かくしごと




ヤストモくんと私は、とある動画サイトで知り合った。
たまたま同じ学校出身だということを知り急激に仲良くなった私たちはスマホのアプリでよくメッセの交換をしていた。
住んでいる場所は遠かったから会ったことはなかったけど、顔が見えない分色んな話が出来た。
私の趣味や癖、人の匂いを嗅ぐのが好きだという変な性癖までさらけ出していた。
ヤストモくんもそれに同意してくれたり、噛みつくのが好きだという変わった趣向も教えてくれた。
”会うことがないだろうから””顔が見えないから”その関係は私を大胆にさせていく。
知り合って半年も経つ頃には、私たちは旧友のような関係になっていた。




ある日仕事を終えて買い物をしているとヤストモくんからメッセがきた。
”今日何食べんの”という問いに、私は今日のメニューを送る。
肉じゃが、豆腐とわかめの味噌汁、キュウリの浅漬け、小松菜の煮浸し、麦ごはん。
半分は昨日の残り物だけど、一人暮らしなんてそんなものだ。
私の返事にヤストモくんはすぐに新しいメッセを送ってくれた。
”俺の分も作ってェ”という甘えた言葉にクスリと笑ってしまう。
以前にも外食に飽きたというヤストモくんに、色々レシピを教えてあげたことがある。
でも火力の調整を失敗したのか焦がしてしまったらしく、作りに来てと冗談で言われたことがあった。
”近くだったら手取り足取り教えてあげるのにね”そう返した私に”作ってくれる方が嬉しいンだけど”と返事がきた。
作る気ないのかよ、と思いつつもそんな風に甘えてくれる相手のいない私はそう言ってくれるだけで嬉しかった。
ヤストモくんと知り合うまではただ事務的に日々をこなすだけだった。
起きて会社に行って帰ってくる。ただそれだけ。
休みの日も掃除と買い物に行く位で楽しいことなんて殆どない。
そんな生活に彩りを与えてくれたのはヤストモくんで、私にいろんな感情があることを思い出させてくれた。
彼氏も随分長い間いないし、実家からも離れている。
就職のために訪れたこの土地に友達なんていなかった。
孤立していた私を救ってくれたのはヤストモくんだ。
だから私は彼に依存していたんだと思う。
ただそれを自覚したくなくて、私は自分自身を騙していた。
そんなヤストモくんとある時、学校の先生の話になった。
担任が誰だったとか、体育の先生は実は走るのが苦手だったとか。
そう言った話をしているうちに疑問点がいくつか浮かぶ。
ヤストモくんと話が一致しない部分が出てきたのだ。
そして改めてヤストモくんの年を聞いて驚いた。
話が合うからすっかり同い年くらいだと思っていたのに、彼は4つも年下だったのだ。
年下の子にこんなに甘えていたことに恥ずかしくなり、私は自分の年を言うことが出来なかった。
21歳と25歳なんて天と地の差だろう。
”雛美チャンはいくつなのォ?”と聞いてきた彼に、私は”ヤストモくんより少しだけ年上かな”と誤魔化してしまった。
何だかとても悪いことをしている気はしていた。
だけど今更、あんなことを言っていた自分が4つも上だなんて言えなかった。
それから私は出来るだけ学校の話を避けた。
スマホでし関わりのない私たちが、繋がりを切るなんて簡単なことだった。
お互い顔も声も、本名すら知らない。
知っているのはお互いアプリのIDと住んでいる県だけなのだから。
それでもヤストモくんとの連絡を絶つなんて私には出来なかった。
その時すでに、私には掛け替えのない存在になってしまっていたから。



そんなヤストモくんも無事に就職したある日、突然アプリで電話がかかってきた。
今までなかったことに驚きつつもそれに出ると、向こうからくすぐったいような優しい声が聞こえる。

「ヤストモだけどォ、雛美チャン?」
「う、うん。初めまして……?」
「ハッ、散々話といてそりゃねェだろ。」

ケラケラと笑う声は軽快で、メッセと同じ雰囲気のヤストモくんにホッとする。
おかげで私の緊張も少し和らいだ。

「いきなりどうしたの?」
「ん、就職もしたからァ。ごほーび?」
「ご褒美?」
「ウン。ずっと声聞いてみたかったんだよネ。」

その言葉にドキリと胸が高鳴った。
私もずっと同じことを思っていた。
声が聞きたい、ちゃんと話してみたい。
そして、会いたい。
だけどそんなこと言えるわけもなくて、私はただヤストモくんの話を聴き続けた。

「そういえば就職で引っ越したんだよね?新しい土地はどう?」
「まだどこも行ってねェんだよ。」
「そっか。じゃぁお休みになったらあちこち探索しないとだねー。」
「そう、だからさァ。今度の休みに案内してくんナァイ?」
「……うん?」

突然の誘いに頭がついていかない。
案内?私が?
そもそも、ヤストモくんのしゅうしょくさきってどこだっけ?
軽くパニックを起こしている私とは対照的に、ヤストモくんはとても楽しそうだ。

「だからァ、今度の休みに遊びに行こっつってんだよ。」
「えぇ!?」
「予定あんのォ?」
「いや、ない。けど……。ヤストモくんってどこに住んでるの?」

私の問いに、ヤストモくんはクスリと笑った。
そしてその口から聞かされた土地は、私のアパートとそう離れていない場所だった。
偶然とは思い難い距離に事情を問い正せば、悪びれもなくあっさりと白状した。

「雛美チャンの住んでる県で就職探してたからな。」
「聞いてない!」
「言ってねェもん。」
「なん、でっ?」
「それ聞くゥ?」

"わかれよ"というヤストモくんは少し口ごもった。
期待していいんだろうか。
同じ気持ちだと思っていいんだろうか。
だけど私たちは、まだお互いの顔も知らない。
ヤストモくんに至っては、私の年すら知らないはずだった。
それを問えば、あっけらかんとした答えが返ってくる。

「知らねェの顔と年だけだろ。年もそんなに変わらねェし。」
「いや、年はっ……私の方が、上だよ。」
「知ってる。」
「変わらないわけないよ!だって4つだよ、ヤストモくんが26で私30になるんだよ!」
「変わらねェって。」
「変わる!全然、違うんだよ……。」

ついムキになってしまった私にヤストモくんは小さくため息をついた。
嫌われてしまったかもしれない。
それでも会ってから拒絶されるよりマシだと思った。
そんな私をなだめるように、ヤストモくんはゆっくりと話し始めた。

「確かに正確にいくつ違うのかなんて知らなかった。けど、だから何だよ。好きだって気持ちにそんなもん関係ねェだろ。すぐそーやって卑屈になンの、雛美チャンの悪い癖だって前から言ってんだろ?」
「けどっ……。」
「けどもクソもねェよ。1年付き合って結婚して、そっから1年は2人で過ごして。そっから出来れば3人くらい子ども育ててたらもう年なんて気にならなくなってんだろ。」
「……ほんとに?」
「つーか年とか気にしてんの雛美チャンだけだからァ。」

何を言われても不安が残る私に、ヤストモくんはそう言って笑い飛ばした。
顔も知らないのに、どうしてこの人はこんなにも私を受け止めてくれるんだろう。
どうして優しくしてくれるんだろう。
それがまた私の中で不安に変わる。

「なんで、私なの?」
「好きだから。」
「だから、なんで私?」
「じゃぁ聞くけど。雛美チャンは何で俺なわけ?」
「好き、だから。」
「ハッ、同じじゃねェか。」

そう言われて初めて気がついた。
私たちは同じなんだと。
互いに何も知らないところから始まってここまできた。
その中でお互いを知るうちに、惹かれあっていたんだと。
それがわかって、私はやっとヤストモくんの言葉を素直に受け入れることができた。
不安が消えて嬉しさがこみ上げてくる。

「それじゃ、次の休み開けとけよ。」
「うん、わかった。」

そう言って通話が切れた後、ヤストモくんからメッセがきた。
そこで初めて彼の名前が本名だったと知った。
そんなところまで私と一緒だったことに笑いつつも、私も自分の名前を教えた。
会った時すぐに靖友くんだとわかるだろうか。
靖友くんはすぐに私だと気づくだろうか。
その思いが杞憂に終わるのはもう少し先のこと。



story.top
Top




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -