逆らえない



朝、目覚ましが鳴る前にケホケホという空咳の音で目が覚めた。
ふと隣を見ると隼人くんが背中を丸めて咳をしていた。

「大丈夫?」

そう言いながら背中をさすると少し楽になったのか、咳はおさまった。
だけど隼人くんはまだ寝ぼけているのか、そっと瞳を閉じて行く。
額に手を当ててみるといつもより少し熱い気がする。
私は慌てて布団を飛び出すと隼人くんに丁寧に掛け直して、薬箱をひっくり返した。
咳止めと、冷えピタと、咳を和らげる塗り薬と……。
あれこれとガチャガチャしてしまったせいか、寝返りを打つような音が聞こえて振り返った。
ベッドに横になったまま薄っすらと目を開けている隼人くんと目が合う。

「起きた?大丈夫?」
「んー?」

嬉しそうにへにゃりと笑い、隼人くんの手が伸びてきた。
微妙に私に届かないのを不満そうにして、手でちょいちょいと呼ばれた。

「ん。」
「なに?どうしたの?」

手を取り、ベッドの横に座り直した。
隼人くんの顔を覗き込むと、また嬉しそうに笑う。
その顔がとても好きで、ドキドキよりも幸せを感じる。

「おはよ。」
「おはよう。」
「何してたんだ?」
「隼人くんが咳してたから、薬……。」

言いかけた唇を、隼人くんのそれが塞いだ。
肉厚で柔らかなそれはとても暖かくて、そこから溶けてしまいそうだと思う。
唇が離れると、隼人くんはまたケホッと小さく咳をした。

「ダメだね、薬のも?あ、その前にイソジンでうがいして軽くご飯食べなきゃ。食欲は?」
「飯より雛美がいい。」
「いやいや、風邪は引き初めが肝心なんだよ。早く治さないと自転車乗れなくなるよ?」

ご飯を欲しがらないなんて、本当にヤバいんじゃないだろうか。
そんな私の心配をよそに、隼人くんは私を引き寄せると服の中に手を入れた。
そしてにっこりと笑うのだ。

「今は雛美がいいんだって。」

その顔に反抗出来るわけがない。
私は隼人くんに促されるまま、ベッドに戻る。
それを見て嬉しそうな、満足そうな顔をして私の名前を呼ぶのはずるいと思う。
隼人くんに抗うことなんて出来なくなる。
いつもより体温の高い隼人くんは、優しく名前を呼んで笑う。
その熱に溶かされた私は、隼人くんの腕の中で縋ることしか出来ないんだ。
いつだって隼人くんの思うままに流されて。
それが心地いいなんて思う私もどうかしてる。
だけど今はこの幸せを失いたくない。

私が風邪を引くまで、あと2日。


story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -