「ええ加減機嫌直してえな」
「別に機嫌悪くないし」
「めっちゃ拗ねてはるやん」

苦笑いを浮かべた廉造が覗き込んできたので、あたしはぷいっとそっぽを向く。そして廉造の溜め息がゆっくりと空気に溶けるのを耳にしてイライラする。さっきからこんなことを飽きることもなく何度も繰り返しているあたしたちは端から見たらなんてアホらしい奴らなんだろう。

「…なんでよ、」
「ん?」
「なんであたしには教えてくれなかったの、」
「なんでもや」
「…なんで!」
「なんでもや」
「なんで!」
「なーんーでーもーや」

廉造が祓魔師になるために正十字学園というところに行ってしまう。つまりは京都を、ここを離れてしまうということ。しかも出発は明日の朝。そしてあたしがそのことを知ったのはついさっき。本当の本当についさっきなのである。これは怒りたくもなる。てかもう怒りなんて通り越して笑えた。あたしが爆笑したらさっきまでヘラヘラしてた廉造の顔がどんどん渋くなっていくのがわかって、あたしもつられて眉間に皺が寄った。なんで廉造がそんな顔するの。したいのはあたしの方だし。だって物心がつく前からずっとずっと一緒で、お互いに秘密なんてないと思ってた。なのにそんな大事なことをあたしには言ってくれなかったなんて。こんなのあんまりだ。ねぇ、なんでよ。なんでなんでなんで。

あたしの中で黒い気持ちがぐるぐると渦を巻く。どうやって処理したらいいかわからない。自分が怒りたいのか泣きたいのかもわからない。空もまるであたしの気持ちを反映したみたいな曇天で、鉛色の雨雲に覆われている。

「廉造なんかどこへでも行けばいいよ」
「……おん」
「……嘘だよ、行かないで」
「…………」
「嘘だし」

下手くそな笑顔はきっと廉造には通用していない。あたしの顔がひきつっていることは恐らくバレバレなんだろう。そんなことわかってる。だけどここで、廉造の前でめそめそ泣くなんて真っ平御免だ。涙腺が緩んでしまいそうになるのを必死に堪えていると、廉造がゆっくりと呼吸を整えるのが聞こえた。

「揺らぐんが、嫌やってん」
「………」
「俺がこのこと言ったら、なまえは絶対行かんといてって言うと思ったから」

そう言った廉造は困ったように笑った。自意識過剰だよ、と罵ることができないのは、ばっちり当たっていたから。あたしが行かないでって言ってもどうせ聞かないくせに。聞いてなんてくれないくせに。嘘でも揺らぐなんて言わないでよ。期待しちゃうじゃん。今ここで小さい子どもみたいに駄々こねて泣き喚きながら引き止めたら行かないでくれるかも、なんて、馬鹿馬鹿しい期待。

「待っといて」

緊張していた涙腺が一瞬にしてふっと緩むのがわかった。せっかく我慢してたのに。どうしてくれんの。一度溢れだしてしまうとそう簡単には止まるはずなくて、情けなくもぼろぼろと頬を伝う涙を廉造が笑いながら親指で優しく拭う。

「…言われなくても、」
「ん?」
「っ、言われなくても待つし!」

目をぱちくりさせた廉造の顔が緩やかに微笑みに変わっていく。「さよか」と目尻を垂らしながらあたしを包んだ愛しい温もりは、もうすぐ消えてしまう。


遣 ら ず の 雨


「うわ、雨降ってった」
「……ねぇ、」
「ん?」
「遣らずの雨って知ってる?」
「遣らずの雨?」
「出掛けようとする人を行かせないために降る雨のこと」

静寂に優しい雨音が響く。悲しみを僅かに滲ませながら笑った廉造は、それ以上は言葉を紡がせまいとするように静かにあたしの唇を塞いだ。

(110120)
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