「どうして口ってひとつしかないんだろう」

たまにこういう誰もが当たり前と思っている、常識にも分類されないような当然のことがどうしようもなく気になるのはあたしだけなんだろうか。例えば1+1はどうして2になるのか、とかどうして命令してもいないのにこの心臓はどくどくどくと忙しなく働き続けるのか、とか。考え出したら切りがない。

「変なことを言うんだね、なまえは」

さっきまでパソコンに向かい合ってカタカタとキーを打っていた臨也がくるりと振り返った。彼の表情は心なしか呆れているように見える。たしかこの前友達に言ったときは無視されたっけ。でも口がふたつあったら便利だと思わない?たくさんお喋りできるし、ご飯だって早く食べれる。この忙しい世の中にとったら合理的じゃない。あたしの意見に臨也は可笑しそうにクスクス笑った。あたしが少しムッとしていると彼は「おいで」と手招きしてあたしを呼んだ。

「でもさ、よく考えてみなよ」

臨也の前に立つと彼はゆっくり立ち上がってあたしの頬にそっと指を滑らせた。その指の動きはどこか厭らしくて、また命令もしていなのに心臓が急速に活動を始める。

「口がふたつもあったら」

あ、と息を吸う暇もなく唇が食べたられた。何度も角度を変えながら繰り返される口付けに頭の芯がとろけそうな感覚に陥る。酸素を取り込もうと開いた唇の僅かな隙間から臨也の生温かい舌が侵入してきた。狭い口内ではあたしの舌なんていとも簡単に絡めとられるわけで。苦しさと快楽で頭が朦朧としてくる。漸く離された唇からはどちらの唾液かもわからない銀色の糸が伸びた。肩で息をしながら酸素を取り込むあたしとは裏腹に、臨也は息ひとつ乱さず至極楽しそうに口角を上げていた。そして彼は「こうやってさ、」と口を開いた。

「なまえとキスに専念できないだろう?」

その言葉と共に一瞬触れるだけのキスをあたしの唇に落とした。人間を作ったのが誰かなんてあたしが知らない。神様だなんて言ったらきっと臨也に笑われるだろう。だから、難しいことはよくわからないけど、とりあえずあたしの口をひとつだけにしてくれた誰かさんに感謝しようと思う。


(110329)
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -