今日はすこぶる天気がいい。抜けるような青い空にもこもこと綿菓子みたいな入道雲。こんな日に寝坊してしまうのは至って仕方ないことではないだろうか。学校に着いて時計を見ればまだ10時になったばかり。今クラスは授業の真っ最中だろう。しかもあたしのクラスは化学じゃなかったけか。うわー、絶対入りたくない。みんなは今頃黒板に向かって授業を受けてるんだと思ったらちょっとした優越感があたしの頬を緩ませる。適当に時間を潰そうと思って屋上へ向かうあたしの足はいつもより軽かった。

屋上の扉を静かに開けると、空が一気に近くなった気がしてなんとも爽快な気分。大きく伸びをしようとしたとき、あたしはここに先客がいたこと気付いた。その先客さんもあたしに気付いて軽く手を上げる。

「お、日向くん珍しいね。サボり?」
「おーす。いや、寝坊」
「あはは、一緒」

そこにいたのは同じクラスの日向くん。別に大して仲が良いわけじゃないけどまぁ、軽く挨拶を交わす程度の関係。普通にいい人。日向くんが寝坊なんて珍しいなー、と思いながらあたしは彼の隣に座った。

「天気いいねー」
「暑くて敵わねーよ」
「入道雲すごー」
「おー」
「わ、あの雲すごいラピュタあるわあれ」
「え、どこ」

うわ、まじだすげーと日向くんがぽつりと呟いたのを最後にあたしたちの間にゆったりと流れ始めた沈黙。その沈黙に疑問を感じて隣の彼をちらりと盗み見てみれば、ああ、なるほどねと納得。あたしの存在なんてとっくに意識の外でぼんやりとどこかを眺めていた。日向くんは饒舌な人ではないけどこんな言葉数の少ない人でもなかったはずなんだけどな。あたしは鼻歌を歌いながらなにか話題を探してみる。日向くんといえばバスケ部。そしてあたしはこの間廊下で見た学校新聞を思い出した。

「そういえばバスケ部決勝リーグまでいったんだってね」
「あー…、うん」
「すごいね」

日向くんはあたしの言葉には何も返さずただ苦々しい微笑みを浮かべた。あ、今お前に何がわかるんだって思ったでしょ。きっと彼なりの精一杯であろうその愛想笑いは、見ているこっちまで苦い何かを食べてしまったように錯覚させるほどの威力を持っていた。彼がそんな顔をするから、気付いたらあたしの口は「ごめん」という言葉を勝手に発していた。それを聞いた日向くんは一瞬目を丸くしてから可笑しそうに笑った。

「なんで謝んの」
「なんとなく、日向くんが嫌そうだったから」
「えー…、鋭いな」

日向くんがわかりやすいんだよ。そう言おうとしたけど、その言葉はやっぱりなんとなく呑み込んでおくことにした。彼は思いっ切り伸びをして深く空気を吸い込む。

「負けたんだ」
「うん」
「もうボロッボロに」
「うん」

日向くんが独り言みたいにぽつりぽつりと話すのに、あたしはただ相槌を打っているだけだった。万年帰宅部のあたしに負ける悔しさなんて、わかるはずがない。だから何も言ってはいけないような気がした。日向くんはまた深呼吸すると取り込んだ空気をすべて吐き出すような大きな溜め息をついた。その溜め息に混じって聞こえた言葉はとても小さなか細い声だったはずなのに、あたしの耳はびっくりするくらいしっかりそれを捉えていた。

「やめちまおうかな」

なんてな、と日向くんは渇いた笑顔をこちらに向けた。彼が泣いてるように見えたのは、この暑さのせいなのだろうか。

「日向くんは嘘つきだね」
「はあ?」
「だって顔に"やめてたまるか"って書いてる」

あたしの言葉に彼は本当に可笑しそうにカラカラと笑った。なにがそんなにおもしろいんだろう。あたし至って真剣なんですけど。日向くんはひとしきり笑い終えるとその笑いの余韻に浸りながら青い青い空を仰いだ。あたしもそれにつられて上へと目を向ける。ああ、ほんとにいい天気。

「…うん。そうだよな、何言ってんだろ俺」
「ほんとだよ。バスケ大好きなくせに」
「あー、俺バカだー」
「そうだバカだー」
「うるせーよ」

あはは、と笑っているあたしの名前を日向くんが呼ぶ。隣に視線を移せばやけに清々しい顔をした日向くんがまたどこか遠くを眺めていた。でもその意識の内にはちゃんとあたしがいて。

「ありがとな」

そう言った彼がやっぱり泣いているように見えたのは、きっとこの暑さのせいに違いない。


この世界はソプラノで
反響する


「…なあ、」
「んー?」
「全裸で告る奴ってどう思う?」
「は?」

(120304)
title by 花畑心中
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