あたしの嫌いなもの。一番は台所などに現れるG氏。これは生理的に無理。二番目は納豆。臭いが無理。そして三番目は満員電車。もうなんか色々無理。でもあたしが乗る時間帯は通勤ラッシュと見事に重なっているため毎日すごく大変だ。今も四方八方から押し寄せてくる人の波に押し潰されそうになっている。く、苦しい。もうやだ。時間ずらそうかな。周りはサラリーマンのおじさんばっかりだし。何回か痴漢にあったこともあるし。やだよ満員電車ほんと嫌い。

こんなに満員なのにまた次に止まった駅でどっと人が入ってくる。もう無理だってば。その勢いに流されてあたしはもっと体勢が悪くなる。押されるは足は踏まれるはで泣きそうになりながら早く駅に到着することをひたすら願っていたそのとき。

突然強い力で腕を引かれて驚く間もなくあたしは押し潰されかけていた人混みから抜け、ドア近くに引っ張り出された。圧迫感から解放されて息がしやすくなる。顔を上げると目に飛び込んできたのは脱色された金髪。そしてまったく見覚えのない整った顔立ち。

「自分大丈夫か?めっちゃ潰されてたけど」

彼はあたしの顔を覗き込みながら笑った。ドキッと心臓が一瞬大きく高鳴る。近くで見れば尚のことイケメン。ここでときめく辺りあたしも立派な乙女らしい。とりあえずお礼を言っとかないと!あたしは慌てて頭を下げた。

「あ、ああありがとうございました…!」
「ああ、全然ええよ」

なんていい人なんだ…!かっこいいしきっとモテるんだろうな。それから他愛ない会話を数回していると、電車がどこかの駅に止まった。アナウンスを聞いた彼は「あ、俺ここやねん」と言ってプルルル、という音と共に開いたドアから出ていってしまう。ああ、束の間の幸せだったな。あ、名前聞き忘れた。しくじったな、と思っているとまた人波が押し寄せてくる。く、苦しい。また逆戻りか!さっきまで苦しくなかったのに。

あれ、そういえば何でさっきまで全然苦しくなかったんだろう。ふと疑問に思ってからすぐに答えは見つかった。彼はあたしを壁際に寄せてドアに手をついていた。まるであたしを覆うように。そう、彼はあたしを人混みから庇っていてくれたのだ。ホームを見ると金髪の彼があたしに眩しい笑顔を向けていた。

「もう潰されたらアカンで!」

色んな音が交差するホームは騒がしいはずなのに彼の声はやけに鮮明にあたしの耳に飛び込んできた。そしてまたプルルル、という音が鳴り、今度はドアが閉まる。そこからはもう意識の範囲内ではなかった。気付いたらあたしはさっきまで乗っていた電車をホームから見送っていた。目の前の彼は呆気にとられた様子で目を丸くしている。だって明日会える保証なんてどこにもないし。今追いかけなかったら絶対後悔すると思ったから。

満員電車も悪くないと、初めて思えた麗らかな春の日。


(110411)
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