「白石蔵ノ介や、よろしゅう」


見事に開いた口が塞がらなかった。こんなことって。これは所謂"タイムスリップ"というやつなのか。いやいや、そんな馬鹿な。でも目の前に立つこの幼い顔立ちの少年は間違いなく白石蔵ノ介だ。見間違えるはずがない。いや、でも蔵ってこんなんだったっけ?6年間で随分と成長するんだな。背もあたしと変わらないから何だか新鮮。凝視しているあたしを「どないしたん?」と訝しげに覗き込んでくる蔵。うわわわ、やっぱりどこから見てもイケメンなところは変わらない。


「自分何組?」
「え、あー、4組?」
「何で疑問形?てか俺と一緒やん」


知ってるよ。ちなみにこれから3年間あたしと君はずっと一緒のクラスだよ。笑う彼に合わせて苦笑いを浮かべるあたし。夢オチでした!とかだったりしないのかな。だってこんな非現実的なことを簡単に受け入れられるはずがない。でもあたしの名前を知った蔵があたしを「みょうじさん」と呼ぶんだから、信じられないけどきっとこれが現実。今のあたしは中学1年生。ああ、これからどうしよう。









あたしが過去にタイムスリップしたなんてまだ信じられない。あたしこれからどうなるんだろう。このままずっと帰れなくて、また中1から人生をやり直すのかな。まぁそれも悪くないかもしれない。そんなことを悶々と考えていると突然教卓に立っている担任があたしの名前を呼んだ。うわ、ボーっとしてたのバレたのかな。クラスの視線が一気にあたしに集まって思わず背筋が伸びる。


「それでいいか?」


担任から言われたのは注意ではなくなぜか疑問系で、意味がわからないまま「い、いいと思います」と適当に答えると担任がにこやかに頷いた。なに、一体どうしたの。そして担任は嬉しそうに明るい声で言った。背中に冷や汗が伝ったのはきっと気のせいじゃない。


「はい、じゃあ委員長はみょうじさんに決定しました」


パチパチとあたしに向けて拍手が起こる。え、なにこれどうしたの。委員長て何。まじでか。嘘だろ。呆然とするあたしを放置したまま委員会決めなどが着々と進んでいっていた。あたしの意見を聞く気なんて更々ないようだ。泣きたい。









案の定委員長は面倒臭いもので、いきなり仕事を押し付けられてしまったためにすっかり帰るのが遅くなってしまった。ひどいよ先生人使い荒い。しかも副委員長である田中くんも用事があるとかで途中で帰ってしまったので仕事は二倍。気付けばもう外は陽が沈みかけていた。早く帰ろうと昇降口を早足で通り過ぎたとき。


「あ、みょうじさんやん」


ばったりと出会ったのは蔵。ラケットケースを背負っているからきっと部活の帰りなんだろう。「遅いやん、何しとったん」「雑用」「委員長は大変やな」みたいな他愛ない会話をしている内に自然に一緒に帰る流れに。蔵が部活の話とかで話題を作ってくれているのになぜか妙に緊張してうまく喋れない。蔵は至って普通な感じなのに。あたしおかしい。


「みょうじさん家どっち?」


校門のところで突然足を止めた蔵があたしにそう尋ねた。あたしはというと考えごとをしていたので「こ、こここっち!」と答えを無様なぐらい噛みまくってしまった。これは恥ずかしすぎる。一人で勝手にドキドキしたり、なんかあたしキモい。もうさっさと帰ろうと思って蔵に別れを告げようとしたら。


「俺もこっちやねん」


そう言った蔵があたしが指を差した方向にスタスタと歩き始めた。え、ちょ、あれ?たしか蔵の家はあたしの家とは反対方向だったはず。いくら方向音痴と言ったって何度も行ったんだから間違えるはずがない。でも蔵は躊躇うことなく自分の家とは真逆の道を歩いていく。そして校門に立ち止まったままのあたしの方を振り返って柔らかく微笑んだ。目を細めたその顔は、やっぱり見慣れた蔵のもので。


「置いていくで?」


ああ、そういえばいつも蔵はこうだったんじゃないだろうか。当たり前みたいに優しくするから、あたしはいつも気付かないまま当たり前みたいに甘えてばかりで。


空しさにも寂しさにも似た気持ちが一気に押し寄せてきて、何だか無性に泣きたくなった。橙色に染まるあたしの視界が僅かに滲んで見えていることに、きっと隣を歩く蔵は気付いていないだろう。


夕陽を背中に受けて伸びる二つの影は、何度も見ても同じぐらいだった。


(110504)


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