ガマズミ




高校に入ってすぐ、その目立つ容姿に心を奪われた。
赤茶色の髪にたれ目がちな大きな瞳、ふっくらとした唇。
幼さを残しながらも艶っぽいその表情に私の胸は高鳴った。
そんな彼は私には近寄りがたくて、いつも少し遠くから眺めていた。
暫くして、彼と付き合ったことのあるという女の子がちらほら出始めた。
みんな口を揃えて”手が早い”言い、付き合い自体は短いものばかりだった。
友達にはやめておけと散々言われたけど、私はどうしても彼から目を逸らすことなんて出来なかった。
そしていつしか私は見ているだけでは満足できなくなってしまった。
どうしてもこの想いを伝えたくて、私は新開くんを呼び出した。




入学式の時より少し伸びた髪はくせ毛なのか少しうねっていて、それが新開くんにはよく似合う。
にこやかにやってきた彼は私の前に立つと、首をかしげた。

「隣のクラスの小鳥遊さんだよね?」
「うん、あんまり話したことないのによく覚えてるね。」
「可愛い子のことは忘れないから。」

そう言って笑う新開くんの言葉はとても軽い。
だけど今の私には”可愛い”と言われたことしか残らない。
嬉しくて恥ずかしくて飛び跳ねてしまいそうなのを必死にこらえて、新開くんを真っ直ぐ見た。

「あのね。私ずっと新開くんのことが好きだったの。付き合ってもらえないかな。」

新開くんは目を丸くすると、”俺?”と確かめるように聞いてきた。
私は一度だけ頷いて返事をする。

「悪い……その返事、放課後まで待って貰えねぇかな。」
「え?」
「放課後、この場所で待ってるから。」

断られるだろうと思ってしたはずの告白の返事がもらえずに、私は肩透かしを食らったような気分になる。
断るのなら早く言ってほしい。
それでも困った顔で私を見る新開くんにそんなことは言えなくて、私は放課後この場所でもう一度会う約束をした。




放課後あの場所へ行くと、新開くんは既に待っていてくれた。
その頬は少し赤く腫れていて、どうしたのかと聞けば打たれたのだという。

「え、何があったの?」
「いやぁ、実は俺さっきまで彼女がいたんだ。だけど別れ話したら、な。」

そう言って頬をさすりながら新開くんは困った顔で笑う。
彼女がいたなんて知らなくて、とても悪いことをしてしまった。
でもどうしてそんなことになったんだろう。
真意がわからずに首をかしげる私に、新開くんはにこりと笑った。

「これで返事が出来るだろ?」
「え、あの……?」
「俺と付き合ってくれよ。」

思いがけない言葉に何か言おうにも声がでず、私は魚のように口をパクパクしてしまう。
そんな私を見て新開くんはクスクス笑った。

「よろしくな、雛美ちゃん。」

夢だろうか。
夢ならもう覚めないで。
そう願わずにはいられなかった。
そしてその日から、私は新開くんの彼女になった。




2週間ほど経つ頃には、いろんな子に新開くんとのことを聞かれた。
キスはしたのかとか、どこまで行っただとか。
私はいつも"何もないよ"と答えるけど、みんな不思議そうに首を傾げた。

「あの新開くんだよ?まだなにも?」
「うん、手も繋いでない。」
「え、本当に?」

そんなやり取りを繰り返すうちにわかったことがある。
2週間も経ってキスすらしてないのは私だけだということ。
早い子はもう最後までしてた時期だったこと。
それに私は焦りを感じていた。
もしかしたら、私は新開くんにとって魅力がないんだろうか。
だったらなぜ付き合ってくれたんだろう。
焦りと不安は私を歪めて行く。
新開くんのことがわからなくなって、ついきついことを言ってしまった。

「新開くん、本当に付き合ってるの私だけ?」
「どうした、急に。」
「私以外にも女の子いたりしない?」
「いないよ。雛美ちゃんと付き合う前に別れたって言ったろ?」

私の刺々しい言葉にも新開くんは笑って答えてくれる。
優しいのは知っている、だけど。
その余裕が私をさらに不安にさせて行った。




1ヶ月も経つと、周りも私が変わり者なんじゃないかという目で見るようになった。
未だ手すら繋いだことのない私たちに、本当は付き合ってないんじゃないかと言われたこともある。
手を繋ごうと伸ばせばするりと抜けられ、いい雰囲気になって距離をつめても逃げられる。
私は不安に押しつぶされそうになり、とうとう新開くんを問いただした。

「ねぇ、私のこと好き?」
「あぁ、好きだよ。」
「本当に?」
「どうした?最近なんかおかしいぞ。」
「……おかしいのは新開くんの方だよ!」

つい声を荒げてしまい、慌てて口を抑えた。
だけど私の言葉はしっかり新開くんに届いてしまったらしい。
訝しげな顔をして新開くんは私を覗き込んだ。

「一体どうしちまったんだ?」
「新開、くんがっ……何にも、してくれないからっ……。」

思わず溢れた涙に唇を噛み締めた。
そんな私の背中を新開くんは優しく撫でてくれる。
その手の優しさに、胸が締め付けられた。

「他の子とはキス出来て……私とは出来ないって。私はそんなにダメなの……?」
「……ダメじゃないさ。」
「じゃぁどうして!どうして、私には何もしてくれないの?」
「不安にさせちまったなら謝るよ。ごめんな。」
「謝って欲しいわけじゃっ……。」

新開くんは眉を下げて困った顔になる。
あぁ、私たちはこれでダメになるんだ。
きっと理由もわからないまま、関係が消滅する。
そんな気がして、私は俯いた。
何度か頭を優しく撫でた後、新開くんは私の頬に触れた。
驚いて顔を上げると目があってしまい気まずくなる。
だけどその優しい目から視線をそらすことなんて出来なかった。
私は最後ならと思い、気持ちをぶつけた。

「好きなの。新開くんが好き。触れたいし触れて欲しい。それはダメなの……?」
「参ったな。」

新開くんは困った顔で笑う。
その意味がわからずに首を傾げた私のおでこに、優しく口付けた。
突然のことに目を丸くした私にクスリと笑って見せる。

「俺だって好きだ。今までの誰より、雛美ちゃんが好きだ。だけどさ、知ってるだろ?俺は今までいろんな子と……。そんな俺が触れたら穢しちまう気がして怖かったんだ。一度触れちまったら、止まらない気がしてな。」
「そんなの!そんなの、新開くんなら私はっ……。」

私の目から溢れる涙を新開くんの指が優しく拭う。

「雛美ちゃんのことは、大事にしたいんだ。」

新開くんの目は真剣で、嘘を言っているようには見えない。
全てが私の思い過ごしで空回りだと気付いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「ご、ごめっ。わ、私っ」
「いいんだ。不安にさせてごめんな。」

優しく微笑んだ新開くんは、その優しい手で私の頭を撫でてくれる。
"大事にしたい"と新開くんが言ってくれたように、私も今この時間を大事にしよう。
焦ることはないとわかって、体から力が抜けて行く。
一緒にいられるだけで幸せだったのに、私は周りの言葉に惑わされ過ぎてしまった。
もう、私は迷わない。
新開くんが笑ってくれるから。


**********
ガマズミの花言葉は色々とありますが、今回はその中の「恋の焦り」をテーマに書かせて頂きました。
新開さんが夢主ちゃんに出会って変わった様子



story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -