かけがえのないもの(新開隼人誕生記念)
隼人くんに告白されてから早半年。
出会いは隼人くんの一目惚れだったけど、あまりにも必死に告白する姿が可愛くてつい「友達からなら」なんて答えてしまった。
それから"友達"としてとても仲良くやってきた。
気がつけば毎日のようにメッセージのやり取りをしていたし、週に一度は会うほどだ。
他の友達からは「それで付き合ってないの?」なんて言われたけど、きちんと言葉にしたことはない。
自分でも隼人くんに惹かれてるのはちゃんとわかってる。
だけどこの関係が心地よくて、つい変化を避けてきてしまった。
そんなある日、いつものように隼人くんと私の部屋で寛いでいると寝転んだ隼人くんが頭を私の膝に乗せてきた。
どうしたのかと思いながら視線を落とすと、しっかりと目が合う。
その柔らかな髪に指を絡ませるとうっとりと目を細める姿が可愛い。
「どうかしたの?」
「んー、俺さ。来月誕生日なんだよね。」
「へぇ、いつ?」
「15日。」
「そっかぁ。」
来月かぁ。
特に予定はなかったはずだけど……彼女でもなんでもない私がその日に約束を取り付けるのは何だか申し訳なくて、私はその話を聞き流すことにした。
隼人くんは嬉しそうに私の膝で変わらず目を細めていて、口角の上がった唇はやけに妖艶に見えてドキリとさせられた。
その気持ちをごまかすように彼の脇腹に手を伸ばしてくすぐると、ビクリと動いた体は私を押し倒した。
「くすぐってぇよ。」
「くすぐったんだよ。」
そう言いつつも楽しそうに笑う姿は、先ほどの可愛らしさに反して男の子らしく見える。
そんなギャップも彼の魅力だなぁ、なんてぼんやり考えていると隼人くんは真剣な顔つきに変わった。
「雛美ちゃんさ、俺のこと……。」
そう言いかけて隼人くんは黙ってしまった。
言わんとしたことはわかる。
だけどそれを聞いてしまったら、きっとこの関係から変わってしまう。
私はそれが怖くて、そっと彼を押しのけると座り直した。
「いたずらしてごめんね!」
そう言って微笑みかければ、隼人くんは仕方なさそうに笑う。
ごめんね。
今はまだ、伝える勇気がないの。
深くは入り込んでこない彼に、私は甘えてしまっていた。
その翌週も、隼人くんは私の膝に頭を乗せるとにっこりと笑った。
「俺、あと3週間で誕生日なんだ。」
「そうだったねー。」
「あのさ、雛美ちゃんはその日……暇?」
思っても見なかった一言に、時が止まったかと思った。
眉を下げて私の顔色をうかがう姿に、嘘なんてつけない。
「予定はないよ。」
「そっか!良かった!」
パァっと表情が明るくなって、幸せそうに笑う。
まるで曇っていた空に太陽が顔を出したようで、私の心を暖めていく。
本当はちゃんと伝えたい。
隼人くんが私を思ってくれていることはわかってるのに。
そのたった一言、たった一歩を踏み出すことがこんなに怖いなんて。
気がつけば私の中で、隼人くんはなくてはならない存在になっていた。
その日からというもの、毎日カウントダウンのメッセージが飛んできた。
"あと◯日!"という文字と共に、隼人くんの写メが添付されている。
その中の彼は私に見せる優しい笑顔と違い、いたずらっぽく活発な感じの笑顔でなんだか微笑ましい。
そうしている間に一週間が過ぎ、また隼人くんは私の部屋でゴロゴロとしている。
先週までと違うのは、私の方をチラチラと見るわりに寄ってこないことだ。
どうしたのかと思っていると、私の横にちょこんと座った。
「雛美ちゃん。」
「なぁに?」
「あと二週間。」
「うん、わかってるよ。」
なんだか眉を下げて、難しそうな顔をしている。
一体どうしたんだろう。
「誕生日、行きたいところでもあるの?」
「ここでいいよ。」
「じゃぁ、どうしたの?ケーキは心配しなくても買ってくるよ?」
「それはすごく嬉しいけど、そういうことじゃないんだ。」
隼人くんは口ごもるとうなだれてしまった。
そっと髪に触れると、手に擦り付けるように頭を押し付けてくる。
そのまま頭を引き寄せて抱きかかえてあげると、力を抜いてもたれかかってきた。
だけど私では隼人くんの体重を支えてあげることなんて出来ない。
私たちは後ろに倒れこんでしまった。
「うわっ……クッションあってよかった。隼人くん大丈夫?」
「ん、俺は大丈夫。それより……。」
そう言って私の手を握ると、頭へと誘導する。
私はまた隼人くんの頭を抱きかかえて、そっと撫でてあげた。
暫くスンスンと鼻をすするような音がしていると思っていると、次第に頭は重くなりスースーという寝息に変わった。
こんなゆったりとした関係が、付き合っても続くだろうか。
その不安が拭えなくて、この関係が幸せ過ぎて。
私は隼人くんに自分の気持ちを伝えることができなかった。
翌週はレースがあるとかで、隼人くんはうちにこなかった。
毎週きていたのもあって、こないとなるととても寂しい。
レースは少し遠いところでするらしく、見に来なくていいと言われてしまったし。
誕生日のために少し部屋を片付けてから、私は買い物に出かけた。
誕生日といえば、プレゼントだよね。
ケーキはもう頼んであるけど、何をあげようか。
甘いものが好きだしお菓子?でもプレゼントでお菓子っていうのもなぁ……。
色々見て回ったけど、一体何にしたらいいのかわからない。
結局私は枕を買うことにした。
うちにはクッションがあまりないのもあって、隼人くんはいつも私の枕か私の膝を枕にしているから。
いつか隼人くんが私の部屋にこなくなったら。
そんなことを考えて少し落ち込んだけど、その時はその時だ。
私は長いリボンでラッピングされた枕を持って家に帰った。
そしてとうとう、誕生日当日。
朝からあれこれと料理したり、ケーキを引き取りに行ったりとバタバタしてしまった。
あっという間に約束の時間になり、隼人くんがやってきた。
「ただいま。」
「ん、おかえり。」
いつの間にか習慣になったこの挨拶は、私の不安をかき消して行く。
隼人くんが帰ってくる場所であれることが、私を支えていた。
「おっ、ご馳走だな。」
テーブルを見て、隼人くんは嬉しそうに笑う。
席に着いたのを見計らってケーキを出すと、より一層輝くような笑顔になった。
「こんなに大きいの買ってくれたのか?」
「ん、誕生日だからね。」
「ごめんな、なんか強請っちまったみたいで。」
「喜んでくれるならそれでいいよ。」
隼人くんは嬉しそうに笑って、私の手を握った。
「頼みがあるんだ。」
「ん?」
顔を真っ赤にした隼人くんは、恥ずかしそうに"ハッピーバースデーを歌って欲しい"と小さな声で呟いた。
大きな体に反したその小さな願いはとても可愛くて、私は"もちろん"と返事をして歌った。
歌っている間中、隼人くんは私を嬉しそうな顔でじっと見つめついて何だか恥ずかしい。
だけど幸せそうなその顔が見れるのなら、こんな恥ずかしさも悪くないと思う。
ケーキの火を吹き消した隼人くんにプレゼントを渡すと、さっそくリボンを解いて行った。
「これ、俺の?ここに置いといていいのか?」
「うん、いつも私の枕だからさ。隼人くんのがあってもいいかなって。」
そう言うと隼人くんはにっこりと笑い、人差し指を立てた。
「もう一つだけ欲しいものがあるんだ。」
「え?でももう他に何も準備してないんだけど……。」
「準備はこれで充分だから。」
そう言うと隼人くんは、枕のリボンを私の体にそっと巻きつけた。
「そろそろ、俺と付き合ってくれないか?」
「えっ……。」
考えていなかったわけじゃない。
だけど怖かった。
答えられずにいると隼人くんは私をそっと抱きしめてくれた。
「離したりしない。どこにも行かない。雛美ちゃんだけをずっと見てる。だから……。」
私の想いは、全て伝わっていた。
好意も、不安も何もかも全てを受け止めて隼人くんは私を求めてくれている。
それがとても嬉しくて、今まで応えられなかったことが申し訳なくて私は泣いてしまった。
そんな私をも隼人くんは優しく包み込んでくれる。
「好きだ。」
その一言に頷けば、隼人くんは太陽のように笑った。
今までごめんなさい。
これからは私が隼人くんを支えられますように。
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新開隼人くん
お誕生日おめでとうございます!
2015.07.15 灰色狛
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