「俺、留学するねん」


それは相談などではなく、決定事項だった。テレビのリモコンがあたしの手をすり抜けて、ゴトンと鈍い音を立てながら床に落ちた。あたしの隣に座る蔵は落ちたリモコンになんか目もくれず、ただあたしを見つめている。その真剣な眼差しから逃げるようにあたしはリモコンを拾い上げた。


「冗談?」


我ながらひどい笑顔を貼り付けて尋ねると、蔵は綺麗な眉根に皺を寄せて「すまん」とか細い声で言った。それは嘘ついてごめんってこと?それともあたしに対するごめん?どうか前者であってほしいと願いながら蔵を見つめ返す。今度は蔵があたしの視線から逃げるように目を逸らした。ドクン、と不安を象徴するように心臓が高鳴った。うそ。嘘だって早く笑ってよ。


「一週間後に日本を発つ」


ビリビリと希望が裂ける音がした。さっきまでの心臓の音が嘘みたいに聞こえなくて、何かがすっぽり抜けてしまったような虚無感がひたすらあたしを襲ってきた。頭が真っ白になる。


「あたし、何も、聞いてない」


情けなく震えたあたしの声。目頭が熱くなって目の前がだんだん霞んでくる。滲む視界に映る蔵はさっきよりも辛そうに「すまん」と絞り出した。今度は何かがプチンと切れる音がした。そして気付いたらあたしは蔵の部屋を飛び出していた。









蔵の家を飛び出してきたものの、あたしは向かう当てもなくふらふらと歩いていた。ひどいよ。何の相談もなしに勝手に決めてさ。あたしが口出ししていいことでもないけど。でもやっぱり黙って決められるのは悲しい。相談ぐらいしてくれてもいいじゃん。あたしが泣いて縋るとでも思ってるのか。蔵はいつもそうだ。大事なことはいつだってあたしに言ってくれなかった。もやもやとした汚い感情がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて、だんだん考えること自体が億劫になってくる。


とりあえず座ろうと思って公園のベンチに腰掛ける。もう陽が沈みかけているので公園には誰もいない。鮮やかな橙色の夕陽が公園を赤く染めている。その光景を何も考えずただボーっと見つめているとなぜか突然睡魔が襲ってきた。苛々したりしたから疲れたのかな。家に帰るのも面倒臭くてもういいやと投げやりになったあたしは押し寄せてくる睡魔に素直に瞼を閉じた。


(110423)


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