帰り道




夏は嫌いだ。
嫌でも幽霊とか怪談とか怖い話が耳に入ってくる。
耳を塞げば塞ぐほど、頭の中で怖い話を想像していてもたってもいられなくなる。
だから絶対に夏は早く帰ると、決めていたはずなのに……。



ある日の放課後、先生に頼まれて資料整理をすることになった。
少しだけなら、そう断って始めたはずなのにいつの間にか先生はいなくなっていて、一人でもくもくと作業をしていた。
気付けば日は傾いていて嫌な予感がする。
それでも頼まれたことを放って帰ることはできなくて、私は急いで片付けた。
終わる頃には日はとっぷり暮れていて、運動部もほとんど帰ってしまったようだ。
こんな時、寮生活ならすぐ帰れるのに。
そう思いながら私は学校を後にした。



できるだけ早く帰ろう。
そう思えば思うほど、辺りに何かいるんじゃないかと不安になる。
何度も立ち止まり見渡しては歩き出す。
そうしていると、ふと後ろから足音が聞こえてきた。
ヒヤリと背中が冷たくなる。
大丈夫、お化けなんでいないんだから。
きっと誰かが後ろを歩いてるだけ。
そう何度言い聞かせても不安は消えず、ドキドキと鼓動が早くなった。
どんどん近くなる足音は私の不安を掻き立てる。
振り向いてしまえばきっと安心できる。
だけどもしそこに、人がいなかったらどうしよう。
私はそんなことで頭がいっぱいで、つい足を止めてしまった。
足音がゆっくりと近づいたかと思うと、私の隣で止まる。
うつむいたままチラリと横に視線をやれば、足が見えた。
私はホッと胸をなで下ろした。
幽霊に足なんてあるわけない。
あれ?
じゃぁどうしてこの人は、私の隣で止まったの……?
背中を冷や汗が伝う。
走ろうかーーーそう思った時、肩を叩かれた。

「ひゃぁぁっ。」
「え、おい。大丈夫か?」

びっくりして見上げると、そこにはよく見知った顔があった。
隣の席の新開くんだ。
優しいその顔つきは少し心配そうな眉を下げて、私を覗き込んでいた。

「び、びっくりしたぁ……。」
「それは俺の方だ。こんな時間にどうしたんだ?」

私はいきさつを話すと、新開くんは顔を歪めた。
少し怒ったようなその顔に、何か悪いことをしてしまったのかと不安になる。

「女の子をこんな時間に一人で歩かせるとか、何考えてんだ。」
「あ、でも私がいいって言ったことだし……。」
「それでも限度ってもんがあるだろ。全く、雛美ちゃんも困った時は言ってくれよ。俺じゃ頼りないかもしれないけど。」

そう言って新開くんは私の手を取って歩き出した。
心配してくれたことにも、私以上に怒ってくれていることにもなぜか嬉しくなってしまう。
さっきとは違うドキドキが、私の胸を高鳴らせた。

「頼りないなんてこと、全然ないよ。本当、ありがとう。今度からはお願いするかも。」
「かも、じゃなくてさ。頼ってくれよ。」
「うん、ありがと。」

繋がれた手が熱くて、ドキドキする。
手に汗をかいていそうで恥ずかしいのに、手放す気にはなれない。
新開くんは何度断っても送ってくれると言って聞かなかった。
嬉しい反面申し訳なさもあり私は謝った。

「本当ありがとう。ごめんね?」
「俺がしたくてしてるんだ。雛美ちゃんが気にするようなことじゃないさ。」

そう言って優しく微笑む顔は優しくて、私の鼓動をさらに早めた。
ねぇ新開くん。
私以外でも送ってくれた?
そんなことは聞けないけど、少しでも長くこの時間を噛み締めていたい。
かっこ良くて優しくて、紳士だなんてずるいよ。
好きにならない方が難しい。
今が夜で良かったと初めて思った。
私の赤い顔、ばれてないよね?


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