自転車置き場にて、俺はただいま立ち往生している。何でって答えは簡単、鍵を無くした。ただそれだけや。ポケットに手を突っ込んでみるがやはりない。代わりに出てきた昨日食べた空の飴の袋に軽い絶望を感じた。

「あれ、鍵どこいったんやろ」
「ええええ、まじありえね」
「盗んだチャリで走り出すか」
「残念ながらみんなちゃんと鍵かけてますね」

どうやら近くにいる忍足くんも俺と同じ境遇らしい。彼がポケットや鞄の中を探している隣でみょうじさんが呆れたように欠伸をしたりしている。ちなみに彼らと俺は同じクラスである。俺がいることにはまったく気付いていないようだ。影が薄いとかそういうことでは決してない。

「そういえば今日の国語の時間謙也当たる前咳ばらいしたでしょ、あれウケた」
「そんなん当たるとき濁声なったら恥ずかしいやろ」
「で、結局当たらなかったと」
「それやったらお前なんて数学の時間爆睡やったやろ」
「は、あれ寝てないし瞑想だし」

聞き耳を立ててるつもりはないけど嫌でも彼らの会話は耳に入ってくるわけで。てか君らお互いにお互いのこと見すぎやろ。自覚ないバカップルなんやろか。

「あ、」
「え?」
「鍵、チャリに挿しっぱやったらしい」
「ええええ、一番がっかりするパターンキタコレ」
「灯台下暗しっちゅー話や」

荷台に跨がりながら不満をぼやく彼女を「すまんすまん」と彼は苦笑いを浮かべて宥める。ああ、忍足くんあれ絶対べた惚れやん。幸せそうな様子が雰囲気から読み取れる。わかりやすい人やな。

「ちょ、絶対落とすなよ」
「俺のチャリテク舐めんなよ」

二人乗りをした彼らが俺の横を通り過ぎようとしたとき、ふと彼女と目が合った。俺が視線を逸らす前に彼女は柔らかく微笑んで手を振る。

「バイバイ」

あ、睨まれた。彼女は気付いていないようだったが、彼はムッとした表情で俺を一瞥すると自転車のスピードをちょっと上げた。それに彼女がバランスを崩してよろける。怒る彼女を完全に無視して自転車を漕ぎ続ける彼。思わず笑いが零れる。その光景はどこか俺を温かい気持ちにさせた。

スピード狂で有名の彼がゆっくりと自転車を漕いでいる意味を彼女はわかっているのだろうか。「謙也自転車漕ぐの遅いね」…どうやらまったく気付いていないようだ。彼の方が少し不憫だが「うっさいわ!」と言っているところからすると別に気にしていないらしい。

少しふらつきながらもゆっくり走っていく自転車を微笑ましい気持ちで見送った。あ、てか俺の自転車の鍵はどこいった。


(110320)
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