練習が休憩時間に入ったので水道に顔を洗いにいくと、その近くで見知った奴が座り込んでいた。「なまえ?」と声をかけてみたけど完全に無視された。具合が悪いのかと思ったけど、どうやらそれは違うようだ。しゃがみ込んで膝に顔を埋めているそいつの肩は微かに震えていた。
「もしかして泣いてる?」
「……泣いてないし、」
そう言った声は明らかに涙声。梃子でも顔上げようとしねぇから仕方なく俺も隣に座り込む。練習であったまった体がだんだん熱を奪われていくのがわかる。息を吐きだすと白く姿を現してすぐ消えた。それを何度か繰り返した後。
「嫌なことあったのか?」
「…………」
「風邪ひくぞ」
「…………」
「あーもう、泣くなよ!」
何を言っても返事しないくせにどんどん鳴咽だけ大きくなっていくからどうしたらいいかわからなくて、自分の髪の毛を掻き回す。とりあえずこんなところにいたら確実に風邪をひくので、移動しようと思って小さい子供みたいに泣きじゃくってるこいつの腕を掴んで無理矢理立たせた。
遠くから真田の「丸井!休憩は終わっているぞ!」と俺を呼ぶ怒声が聞こえるが、俺は聞こえないフリをして早足で歩き続けた。俺に引きずられるようにして歩くなまえは後ろでうぇ、とかうー、とか俺の弟たちと似たようなガキ丸出しの泣き方をしている。
「……真田くん怒ってる、」
「俺には聞こえねぇ」
「うー…も、やだ……!」
「何が」
「…に、仁王なんて嫌い、」
ああ、そういうことか。それだけでこいつが泣いてる理由がわかってしまった自分に少しうんざりする。我慢の糸が切れたからかなまえはさっきよりも豪快に泣き始めた。鳴咽混じりに「明日どんな顔して会えばいいかわからない」とか「何が友達としてしか見れないだふざけんな」とか不満を喚いている。恥ずかしくねぇのか。むしろそんなこいつを連れてる俺が恥ずかしい。
「じゃあ俺と付き合えばいいじゃん」
言ってからハッとなって、一気に血の気が引いていくのを感じた。何言ってんだ俺!恐る恐る振り返ると、なまえが涙でぐちゃぐちゃな顔でキョトンと俺を見つめていた。目が兎みたいに真っ赤だ。一瞬にして激しく後悔が押し寄せてきたが、言ってしまったものは仕方ない。精々俺のことで頭がいっぱいになればいいんだよ!
「さ、さっさと帰れよ!じゃあな!」
回れ右をして一目散に走った。血が逆流したように体の中を駆け巡っている。きっと今の俺の顔はあいつの目にも負けない程赤いだろう。それを恐ろしく冷たい水道水で冷やしてから真田の怒鳴り声が響くテニスコートに飛び込んだ。
(110320)