先程から名前を呼んでも頑として振り向いてくれない背中は全力で自らの不機嫌を訴えていた。彼の、金造くんの機嫌がすこぶる悪い。理由はまったくもってわからない。が、その怒りがあたしに向いているということだけはしっかりと理解できた。だからこうして今あたしは右往左往している状況なのだ。

「…金造くん」
「……………」
「怒ってる、よね…?」
「……………」
「理由を教えてほしいなー…、みたいな」
「……………」
「……ごめんなさい」

さっきからこんなことを何度も繰り返している。しかし金造くんはあたしの問いかけにまったく応じてくれない。未だにこちらを見てさえくれないのだから、あたしは既に両手を挙げて降参したい気持ちだ。じゃあむしろあたしにどうしてほしいんだ、と開き直って苛立ちさえ感じてきた。誰か助けてくれる人はいないかと思って周囲に視線をやると、向こうから廉造くんがふらふらとこちらにやって来るのが見えた。助かった!あたしと金造くんの様子に気付いたらしい廉造くんは、あたしたちを交互に見やると、なるほどとでも言うようにへらりと笑った。ええええ、何で笑ってるの。口をパクパクさせるあたしに廉造くんは笑みを携えたまま助言を発した。

「あぁー、ほっといたらええよ。金兄やきもち焼いてはるだけやから」

その一言を言い終わる語尾と共に金造くんの遠慮なしの飛び蹴りが見事に廉造くんにヒットした。あたしは慌てて蹴飛ばされた廉造くんに駆け寄る。金造くんが小さく舌打ちをする音が聞こえた。

「ななな何すんの金兄!」
「飛び蹴りやろ!てか何がやきもちやねん!意味わからへんわ!」
「なまえちゃんが柔兄と仲良さげに喋ったはったからめっちゃ嫉妬してたやん!」

金造くんはもう一度、今度は大きく舌打ちするとくるりと踵を返した。苛立ちを露にしている背中が遠ざかっていく。「素直やあらへんなあ」と廉造くんが呆れたように苦笑しているのを視界の端に捉えながら、あたしは去っていく背中を大慌てて追いかけた。

「…っ、金造くん!ちょっ、待って…!」
「…………」

足早にあたしの前を歩く彼はまだ無言を貫いている。あたしはそれに置いていかれないように小走りになりながらついていく。

「あたしが柔造さんと話してたから怒ってるの…?」

そう訊ねてみるけど、やっぱり金造くんはこちらを向いてくれない。降り続く沈黙に響くのはあたしたちの草履が擦るちぐはぐな足音だけ。金造くんの間の広い音の間にあたしの忙しない音が埋まる。すると突然、不揃いなその音がピタリと止んだ。え、と思って前を向くと金造くんの背中が目の前にあって危うく激突するところだった。ぶつからなかったことに安堵していたあたしは、次の瞬間彼から放たれる言葉を何の装備もしていない完全無防備な状態で受けることになってしまった。

「お前が好きなんは俺やろ!」

…きっと今あたしはまさに鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているに違いない。ええええ、だってそれって。その言葉に含まれた彼の気持ちとかさっきまでの態度の真意をじわじわと理解していくごとに、自分の頬がゆるゆると緩んでいくのがわかった。

「金造くん、世間はそれをやきもちと言うんだよ」
「ちゃう言うてるやろ!」

そしてまた不揃いなメロディーが始まる。先程まで少し怖かった無言の背中が、今はただ拗ねてるようにしか見えなくなったものだから、なんだか可笑しくなって思わず笑いが零れた。

「金造くん」
「…………」
「好きだよ」
「……知っとるわ」

漸く振り返ってくれた彼は、照れ隠しのようにあたしを力一杯抱き締めた。

(120101)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -