ぱらぱらと雑誌のページをめくる。そこにいるのはこちらを見て微笑むモデル。あたしはそれをどこか冷めた気持ちで眺めていた。たしかに友達が騒ぐのもわかる。まぁ大層整った容姿だこと。そうだよね、あんたはそうやって昔から周りにちやほやされてたよね。あたしがそれをどんな思いで見てたかあんたは知らないでしょうけどね。そう、平面の世界からあたしに微笑んでいるこいつは、正真正銘あたしの幼馴染だ。

ページをめくるたびにあたしの中を渦巻く黒いもやもやが暴れる。だってあたしはこんな人、知らない。あたしが知ってるのは自意識過剰でバカな幼馴染だけだ。ああ、もうほんと。

「……遠いってば、」

こんな薄っぺらい紙ごときにどうしてこんなにも距離を感じさせられなきゃいけないんだ。むかつく。昔はあんなに近くにいたのに。一緒に学校に行かなくなったのはいつからだっけ。一緒に遊ばなくなったのはいつからだったっけ。目も合わせなくなったのはいつからだっけ。そうやっていつの間にかお互いが傍にいないのが当たり前になっていって。所詮幼馴染なんてこんなもんか。

あー、自分アホらし。てかなに、なんでうじうじ昔のこと恨み言みたいに並べてんのキモい。どうせこうやって昔のことを引きずってるのもあたしだけ。こんな雑誌気まぐれでも見るんじゃなかった。おかげでもっともっと自分のことが嫌いになったわ。こんなに惨めな思いするなら忘れてしまった方がいいに決まってる。そうだ、そうに決まってると自分に言い聞かせながら雑誌をカバンに押し込んだ。精々ぐしゃぐしゃになるがいい。ふと外を見ればもう陽がだいぶ傾いていて、空が赤みを帯びていた。さっさと帰ろうと思って立ち上がったそのとき。

「……久しぶり」

顔を上げなくてもわかってしまった。なんで。どうして忘れさせてくれないの。これ以上あたしにどうやって惨めになれっていうんだコノヤロウ。あたしの前に立っていたのは間違いなく雑誌の中で微笑んでいたあいつだった。久しぶりに近くで見る幼馴染は昔の面影を残したままびっくりするほど成長していた。いつの間にこんなに背が高くなったんだろう。

「久しぶ、り」

平静を装って出したはずの声は震えていた。きっとあいつにも気付かれてる恥ずかしい。なんであたしはこんなに緊張してるの。こうやって向かい合って話すのはいつ以来だったっけ。中2?いや、もっと前から?昔すぎて忘れちゃったよ。

「…どうしたの?」
「あー、いや、友達に借りてたもん返すの忘れてて…」

そっか、と言ったあたしが上手く笑えていたらいい。俯いたままあいつの横を通り過ぎる。あたしの早鐘みたいなこの心臓の音がどうか聞こえていませんように。忘れるべきだ。幼馴染なんて細い関係は綺麗に立ち切ってしまうべきだ。だってもう惨めな思いはしたくない。

「……うそ、」

本当に、もう惨めな思いはしたくないんだよ。でもあたしは引き止められた腕が、どうしようもなく嬉しい。笑えるぐらい矛盾してる。忘れるべきだ。わかってる、そんなことあたしが一番思い知ってる。でもいつも一番わかろうとしなかったのもきっとあたしだった。

「うそついた。ほんとはあんたが窓から見えたから、走ってきた」

真っ直ぐあたしを見つめるあいつから目が離せなかった。その真剣な目には面白いくらいマヌケ面をしているあたしが映っている。あいつの声も、震えていた。ねぇ、もしかして緊張してるの?あたしと同じなの?

「な、んで今更」
「ほんとはずっと聞きたかった」
「え……?」
「急に俺のこと避け出して喋らなくなって、」

なんでだよ、と絞り出したような声で苦々しく呟いたあいつに、目頭が熱くなる感覚を覚える。もしかしたら、いや、きっと。勝手に距離をつくっていたのは、きっとあたしだった。あいつから離れていったのは他でもないあたしの方だったんだ。

掴まれた腕が強い力で引っ張られる。閉じ込められた腕の中で感じたのは昔と何一つ変わらない匂い。背中に回る腕がこれでもかというほどあたしを締め付ける。苦しいよ。そっとあたしも同じように背中に腕を回せば、抱き締める力が一層強くなった。さっきまであんなに遠くにいたあいつとあたしとの間に阻むものは何もない。

「……あんま遠くにいくなよ、」

ああ、こんなに近くにいたんだね。

(120304)
「〜っス」を言わない黄瀬イケメン
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