開花



雨は嫌いだ。
足元が濡れるのも、髪がうねるのもうっとおしい。
染めた髪は湿気を帯びると広がって、まとめてもうざったい。
降りまくってたらロードには乗れないし、小雨でもその後のメンテに手間がかかる。
俺は雨が嫌いだ。



6月に入り梅雨入りしたというニュースで朝から気分が悪い。
これから練習出来ねぇ日も出てきそうだな。
そのことに軽く苛立った。
朝練が出来るような天気ではない。
俺は仕方なく何時もより遅めに家を出た。
学校に着くと、女子たちが梅雨の話題で盛り上がっていた。
髪が広がるだのうねるだの、その多くに同意する。
だけど一人だけ……小鳥遊だけはきょとんとした顔で首を傾げた。

「私は雨好きだけどなぁ。」

その言葉に驚いたのは俺だけではないらしい。
周りの女子が盛り上がった声でそのあとの小鳥遊の声は聞こえなかった。
一体、雨のどこがいいんだよ。




放課後、今日の部活はミーティングと自主練だと金城が知らせに来た。
ミーティングと言っても短いもので、それはすぐに終わってしまう。
自主練と言っても室内じゃ家とほとんど変わらない。
俺は先に帰ることを伝えて教室を出た。
下駄箱に向かう途中、廊下にはやけに雨音が響いた。
外を見れば土砂降りに変わっていて、この中を帰ると思うと憂鬱になった。
ひと気のない静かな廊下に雨音と自分の足音が響いて、それが心細くさせた。
金城たちを待てばよかったか。
そう思い足を止めると、ポタポタと雫の垂れる音がした。
外かと思い窓の方を見たが、窓はしまっていてそんな音が響くわけがない。
その間もポタポタという水の音は少しずつ自分に近づいているような気がした。
まさかな……。
そう思いながらも嫌な汗が背中を伝う。
水音は前方からだろうか。
ちょうど角になっていてよく見えない。
立ち尽くしたままただ時が過ぎるのを待った。
短いはずのそれはやたらと長く感じられる。
ポタリ、ポタリと近づいてきた音がちょうど角にさしかかろうという時、人影見えた。

「うわっ。」
「えっ、あっ、えっ?」

柄にもなくそれが霊的な何かだと思って変な声を出してしまった俺に、相手は焦っているようだった。
よく見ればそれは小鳥遊で、全身びしょ濡れになっている。
足音がしなかったのはなぜだろうと足元を見ると裸足だった。
一体何をしてこんなことになったのか不思議でたまらない。

「な、何してるんショ…?」
「え、あー……うん。雨がね、降ってたからさ。」
「今も降ってるショ……?」

会話が噛み合わない。
傘を持ってないのかと聞けばそういうわけではないらしい。
何かトラブルでもあったのかと聞けば、小鳥遊は恥ずかしそうに髪を少しかきあげた。

「私ね、雨が好きなんだけどさ。小雨だったしちょうどいいから濡れながら帰ろうと思ってたんだ。そしたらいきなり土砂降りになっちゃってさ。これはさすがにまずいと思って着替えを取りに行こうかと……。」
「ジャージがあるのか?」
「半袖、ならあるはず。」

そういった小鳥遊を良く見ると、うっすら下着が透けて見えていた。
これは半袖に着替えたくらいじゃ隠せそうにない。
当の本人は気づいてないのか、教室に行ってしまいそうになる。
俺は慌ててその手を掴んだ。

「待つショ!」
「へ?どうかした?」

濡れたシャツがぴったりと張り付いたその姿はボディラインを隠すことなんて出来ない。
いつもは目にすることのないその姿にドキドキしてしまう。
俺は反対の手で顔を覆った。

「ジャージ、貸してやるショ。あとタオルも……。」

部活がなくなって使うことのなかったそれを手渡すと、小鳥遊は不思議そうに首を傾げた。

「タオルはすごく有難いしありがとうなんだけど、ジャージはあるからいいよ?」
「服。」
「え?」
「それ、透けてるショ。」

出来れば言いたくはなかった。
指摘する方も恥ずかしくなるそれは、言われた方はもっと恥ずかしいだろう。
小鳥遊は慌てて手で覆った。

「ご、ごめん!お見苦しいものを……それとジャージありがとう。有難く使わせてもらうね。」
「気にするなショ。」

見苦しかったわけではない。
だけどそれを口にするのは恥ずかしくてつい誤魔化してしまった。
俺のジャージを来た小鳥遊は袖も丈も全然合っていなくて、スカートすら隠れてしまいそうなその姿につい笑ってしまった。
そでを折り曲げて何とか着れた姿は、何時もより可愛く見える。
そのまま帰るという小鳥遊と、途中まで一緒に帰ることにした。




「なんで雨が好きなんショ?」

2人きり、どうせうまく会話できる気もしない。
俺は教室での疑問をぶつけた。
わざわざ雨に濡れたいなんて考えは信じられなかったからだ。

「うーん、昔は嫌いだったんだけどね。雨降ってる時って泣いててもわからないでしょ?」

にこりと笑った顔はどこか寂しげで、胸が締め付けられた。

「何で泣くんショ。」
「好きな人に振られたとか色々あるけど、私ってすごく涙もろいみたいで。小さなことでも少ないちゃうの。それで雨の日ならバレないから、雨の日は泣いてもいい日って決めてるの。」
「今日も、か?」

俺の言葉に小鳥遊の歩みが止まる。
失敗したと思ってももう遅い。
小鳥遊の目にはうっすら涙が浮かんでいた。

「友達がね、彼氏に振られたんだって。その友達の話聞いてたら、なんかもうダメで。」

意外な答えに驚いた。
こんなに親身になってくれる、そいつが羨ましいと思う。
普段あまり泣いたり出来ない分、小鳥遊みたいなやつがそばに居てくれたら一緒に泣けるんじゃないか。
そんな気がしてハッとした。
俺はもう、小鳥遊に惹かれ始めていた。

「ごめんね、変だよね。」
「そんなことないショ。友達思いなんだな。」
「へへ、ありがと。」

笑った顔がいつもより可愛く見えて鼓動が早まった。
他にも雨が好きな理由を色々話してくれたが、半分くらいしか頭に入らない。
動き出した想いはもう止まらない。
雨が好きだという理由から、いつか涙が消えるまで。
それを消せるのが俺であればいいのに。
秘めた想いはまだ蕾。
ただその花の開花は免れない。
そんなに嬉しそうに笑うなよ。
開花の瞬間は、すぐそこに。



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