今朝から財前光の様子がおかしい。 あたしをパシるどころか逆に気を使っているというかなんというか、とにかく気持ち悪い。しかも声をかけてきたと思ったら、何か言いたそうに少し口籠り、「…やっぱりええわ」とそっぽを向いてしまう。さっきからこれの繰り返しだ。本当にどうしたんだろうか。こっちの方が調子が狂ってしまう。 ・ ・ ・ 昼休み、あたしは昨日と同じように自販機でジュースを買おうとしていた。でも昨日と違うのは財前光にパシられて、というわけではないことだろうか。昨日も一昨日も、昼休みなんてパシリの格好の餌食になっていたのに。やっぱりおかしい、と悶々と考えていたとき、後ろから「よっ!」と肩を叩かれた。振り返ったそこには忍足先輩の姿。忍足先輩は昨日と同じようにCCレモンのボタンをポチリと押してから、思い出したようにあ、と零した。 「なんかしたったん?」 なんか?なんだろう。ハテナマークを浮かべているあたしに気付いた先輩は「あー、知らんのかー」とぶつぶつ呟いていた。そして笑顔に戻ると、周りを確認してからあたしの耳元で楽しそうに囁いた。 「今日財前誕生日やねんで」 耳元から離れた先輩は「なんかしたったら?」と笑った。そしてそれだけ言うと満足したように先輩は颯爽と去っていった。足速っ。まあ誕生日らしいしジュース1本くらい奢ってあげてもいいだろうと思って、あたしは昨日と同じように三矢サイダーのボタンを押した。 ガコン、とペットボトルが落ちてきたのと同じぐらいにあたしのポケットに入れている携帯が震えた。受信ボックスを開くと、それは財前光からで『今どこ』とだけ書かれていた。手短に返信をすると、数分もしないうちに財前光が走ってきた。 ほら、やっぱりおかしい。いつもなら絶対あたしを呼びつけるのに。財前光はあたしの前まで来ると僅かに乱れた呼吸をそのままに真剣な目であたしを見据えた。それからまた何か言いたそうに口を開くが、やっぱりそれは言葉になる前に消えてしまう。 財前光の不可解な行動を疑問に思いながらも温くなってしまわないうちに渡そうとさっき買った三矢サイダーを差し出す。 「誕生日、おめでとう」 それを受け取った財前光は珍しく面食らった顔をしていて思わず笑いそうになった。 「なんで、知ってるん」 ペットボトルを見つめながら財前光がぽつりと呟く。 「あ、忍足先輩に聞いた」 そう答えた瞬間財前光の手にあるペットボトルがベコッとへこんだ。ちょっ、せっかく人が好意であげたものを!財前光は苛立たしげにくしゃ、と髪を乱した。しかしワックスで固まっているので髪の毛は元には戻らない。でも財前光はそれを直す気はないらしく、「…ずっと、」と今にも消え入りそうなほどの声で呟いた。 「ずっと、好きやった」 まっすぐ、まっすぐ、財前光の視線があたしを捉えて離さない。"嘘だ""馬鹿にしないで"言いたいことはたくさんあるはずなのになぜか口が動いてくれない。きっと間抜け面をしているであろうあたしの顔を見据えたまま、財前光は言葉を続ける。 「だから、あんたとぶつかったとき、チャンスなんやて、思った」 うん、と返事をしようとしたけど渇いた唇からは何も出てこず、首を縦に振ることしかできなかった。財前光は少し躊躇うように黙ってしまったけど、すぐに睨んでいるのかと思うくらい真剣な眼差しであたしを捉える。財前光の手の中のペットボトルは既にベコベコになっていた。 「俺と、付き合って」 もしかしたら、あたしがあのとき財前光とぶつかったのは運命だったのかも、なんてね。 彼女になりました (必然だったって信じたいね) end. (110720) |