狼さんへのプレゼント
(荒北靖友誕生記念)





俺は誰より早く誕生日を迎える。
それは春休み中なこともあって、家族以外に祝われることなんて滅多にない。
だから寮に入ってからは、自分すら忘れていた。
別に、めでたくもねぇしな。




朝目が覚めると、部屋に似つかわしくないものが鎮座していた。
色とりどりのリボンを体に巻きつけたそれは、俺と目が合うと頬を赤らめにっこりと笑った。

「おはようございます、先輩。」

そう言いながら何かを差し出した。
それは白い、事務用のなんてことない封筒だった。
開けると中にはルーズリーフが一枚折りたたまれて入っていて、開くと四人分の筆跡があり、それぞれ好き勝手書いたようだ。

"誕生日おめでとう、今日はゆっくり休め"
"誕生日を知らせんとは水臭いではないか!おめでとう、リボンは俺からのほんの気持ちだ。改めてまた祝おうてまはないか!"
"おめでとう靖友!靖友の部屋を少し片付けておいたぜ。いざとなったら枕の下に忍ばせたものを使うといい。楽しめよ。"
"おめでとうございます。小鳥遊は手配しておきました。"

上から福チャン、東堂、新開ってとこか。
最後は誰だ?
ふっと顔をあげると小鳥遊と目が合った。

「お誕生日、おめでとうございます。」
「お、おう……。アンガトネェ……ってそうじゃねぇだろ!」
「あ、やっぱり私お邪魔です、よね。帰ります。すみませんで」
「ちげぇよ!何で小鳥遊チャンがここにいんのォ?!」

俺の声に驚いたのか、小鳥遊の目にはうっすら涙の膜が出来た。
泣かせたいわけじゃ、ねぇのに。
小鳥遊と俺には接点なんてない。
黒田と委員が同じだとかで、小鳥遊が時々自転車部に顔を出す程度だ。
挨拶くらいで、話したことなんて殆どない。
俺が小鳥遊を好きなのは、うっかり口を滑らしちまった新開しか知らねぇはず。
……新開?
まさかあいつ!
スマホに手を伸ばすと、小鳥遊がおずおずと話し始めた。
そちらに顔を向けると、俯いて表情は見えないがポタポタとシミを作っていた。

「昨日、ユキくんに呼ばれて……。荒北先輩が、その。誕生日だから、って聞いて。朝早くに、ここにくるようにと……。」
「ユキ?」
「あ、黒田くん、です。」

ンなことは知ってんだよ。
ついこの前まで"黒田くん"だった呼び名が、いつの間にか変わっていることにやり場のない憤りを感じた。
仲良くなってんじゃねェよ。

「でぇ?黒田どこ行ったんだよ。」
「あ、ユキくんには今日は会ってないです。寮の前まできたら新開先輩がいらっしゃってここまで案内してくださって、荒北先輩が起きたらその封筒を渡すように言われました。そのあと入れ替わるように東堂先輩がいらっしゃって、私にこのリボンを巻きつけて……最後に来た福富先輩が、冷蔵庫にベプシを入れて出て行かれました。」

そこまで聞いてやっと気づいた。
最後の一文は黒田か。
恐らく新開が言い出して東堂と黒田が悪ノリしたんだろう。
人の女当てがわれて誰が喜ぶんだよ、ふざけんな。
小鳥遊と福チャンは利用されただけだ。
そういえば、と思って枕の下に手を入れると何やら箱が入っていた。
徐にそれを取り出すと、そのパッケージに空気が凍るのを感じた。
ご丁寧に"小鳥遊さん用"と書かれたそれは見たことはあれど使ったことはないシリコン製のそれだった。
幸い、文字がかかれた方は俺にしか見えないので小鳥遊はパッケージしか見ていない。
いや、それでもアウトだろ。
真っ赤になった小鳥遊と目が合うと、慌てて逸らされた。
そりゃそうだよな。
それでも部屋から逃げない小鳥遊を試してみたくて、俺は腕を引っ張って引き寄せた。

「なぁ、黒田とはどこまでヤッたんだよ。」
「え?あの……?」
「コレ使ったことあんのォ?」

バッと顔を上げた小鳥遊はブンブン首を横に振った。
その顔は真っ赤で、口は噛み締められているのかうっすら白くなっている。
その顔にやたら興奮して、気づけば自分のそれを押し付けていた。
小鳥遊の目が驚いたように見開かれた。
それでも逃げようとしないのは、黒田の命令だろうか。
黒田のモノを当てがわれたのは癪だが、目の前にいるのは紛れもない小鳥遊だ。
抵抗されないことに、俺は優越感を覚えた。

「いつから付き合ってんのォ?」

付き合いが短いなら奪えるなんて、我ながらバカみたいな考えだった。
でもそれは、小鳥遊の一言でガラガラと崩れ去って行った。

「ユキくんはっ、お友達、です!」
「ハァ?」

間抜けな声が出て、小鳥遊を掴んでいた手が緩んだ。
逃げられる、そう思った瞬間小鳥遊は正座に座り直すと俺を見据えた。

「ユ、ユキくんは私の相談相手というか……その、恋愛相談に乗ってもらってて。」
「恋愛相談だァ?」
「はい……。」
「 誰のだよ。」
「ですから私の……。」
「ちげぇよ!小鳥遊チャンの相手は誰だっつってんだよ!」

勢いで怒鳴ってしまったことに後悔した。
見据えていたはずの目は泳ぎ、やがて俯いてしまった。
ぽそり、と漏れた声はうまく聞こえない。

「……聞こえねェ。」
「あ、荒北先輩です!私、荒北先輩が好きで、そのっ……。」

小鳥遊は、そのまま黙ってしまった。
耳までタコのように真っ赤にして俯いている。
つまり、どういうことだ?
今までのことを思い返す。
黒田と付き合っているというのは、小鳥遊がユキくんなんて呼んだからだ。
他にそれらしいことはない。
俺の盛大な勘違いで小鳥遊にキスしたことに気づき、顔に熱が集まる。

「悪ィ……。」

そう呟くと、小鳥遊がゆっくり顔を上げた。
その目は戸惑いに満ちていてとても不安そうだった。
そして小鳥遊を不安にしているのは、俺自身だ。

「もっかい最初っからやり直させてくんねぇ?」
「えっ?」

ゴムをその場において、ベッドから降りて床に正座した。
それを見て、小鳥遊も俺の方に向けて座り直した。
一つ大きく深呼吸をして小鳥遊を見ると、少し首を傾げていてそれがたまらなく可愛かった。

「俺とォ……付き合って、クダサイ。」

口をぽかんと開けたまま、小鳥遊の顔がみるみる赤みを増して行く。
瞬きを忘れたかのようなその目は、じっと俺のことを見ている。
いつまで待っても答えが返ってきそうにないので、もう一度深呼吸した。

「小鳥遊が好きなンだけど。」
「……え?あの、その、えっ?」
「だからァ!俺と付き合ってくれっつってんのォ!」
「は、はい!よろこんで!」

もどかしくて声を荒げると、小鳥遊はどっかの居酒屋みてぇな返事をした。
それがなんだかおかしくて、力が抜けて行く。
小鳥遊と付き合えることに、口元が緩んだ。
それを見た小鳥遊は、座ったままこちらを伺うように少し頭を下げた。

「よ、よろしくお願いします。」

恥ずかしさと嬉しさの混ざったようなその顔は、心臓に悪い。
俺は少し下がって座り直した。
すると、ベッドから何かが落ちてカタリと音がした。
紛れもないさっきのゴムが、"小鳥遊さん用"と書かれた方を上にして落ちていた。
血の気が引くような感じがした。
そっと小鳥遊の方を伺うと、ゴムを凝視したまま固まっている。
新開後で絶対ぶっ飛ばす……。
俺はどう声をかけていいかわからなかった。
とりあえず拾い上げたゴムを裏面にしてベッドに置き直した。
…片付けるか捨てた方が良かったか、机に置くべきだったか。
固まってしまった小鳥遊は俯いて微動だにしない。
気まずい沈黙をどうもできずにいると、小鳥遊が小声で何か言っている。

「……週なら……。」
「ア?悪ィ、聞こえ」
「来週なら!だ、だいじょぶで、す……その、心の、準備とかがっ……。」

そう言って赤かった頬はこれ以上ないくらい真っ赤になっていった。
来週なら、大丈夫……?
言われた意味を理解する頃には、俺も顔が熱くて仕方なくなった。
俺はベッドに置いたゴムを、ゴミ箱へ投げ入れた。

「急がねぇからァ……その、なんつーか……。」

したくない訳じゃない。
でも今はまだ大事にとっておきたい気持ちが強くて、それを何て伝えていいかわからない。
さっき勢いでキスしてしまった手前、なんとかして伝えたいのに。
あーでもない、こーでもないとグルグル考えていると小鳥遊が顔を覗き込んできた。
心配そうなその顔にドキリとさせられる。
その顔に揺らぎつつも、自分に言い聞かせた。

「別に、ヤラなくてもいいんじゃナァイ?」
「え?」
「ヤリたいから小鳥遊と付き合いたい訳じゃねェし。」

本心だった。
ヤリたいなんてのは好きの後付でしかない。
小鳥遊はふわりと優しく微笑んだ。
だからァ、心臓に悪ィんだって。
でも今は、一緒にいられるだけで満たされる。
ころころと表情を変える小鳥遊は、遠くからみるよりずっと可愛くて表情豊かで。
自分の彼女だという実感が湧かない。
それでも自分に向かって笑いかけているんだと思うと心が弾んだ。
いつまで手を出さずにいられるだろうか。
そんな不安に駆られながらも、俺は今日をめいいっぱい楽しむことにした。

「なァ、小鳥遊チャン。」
「何ですか?」
「プレゼント、アンガトネェ。」






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荒北先輩、おめでとうございます!

      2015.4.2 灰色狛


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