財前生誕記念'11 | ナノ



あたしは財前光のパシリになってしまったようだ。昨日の時点から散々下僕のように扱われたことは言うまでもない。そしてこれは蛇足だが、財前光は学校でも結構な有名人らしく、その有名な彼のパシリということで、あたしまでちょっと有名になってしまった。限りなく不名誉なことなんだけど。あたしを見る人たちの視線が哀れみを含んでいることなんてもうこの際どうでもいい。

「あー、喉渇いたわー」
「…………」
「……なにしてん」
「え、」
「喉渇いた」
「はい、買ってきます」

即座に走り出したあたしの後ろから「三矢サイダーなー」と間延びした声がかかる。それに気のせいではない苛立ちを感じながらもあたしは自販機へと走る。なんであたし昨日あいつを轢かなかったんだろうと切実に思う。てか今思ったらあたし所々負傷したけどあいつ無傷じゃなかったか?普通あたしがパシってもいい立場なんじゃないの?なんて、こんなこと口が裂けても言えないけど。

そんなことを考えている内に自販機に辿り着いた。あ、三矢サイダーある、よかった。ほっと安心しながら小銭を入れて三矢サイダーのボタンを押したそのとき。

「あ、財前の」

あたしの代名詞が財前光のパシリになっていることにすごく泣きたくなった。ふう、と溜息をつきながら声のした方に顔を向けると、先輩らしい人が財布を片手に立っていた。類は友を呼ぶなんてよく言ったものだ。財前光のピアスといい、目の前の先輩の金髪といい、うちの校則は本当にこんなんで大丈夫なのかと心配になる。それよりもまさか他学年にまであたしのことが広まってるなんて想定外だ。

金髪の先輩はあたしと目が合うと、にかっと笑って「そうやんな?」と尋ねてきた。肯定するのもなあ、と思って苦笑いを浮かべながら言葉を濁す。金髪な先輩はあたしの横をするりと通ると、自販機から先程買った三矢サイダーを取り出してあたしに渡してくれた。

「俺は忍足謙也や!財前の部活の先輩やで!」
「あ、みょうじです」
「おん、よろしゅう!」

そして金髪な先輩もとい忍足先輩はまた屈託のない笑顔を見せる。いい人そうだなあ、と思いながらあたしは先輩がCCレモンのボタンを押すのをぼんやりと眺めていた。

「財前のお世話係させられてるんやて?」

お世話係…、ただの下僕な気がしてならないけど、とりあえず「まぁ…、そんなかんじです」と肯定しておく。忍足先輩がCCレモンの蓋を開けると、炭酸の抜ける軽い音がした。あたしの返事に苦笑しながら忍足先輩はそれを何度か喉に流すと、眩しい笑顔をあたしに向ける。よく笑う人だなあ、と思った。

「まあ仲良うしたってくれ!」

まるで財前光のお兄ちゃんのようだと思って、思わず笑いが零れる。あたしが笑っている理由がわからないのか、忍足先輩はきょとんとしている。それがまたなんだか可笑しくて笑いを堪えていると、突然後ろから腕を掴まれた。驚いて振り返ると、そこには財前光が眉を寄せて不機嫌そうな様子で立っていた。そしてギロリと睨まれて「遅い」と言われた。怖い。

掴まれた腕がそのまま強い力で無理矢理引っ張られる。足がもつれそうになりながらも必死に財前光についていく。後ろを振り返ってみると、忍足先輩が笑顔で手を振ってくれていたので振り返したら、財前光にまたもや睨まれたので慌てて手を引っ込めた。

「謙也さんとはどういう仲やねん」

忍足先輩が見えなくなって少ししてから財前光が呟くように尋ねてきた。その言い方には明らかに怒気が含まれている。いや、忍足先輩とどういう仲って聞かれても。迷った結果、「……友達?」と曖昧に答えたら、財前光の歩くスピードがより速くなった。こけないように足元に注意を払っていたので、財前光が次に発した言葉を聞き逃してしまった。「え?」と聞き直すと小さく舌打ちされた。ええええ、なんでそんな怒ってるの。

「……俺らもやろ」

え、俺らも?俺らもなに?友達ってこと?主人と下僕じゃなくて?まじでか。一体どういう心境の変化なんだろう。

そういえばこの三矢サイダー、開けたらきっと大変なことになるだろうなあ、なんてぼんやり考えてたから、このときのあたしは財前光の耳が少し赤くなっていたことなど知る由もない。


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(ちょっと昇格したようです)

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