「隼人の心臓になりたい」

何の前触れもなく唐突に彼女は言った。僅かに目を見開いた俺を静かに見据える彼女は驚くほど真摯な瞳をしていた。本気で言っているのだと強く思い知らされる。困惑しながらも渇いた唇から発した言葉は少し、掠れていた。俺は動揺しているのだ。

「何で」
「だってそうすれば隼人が死ぬときはあたしも一緒に死ねるじゃない」

そう言った彼女の瞳は悲しみの色に染まり、僅かに揺らいでいるように見えた。真一文字にきつく結ばれた口にチクリと胸が痛んだ。降り続ける沈黙を破ったのはか細く震えた彼女の声だった。

「ほんとに、行っちゃうの」

行かないで、と彼女の瞳が必死に訴えている。縋るように握られた手は震えていた。

「死ぬかもしれない」

苦虫を噛み潰したように苦渋に満ちた顔付きで10代目から言われた言葉をぼんやりと思い出す。それだけ危険な任務なのだろう。別に死ぬことなど怖くはない。しかし、この手を解くことはどうしようもなく、怖かった。

躊躇う自分を叱咤し、懇願するように繋がれている冷たい手を払った。それと同時に彼女の瞳から静かに雫が落ちる。罪悪感と後悔から目を背けるように俺は歩き始めた。背後から聞こえる押し殺した嗚咽が俺の耳に鮮明に焼き付いて離れなかった。

あの手を解いてから、漸く気付いたんだ。震えていたのは俺の手だったことに。





(110322)
彼女の為に泣いた
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