思いつきでキスするもんじゃない


 ガリッ、と口の中の飴を噛み砕く。既に本日5個目の飴だった。彼女に会えないだけでこんなにストレスが溜まるなんて、我ながら情けない。どうしようもない口寂しさを紛らわせる為に、彼女から貰った飴をもう一つ口に放り込んだ。


 昔、悟とファミレスで駄弁っていた時に語った通り、私は彼女の顔が好きだった。元々の造形もそうだけど、何よりも表情の作り方が好きで、それを悟に言った時は爆笑されたっけ。
 だからと言って付き合いたいとか抱きたいだなんて考えてなかったし、呪霊を祓う時に凛々しい彼女の顔を見て良いものが見れたな、なんて内心喜ぶだとかその程度。本当に、彼女とどうこうなりたいなんて思っていなかった。

 その気持ちが変わったきっかけが、あの日だ。彼女に突然キスされた日。

 彼女のことは見ているだけで良かったのに、あのせいで歯止めが効かなくなった。キスだってもっとしたいしなんなら抱きたい。なのに、あくまでも口直しという建前を掲げたままの彼女に苛立つこともある。君だって私のことが好きなくせに。
 けれど彼女から行動を起こしたのに私ばかり夢中になるなんて不公平だろう、と無駄なプライドで私は彼女を求められないでいた。さっさと素直になればいいのに、なんて自分自身に呆れているけれどやっぱり後一歩が踏み出せない。
 呪霊の味がするキスだけなんて嫌だ。あんな不味さを孕んだままのキスなんて、夢中になりきれる筈がない。彼女ともっと気持ちのいいことがしたかった。


「傑クマやべえじゃん」
「昨日夜中まで映画観てたんだよね」


 私を多少心配そうに見つめる悟に適当な嘘を吐いて、飴を無心で舐める。

 今のところ、彼女……葦原千里との任務は週に2回ほど。つまり大体週2でキスをしていた。なのに先週は一度だって同じ任務が無かったし、今週なんて彼女はお墓参りの後に合宿免許に行くだの何だの言って、顔すら合わせていない。それがこんなにストレスになるとは思ってもいなかった。
 彼女に口直しをしてもらう以前だったら、別になんとも無かったはずなのに。クソ不味い呪霊を飲み込んでも、その後すぐに悟と馬鹿みたいにはしゃげた。なんとも無いふりを出来ていた。脳裏にチラつく盤星教の非術師の笑顔だって、たまに心に影を落としたとしても耐えられた筈だ。

 なのに、今じゃ夜眠ることすら覚束ない。

 こんなに私は弱い人間だったのだろうか、と愕然すると同時に、どれもこれもあの子の所為だとも思った。彼女が私を無駄に甘やかすからこんな事になる。私に執着させる様な真似をするから悪いんだ、なんて。

 彼女が帰ってくるのが1週間後。それまでに任務が4回。……帰ってきたら真っ先にキスしに行ってやろう。彼女と会っていない間に取り込んだ呪霊の数だけ、絶対にキスしてやる。私が飴なんかで満足できる筈ない、と知らしめてあげないと。

 そう、思っていたのに。


「あれ、傑ちょっとやつれてない?」
「やつれてないよ。おかえり、千里」
「ただいま。無事免許取れたし今度どっか遠出しようね」


 帰ってきた彼女を見て、私は何も言えなかった。無駄なプライドの所為で、キスを強請る事すら私はできない。何せ彼女に会えなかっただけでこんなにも参ってしまっている己を、彼女に知られたくなかったのだ。彼女を前にするだけで八つ当たりが出来なかった。
 ほとほと自分自身に呆れてしまう。寝れないぐらいにストレスが溜まっているのに、苛立ちが募るほどキスしたいのに、それを言葉に出せないなんて。カッコつけたいという妙なプライドの所為。馬鹿みたいだ。


「……ねえ、絶対何かあったんじゃん」
「何もないよ」


 むしろ何も無かったからこそ、こんな風になっているんだけれど。
 本当は抱きしめたいし今すぐにでも縋り付いてキスしたいけど、自尊心がそれを邪魔して何もできない。かっこつけて彼女に荷物を持とうか、なんて言ってのける自分の口が恨めしかった。

 2人並び立って、女子寮の彼女の自室へと足を進める。隣を歩く彼女から漂ってくるいつもの香りに安堵感さえ生まれてしまって、ああやっぱり私はもう駄目かもしれないと勝手に落ち込んだ。情緒が不安定になっている自信がある。千里にバレてないといいなと思いながら、気付いてくれよなんて思ったり。でも私の情けない姿を彼女に知られたく無かった。


「傑にお土産買ってきたよ。今出すから部屋の中で待ってて」
「え」
「え? 何か予定あったの?」
「無い、けど……」


 ガチャリと開かれた扉から見える、生活感の溢れた彼女の部屋を見れただけで満足していたのに、部屋に入る? 私が?
 扉の前で唖然としている私に焦れたのか、彼女が私の手を引いて部屋の中へと誘導する。待ってくれ、心の準備が全くできていない。今の思考力が著しく下がっている状況でこれは駄目だ。部屋中から彼女の匂いがして、もう何も考えられなくなる。
 よくわからないプライドと性欲でせめぎ合っていた脳内が混乱していた。 やめてほしい。


「傑」
「な、に……」


 千里に引っ張り込まれた部屋の中。どうすればいいかわからなくて立ち竦む私を見て何かを悟ったのか、彼女の顔がいつもの距離まで近づいた。……そう、いつもキスをする時の距離だ。
 首に腕が回されて、背伸びした彼女の唇が触れ合う寸前で止まっている。少しでも動けば唇が重なる距離。吐息さえ感じてしまう程の近さで、彼女が何かを告げようと口を開いたのが分かった。

 もう無理だ。


「すぐ、んぅ……っふ、」


 何をごちゃごちゃと私は言い訳していたんだろうか。そもそも寝不足で頭が回っていないのに上手く物事を考えられる筈がない。第一、初めてキスをした時は彼女からしてくれたんだし、私の方からキスするのになんの問題もないだろ。
 いつも手を置いている彼女の腰の後ろではなく、後頭部を押さえつける様にしてキスをする。不味い呪霊の味がしないだけで、こんなにもキスが気持ちいい。彼女の小さな舌を絡め取って、甘噛みして、口の中を余すところなく舐っていく。


「っは、ぁ……ね、寂しかった?」
「寂しいだとかそういうレベルじゃなかったよ」
「ん、ふふ、そっか」


 蠱惑的に笑う彼女の唇に何度も口付けを落とし、体を抱え上げてゆっくりとベッドに押し倒す。彼女は体が持ち上がった時に驚いたのか私にしがみついたものの、さしたる抵抗もみられない。むしろベッドに乗り上げた私に足を絡ませてきた。……へえ、これって据え膳ってやつでいいのかな。


「いい?」
「だぁめ」
「……。千里ってほんと酷いよね。なんなの一体」


 キスの合間に彼女の胸に触れてみて嫌がる様子が一切無いから、言質を取っておこうと尋ねてみたらこれだ。酷すぎて冷静になってしまった。受け入れてくれると分かる態度の癖に、飛び出すのは拒絶の言葉。彼女が何を考えているのか全くわからなくなった。……いや、割と最初から何を考えてるか分からなかったか。
 体は受け入れているのに、誘う様に私に触れているのに、言葉だけは拒絶するなんて。私をどうしたいの。

 薄く開かれている唇を貪って、彼女を責めたてる。こんなに君に夢中なのにまだ足りない? プライドを投げ捨てて縋ればいい?
 顔の横に投げ出されている彼女の手に手を重ねて、指を絡ませ合う。ホラ、ちっとも嫌がってないじゃないか。
 だから、どうして、と口付けの合間に彼女に訊ねる。……聞いてみたはいいものの、これでもし私が嫌だから、なんて答えが返ってきてしまったらどうしよう。少し怖くなって、彼女が言葉を放とうとする素振りを見せた瞬間に、息ごと喰らい尽くす。答えてほしいし、答えて欲しくない。


「ねえ、千里。どうして」
「はじめてはロマンチックにしたいの」
「…………。は……?」


 なんというか、一瞬意識が飛んだかもしれない。いや、確実に飛んでた。頭をトンカチで殴られた様な衝撃。

 千里の照れた顔を初めて見たというのもそうだけれど、何よりもそのセリフに心臓が撃ち抜かれた。これは確実に私を殺しにきてる。なんなんだこの子。
 呪霊を食べた後の私に突然キスする様な真似をしておいて、ロマンチックに私に抱かれたいの。意味がわからない。可愛すぎるのもここまで極まれば最早暴力じゃないか。

 何も言えなくなって、千里を抱きしめてベッドに倒れ込んだ。心臓がバクバクしている。良い匂いがするのも余計に駄目だ。誰か助けてくれ。

 無理だ。降参するしかない。こんなこと言われたのに今抱くとか男じゃないだろ。いや、本当はしたいけど。でも彼女の可愛いお願いを無視するとかできるはずがない。


「寮の部屋はやだなあ」


 可愛いってずるいな本当に。




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