雨降れど晴れの日




梅雨と聞いて顔をしかめる者は少なくない。
運動部はもちろん、通勤通学などでも雨はうっとおしい物だ。
そんな中、毎日のようににこにこと笑いながら傘をさす女生徒がいた。
俺はその子をよく知っている。
昨年委員会が同じだった上、縦割りでパートナーとなった一人だからだ。
小鳥遊はいつもにこにこと笑っていて、人の悪意にも気づかないようなおっとりした子だった。
ここ最近小鳥遊がいつになく楽しそうに、鼻歌交じりに傘をさして登校しているのはつい目についてしまった。
そして今日もその楽しそうな鼻歌が聞こえてきている。
何がそんなに楽しいのか一度聞いて見たいと思いつつ、俺はいつも通り教室へ入った。



その日の放課後、俺は玄関で小鳥遊を見かけた。
帰りに見かけることは珍しく、気になって見ていると傘立ての周りをうろうろしている。
いつもにこにこしている顔は少し困ったように眉が下がっていて、つい声をかけてしまった。

「どうかしたのか?」
「あ、先輩。こんにちわ。」
「あぁ、こんにちわ。」

小鳥遊は俺に気づくとにこりと笑いお辞儀をした。
こういう礼儀正しいところは相変わらずで、なんだかホッとした。

「こんなところで何をしていたんだ?」
「あ、傘を……探してたんですけど。」

しりすぼみになる声と共に、顔が俯いて行く。

「傘がないのか?」
「あ、もしかしたら私が朝忘れてきたのかも知れないんですけど。」
「そんなはずはないだろう。」
「えっ?」

聞き返した小鳥遊は不思議そうに俺を見上げた。
しまった。
まさか毎日のように見ていただなんて言えるわけがない俺は傘立てに目をやる。

「今日は……今日は朝から雨だっただろう?それで、どんな傘なんだ?」
「あ、そうですよねぇ。そっかぁ。傘はピンクにしずく模様の入ったので、持ち手もピンクです。」

一緒にそれらしき傘を探してみたが、どこにも見当たらない。
どう考えても誰かが持って行ってしまったのだろう。
それなのに小鳥遊は俺に頭を下げた。

「一緒に探して頂いたのにすみません。もしかしたら私がお父さんの傘で来ちゃって勘違いしてるのかも……。」

そんなわけはない。
今朝俺は確かに見たのだ。
ピンクの傘をさす小鳥遊の姿を。
しかし探してもないものを今更どう言ったって仕方が無い。
俺は自分の傘を掴むと小鳥遊に差し出した。

「良かったら一緒に帰るか?」
「え、いいんですか?でも家の方向とか違うんじゃ……?」
「小鳥遊はどの辺りだ?」

話を聞けば巻島の家の近くらしい。
それなら何も問題はない。

「俺もその辺りだ。家まで送ろう。」
「え、でもそんなっ。」
「遠慮はいらない。ほら。」

玄関を先に出て傘を開くと、小鳥遊は慌てて駆けてきた。
小さく頭を下げて"お邪魔します"と言って入ってきたはいいが距離が遠く、お互いが濡れてしまいそうだ。

「もう少しこっちへこい。」
「あ、はいっ。」

肩と肩が触れ合うほど近くに寄ると、ふわりと甘い香りがした。
それは小鳥遊が歩くたびにふわふわと立ち上るように香り、小鳥遊自身の匂いだとわかる。
気を抜くと傘から小鳥遊が出てしまいそうで、俺は出来るだけ小鳥遊が濡れないよう傘をさした。
何気ない話をしていると、あっという間に家に着いてしまった。
小鳥遊は俺に玄関で待つように言うと、家に入りすぐに戻ってきた。
その手にはタオルが握られている。

「すみません、私全然気づかなくて……。先輩濡れちゃってたんですね、本当にごめんなさい。」
「いいんだ、気にするな。それより、小鳥遊は大丈夫か?」
「私は先輩が守ってくれたので大丈夫です。送って下さって本当にありがとうございます。気をつけて帰ってくださいね。」
「あぁ、ありがとう。タオルは借りて帰っても構わないか?」
「あ、はい!面倒でしたら返して頂かなくても大丈夫なのでどうぞ使ってください。」

そう言ってまたにこにこと笑う小鳥遊は、もう一度礼儀正しく頭を下げて礼を言った。
そんな小鳥遊に見送られて、俺はその場を離れた。
少し歩いて巻島の家まで行くと、インターホンを鳴らした。
めんどくさそうな巻島の声が聞こえて、クスリと笑ってしまう。
バタバタと慌てて出てきた巻島は俺を見て笑った。

「クハッ、金城。傘さしてんのに何でそんなに濡れてるんショ!」
「心は晴れやかなんだがな。」
「なーに言ってるんショ。とりあえず上がれよ、風邪引くぜ。」

巻島に促されるまま上がらせてもらう。
外は雨だが、俺の心は妙に晴れ渡っていた。
ここ最近ずっと小鳥遊が気になっていた理由がなんとなくわかったからだ。
今はまだ、俺の心にしまっておこう。
いつか空も晴れ渡るその日まで。


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