変わらないからだ。今朝ハンクを起こした態度には相変わらず容赦がなかったし、にっこり笑いながら、今日着るシャツを選んで寄越してきたコナーからは、昨夜の熱など一欠片も感じられなかった。
 ふいにコナーがハンクを見た。
「警部補?」
 どうかしましたか、と問いかけてくる声は呆れるほど穏やかだ。
「いや、なんでもねぇよ」
 ぶっきらぼうな返答に、コナーはにこ、といかにも感じの良い──もっと言えば、可愛らしいふうの──微笑みを返して、ディスプレイに向き直った。
「……」
 ハンクは背もたれに身を預けて天井を仰いだ。まったくもって平常運転なコナーを見ていると、一人で考え込んでいる自分が馬鹿らしくなってくる。ハンクは自嘲混じりに髪を掻いた。だいたい、キスのひとつくらいで気にするなんて大人げないもいいところだ。多感なティーンでもあるまいし。
 本当に夢だったんじゃないだろうな。
 ふは、と乾いた笑みをこぼして、ハンクは姿勢を戻した。デスクに片肘をついて、飲みかけのコーヒーカップをぼんやりと眺める。本当に夢だったとしたらなんて悪趣味な夢だ。現実だとして嫌な気がしないのもタチが悪い。勘弁してくれ、と悪態を吐きたくなった。
 おい、コナー、そんな目で見るなよ。
 無垢な目で見つめてくるコナーから目を逸らした。まったくどうするんだ、気まずいだろうが。
 ハンクはついと泳がせた視線の先に、一直線にここへ近づいてくる人物が居ることに気づいた。受付業務の女性アンドロイドだ。彼女の目は明らかにハンクを見ていた。ヒールを鳴らしながらやってきた彼女が、ハンクに声をかけようとした時、その前に立ち塞がったのはコナーだった。
「おい、コナー?」
 俺に用じゃないのか、と介入しようとしても、コナーが後ろ手に制してきたので、ハンクは仕方なく肩を竦めた。おとなしく傍観する意外に選択肢がなさそうだ。それにしても、アンドロイドの身体能力には毎度驚かされる。いったいいつの間に立ち上がったんだ?
 二人は何やら話しているが、ハンクの視界はコナーの背中でほぼ隠されていて、彼女の表情すら伺えなかった。潜めた話し声のせいでその内容も聞こえない。二人はごく自然な仕草で腕を取った。表皮が消え失せ白いボディが覗いているので、何やら通信したのだとわかる。ほんの一瞬の接触の後、彼女はハンクに目礼してから去っていった。
「それじゃあ、よろしくね」
 去り際の言葉はコナーに向けられていた。コナーはちいさくうなずいてみせる。
「──それで? 何だったんだよ」
 振り向いたコナーに問うと、彼はハンクに手のひらを差し出してきた。
「なんだ?」
 つるりとなめらかな手のひら。意味もわからず見上げると、コナーは薄く微笑んだ。
「受付のセキュリティシステムの更新についてだそうです。詳細は、こちらに」
 コナーが言うと、差し出した手にディスプレイが浮かび上がる。表示された画面には、何やらつらつらと小難しい文章が並んでいたが、内容はなんということもない。人間とアンドロイドが共生しつつある中で、新たなセキュリティシステムが云々。コナーの説明を挟みながら流し読む。
「確認が済んだら、サインをお願いします。電子サインですので、このまま、ここに」
 コナーの声とともに画面がスクロールし、サイン欄らしいまっさらなスペースが表示された。
「ここに? お前の手にサインしろって?」
「はい。タブレット端末に書くのと同じですよ。タッチペンが必要ですか?」
 言って、コナーは周囲に視線をやった。ハンクの散らかったデスクを一瞥する。
「あー……、いや、いらねえ。サインね、サイン……」
 コナーの手を取ると、まっすぐに揃えられていた指先がわずかに揺れた。機械音痴も相まって、人差し指の腹を使ってフルネームを書くのはなかなか難しく、何度か書き直すはめになる。ハンクの指がたどたどしく手のひらをなぞる様子を、コナーは黙って見つめていた。
「ありがとうございます」
 記名を終えると、コナーは朗らかに言って、ゆったりした動作で手を閉じる。
「おい、さっきの受付嬢の用事はこれだったんだろ。なんでわざわざお前が? 彼女に直接サインした方が──」
 てっとり早いだろ。そう続けようとしたが、コナーがそれを遮った。
「そろそろお昼ですね、警部補」
「は? ああ……、なんだよいきなり」
「今日の昼食はなににしますか? 僕も、連れていってくださいね」
 コナーは明らかに話を逸らそうとしている。しかもその様は、時として交渉人を勤めることもあるアンドロイドとは思えないほどに下手くそだ。見るからに慌てていたし、ぎこちなく跳ねた声は声量が大きすぎた。ちょうど側を通りがかった警官がぎょっとするくらいに。
「そりゃかまわねぇけどよ。……ま、どうせ嫌だって言ってもついてくるんだろ」
 ハンクの言葉にぱぁっと目を輝かせるコナーを見ると、出会ったばかりの頃の機械的な態度が嘘のようだった。まったく表情豊かになったもんだとしみじみ考える。
「はい」
 呆れたふうのハンクにきっぱり言って、コナーはくすくすと笑う。
 その唇が楽しそうに緩むさまを視界に映した瞬間、ハンクの脳裏に、昨夜交わしたくちづけの感触がありありと蘇る。さっきまで現実なのか夢なのかも曖昧だったのが嘘のように、はっきりと。
 ハンクは途端に気まずくなった。クソ、結局あれはどっちなんだ。現実だったはずだ、きっと、多分、そのはずだ。
「では、私は受付にこれを渡してきます。……警部補、どちらへ?」
「便所。そんじゃ、お前の用が終わったら昼飯にするかね……」
 別に尿意があったわけでもないが、このままコナーの側にいるのは気が引けた。適当に思考を逸らさなければ、近いうちにヘマをやらかしそうだった。
 そんな考えを知ってか知らずか、コナーはハンクの二歩後ろを雛鳥のようについてくる。勘弁してくれよ、アンドロイドは小便もするのか? そう皮肉ろうかとも思ったが、口を開きかけてやめた。コナーが時々、鏡の前でネクタイや前髪を整えるのを見たことがある。今回もそうだろう、と思ったのだ。トイレに着いたらさっさと個室に入ってしまえばいい、とも。
 男性用トイレの個室は全て空いていた。手洗い場にも人はない。
「じゃあな、コナー。用が済んだら車の前で待って──、うおっ!? おい!」
 突然強く腕を引かれて、ハンクは個室のひとつに押し込まれていた。呆然としている間に、コナーが後ろ手に鍵をかけている。施錠を示す電子音でハンクは我に帰った。
「おいおい、ったく、なんだよ。驚かせやがって……、コナー?」
「すみません……」
 謝罪の声はかぼそい。
 うつむいていたコナーがハンクを見上げる。あらわになった表情に、ハンクは思わずぎょっとした。
 コナーはそのブラウンの瞳をひどく潤ませていた。ただでさえ子どものように澄んだ青白い白眼をわずかに充血させ、分厚く張った涙の膜は、今にもあふれて頬を伝いそうだった。確かな欲望をはらんだ眼光が身を刺すのに、ハンクはちいさく息を飲む。
「昨夜のことが、忘れられないんです」
 コナーの手のひらが、ハンクの身体に触れた。今朝コナーが選んで寄越したシックな柄シャツの胸元をやわらかな熱が這う。
「勤務中に馬鹿なことを言っているとわかっています。けど、あなたを見ていたら、我慢できなくなって」
「やっぱり夢じゃなかったのか……」
 つぶやくと、コナーはほんの少しだけ眉をひそめた。「現実ですよ」拗ねたように唇を尖らせてみせる。
「おねがいです、ハンク。一度だけでいい、今、僕とキスをしてくれませんか」
 縋るような声にハンクはぐうと喉を鳴らした。
 まったくいつも通り、なんてあり得なかった。必死にそう努めていただけでコナーも我慢していたんだ、澄ました表情の内側、冴えた青い血潮が満ちるなかで、覚えたばかりの欲望が今にもあふれそうになっていたのだ。
「……」
 ハンクは口を歪めるようにして笑うと、コナーの背を引き寄せた。指紋のない指先がハンクの頬を撫でる。
「ん……」
 重ね合わせた唇は見た目よりずっとやわらかい。そうだ、昨夜キスした時に真っ先に抱いた感想もそれだった。コナーの肌は意外にやわらかくて暖かい。ほんの少しの隙間すら惜しんで、深く触れ合わせると、確かな弾力を持って返してくれるのが心地いい。
 触れて、わずかに離れて、またきつく重ね合わせる。戯れのように繰り返されるくちづけに焦れたコナーが、ハンクの後頭部を強く引き寄せてきた。顔の角度を変え、浅く開いた唇でハンクの唇をぴったりと覆い隠す。
 呼吸を奪うようなキスだった。
 互いに唇を割り開き、舌を絡ませると、コナーはちいさく身を震わせた。いくつものセンサーやらが備えられているだろう舌はおそろしくすべすべしていた。感覚も鋭敏なのだろう。ハンクのざらついた舌が唾液を塗りつけるたびに、コナーの指に力がこもる。滑らかなそこを犯すのには背徳感すら感じたが、それ以上の興奮がハンクの背筋を震わせた。
 吐息の狭間に水音が漏れる。静まり返った狭い個室の中、身動いだコナーの靴音と衣擦れの音とが混じって響いた。
「ふっ……、ハァ……っ、は」
 コナーは呼吸をしない。キスの合間に息を荒げるのはハンクだけだ。コナーは息継ぐハンクの熱を帯びた吐息が肌に触れるたびに、紅潮した頬を緩ませた。揺らめく目をうっとりと細め、濡れた唇を微かに震わせながら、次にハンクの唇が重なる瞬間を今か今かと待ち望んでいる。
 焦らしてやったらどんな顔をするだろう。酸欠に痺れる脳裏でハンクはふと考えたが、情けないことに、今は自分が我慢できそうになかった。試すのはまた次の機会にすると決めて、コナーの唇に食らいつく。コナーは嬉々としてハンクの肩に手を回した。さらさらした擬似唾液をまとった舌がハンクの咥内を舐め回してくる。
 規則正しく並んだ歯列を舌でなぞりながら、気がつけば、ハンクはコナーを壁に追い詰めるような体勢になっていた。後頭部が容赦なく壁にぶつかっているがコナーはまったく意に介していない。そろそろ──止めるべきだ。いったいどれくらいキスに溺れていたのかわからないが、ハンクの口元はもうべちゃべちゃだ。髭が濡れているのがわかった。身長差のせいでコナーの方はもっとひどいだろう。
「──あっ」
 唇を離すと、コナーは今にも泣きそうな顔をした。
「コナー……。ああ、ったく……」
 ハンクは抱き竦めていた手をコナーの背筋に沿って撫で下ろし、ジャケットの裾をいたずらにめくった。ウエストラインをなぞり、シャツとジーンズの合間に指を差し入れる。素肌をなぞると、コナーの腰がびくと跳ねた。「ッ、う……」上擦った嬌声がハンクの肩口に染み込む。
 うつむいた額にキスを落として、抱いていた腕の力を弱めると、コナーはわずかに膝を傾がせた。肩を掴んで支えてやる。
「おい、コナー」
 平気か? 声をかけると、コナーはハンクを見つめたままゆっくりとまばたきをした。まつげに載っていた涙が一粒零れおちる。LEDリングが忙しなく回っていた。唇をまっすぐに閉じ、味わうように目を閉じる。コナーが舌先にのせたままの唾液が、くちゅりと音を立てたのがハンクの耳に届いた。
「お前、」
 その行動を理解した瞬間、ハンクは反射的にコナーの頭を叩いていた。陶酔のさなかに襲ってきた重い衝撃に驚いたふうにハンクを見上げたその目が、心底不思議そうにきょとんとしているのが腹立たしい。
「……ひとの唾を熱心に分析してんじゃねえっ。きたねぇだろうが! ……ほら、口開けろ。ったくお前は……」
「待っ、ハン……ッ、むぐ」
 トイレットペーパーを雑に千切り、コナーの口元を有無言わさず拭った。思っていた通り、コナーは顎先まで唾液で汚してしまっている。子供にやるような手つきで清める間、コナーはなんとも納得いかない様子でハンクをねめつけていた。
「はぁー。ったく、お前のその癖どうにかならないのか? 俺の唾なんか味わってどうすんだよ。ゾッとするぜ」
「いい加減慣れてください」
 コナーは舌先に指をやりながら言った。往生際が悪いな、こいつ。ハンクは言い返そうとして口を噤んだ。コナーの唇から覗いた舌はなおも赤々と濡れていて、もう一度そこに粘膜を擦り付けたい衝動が湧き上がりそうだった。視線を外し、自分の汚れた口元を手の甲で拭う。
「それに、あなたに汚いところなんてありませんよ。なんだって口にしたいです。もちろん、あなたの許可がいただければ、ですけど」
「あー、はいはい。そりゃどうも」
 ブルーブラッドだの腐った血液だのを躊躇なく舐める奴にそう言われても微妙だ。
「……、すみません。冗談です」
 適当に受け流したハンクに、コナーはぎこちなく笑った。嘘つけ、半分以上は本気だろ。
「ハンク」
「ん?」
「夜が待ち遠しいと言っても嫌いませんか?」
「そりゃあ……」
 つい口ごもってしまった。ハンクを見上げるコナーの表情は真剣そのものだ。
「……」
 なんと返事をしたものか。いい切り返しが思いつかずに、ハンクは小さく唸った。嫌うわけがない。むしろ──。じわじわと頬に血が集まるのを感じながら、言葉にならない曖昧な返事をした矢先に、ハンクの腹が鳴った。空腹を知らせるお手本そのものような腹の音に、コナーが目を細めて笑う。
「まずは昼食ですね」
 楽しげな声とともに、コナーの唇がハンクの頬に触れた。やわらかな感触。コナーを見れば、彼はまるでいたずらが成功した子供みたいな顔で笑った。
「コートを取ってくる」
 ハンクの手で乱されたシャツの裾を仕舞っているコナーにそう告げた。
「わかりました」
 言いながら、よれたネクタイを直し、しゃんと背筋を伸ばしたコナーは、とてもついさっきまでハンクに縋ってキスをねだっていたようには思えない。いつものコナーに戻っていた。
「あなたの車の前で待っています」
「その前に、受付にサイン渡してけよ」
「……、はい。もちろん、そのあとで」
「お前サインのこと忘れてただろ」
「そんなことありません」
 どうだか。一笑して、個室のドアを開けた。

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 受付に立つ自分の元へまっすぐにやってきたコナーを彼女はひと睨みした。
「遅いわよ、コナー」
 口を開くと、思いの外尖った声が出た。コナーはわずかに眉を下げる。
「すまない」
 謝罪とともに差し出された腕を取る。通信は一瞬。照合も一瞬。LEDリングがあれば黄色く一周しただろうが、今の彼女のこめかみにはただ滑らかな肌があるだけだ。
「アンダーソン警部補……と、コナー。はい、確かに、確認しました」
「ありがとう」
 微笑むコナーはそわそわしてどこか落ち着きがない。受付嬢が見た限り、彼は今日ずっとこんな感じだった。アンダーソン警部補やほかの人間は全く気づいてないようだけど、アンドロイドから見たら一目瞭然だ。同僚の受付嬢だって気にしていた。『今日のコナーどうしたの?』と興味津々で噂するくらいに。
「それでコナー? あのね、あなたが浮かれるのも、誰かに嫉妬するのも別に構わないけど、私にとってはただの仕事なの」
 だから、急ぎのサインを貰うのをわざわざ遮ったりしないで。
 受付嬢が目を吊り上げながら告げると、コナーはばつが悪そうに、「すまない」ともう一度言った。その間も視線はふらふらと彷徨い何かを探している。
「もう……」
 そんな様子でちゃんと捜査なんてできるのか。これがあの元『変異体ハンター』なんて信じられない。
 受付嬢がひとり呆れかえっていると、奥から誰かが出てきた。大柄な体躯に白い髪と髭。年の割に派手なセンスの柄シャツ。すぐにわかった。アンダーソン警部補だ。
「警部補!」
 コナーは彼の姿を認識した瞬間、ぱあああっと表情を明るくした。その様子はまるで犬だ。それも仔犬だ。耳と尻尾の幻だって見えそうだった。
「なんだ、お前ここで待ってたのか?」
「いえ。あの……、叱られていました」
「おいおい……。悪いね、遅くなっちまって」
 それにしても警部補も変わったものだ。前はアンドロイドに向かって笑いかけるなんてありえなかったのに。会話を聞いていたら、ふと悪戯心がわいた。
 こちらに向かって苦笑して見せるハンクに、彼女はにっこりと笑い返した。
「いいえ、お気になさらないで。いってらっしゃい、アンダーソン警部補」
 彼女は自分の容姿が、人間から見て『美しい』ように作られたものだと知っている。そしてそれを最大限に魅せる微笑みの仕方も心得ていた。
「あ、ああ。どうも、お嬢さん」
 少したじろいだ様子で片手を上げてみせるハンクに、コナーは傍のハンクと受付嬢とを交互に見やって少し困った顔をした。多分ハンクは気づいてないだろうが、受付嬢には彼の動揺がよく分かる。
 ふん、ざまみろ、職場で惚気るからだ。内心で舌を出した。
 彼らは連れ立って歩き出す。
「はぁ……困ったものね」
 誰にとでもなく呟くと、警備に立っていたアンドロイドが「まったくだ」と頷いた。
「ほんとうに」
 肩を並べて昼休憩に出て行く彼らの背中を見送りながら、受付嬢はひっそりとため息を吐き、それから小さく笑った。まったく、幸せそうでなりよりだこと。

end


自分お題『付き合いたて』
2020/08/13〜9/21
修正:2022/06/23

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