うまく息ができない。苦しい苦しい苦しい。まるで誰かに喉を鷲掴みされているみたいだ。真夜中の縁側に、俺の浅い息が響く。無意識の内に視界がうっすらと滲む。止まれよ、頼むから、止まってくれ。こんなみっともない姿、あいつに見せられるわけがねえ。こんな、人間じゃない姿、見られたくない。必死に荒くなる息を殺していたら、徐々に激痛が治まってきた。呼吸が落ち着いていくごとに、人間に戻っていけているような気がした。ほっと安堵したのも束の間、背後からかたん、と音がして心臓が跳ねる。

「……平助、くん?」

そこにいたのは目を見開いて俺を見つめる千鶴だった。今一番会いたくなかった人のはずなのに、その姿に深い安心感を覚えた俺は、なかなか現金な奴だ。

「また発作が…!」

千鶴が困惑した表情で俺の方へ駆け寄ろうとした。しかし俺はそれを「だーいじょうぶだって!」と極めて明るい調子で遮る。

「今日のは軽かったし全然平気だよ」

そう俺が笑っていえば、彼女の顔が見る間に歪んでいくのがわかって、先程取り繕った笑顔が一瞬で崩れ去った。彼女は何も言わない。がしかし、悲しみに満ちた瞳で俺を睨むように見据えている。彼女がこんなに怒りを露わにするなんて珍しい。俺がどうしようかと考えあぐねていると「狡い」千鶴がそうぽつりと、零すように呟いた。

「平助くんは狡いよ」
「……ごめん」
「そうやっていつも大丈夫って、…狡いよ、」
「ごめん」
「…私は謝ってほしいんじゃない」
「……んだ、」
「え……?」
「怖いんだ」
「………」
「ほんとは大丈夫じゃ、…ない。俺はもう人間じゃないんだ。人間でいられないんだ。それが、堪らなく……怖いんだ」

情けないだろ?とおどけてみせるけど乾いた笑みしか零れない。千鶴は眉根をぐっと寄せ、怒っているような、でもどこか悲しそうな固い表情をしている。

「情けなくなんかない」

そして彼女はすっと俺の隣に腰を下ろした。俯いているために、彼女の艶やかな黒髪がその表情を隠す。

「笑わないで」

絞り出すように出された声は少し、震えていた。もしかしたら泣いているのかもしれない。俺は泣かしてばっかりだと思った。

千鶴はそれから何も言わず、ただ黙って俺の隣に座っているだけだった。なんでお前が泣いてるだよ。なんで自分のことみたいに苦しそうにしてるんだよ。

「なんで千鶴が泣くの」
「悲しいからだよ」
「そのまんまだな」
「平助くんが笑うから」
「……え、?」
「平助くんが笑うから、私は泣くの」

そう言って顔を上げた彼女は大きな瞳に溜まった涙を一筋流した。彼女の小さな嗚咽がまるで子守唄のように俺の心を落ち着かせてくれる。どうしようもなく、泣きたくなった。俺のために泣いてくれる人がいることが、こんなにも幸せなことだなんて思いもしなかった。

「千鶴」
「……っ、」
「ごめんな」
「………」
「ありがとう」

俺のために泣いてくれて、ありがとう。彼女は驚いたように一瞬目を見張ると、ゆっくりとその泣き顔に優しい笑みを浮かべた。それがまた俺を弱くさせるんだ。

いつだってお前は、泣きたくなるくらい優しかった。


(111209)
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