幸せの在り方




高校に入ってすぐ、私には初めての彼氏ができた。
仲のいい友達にはみんな彼氏がいたし、私にもやっとできたと喜んだ。
だけどそれは思っていた関係とあまりにかけ離れていて、私は疲れてしまった。
付き合って一週間でキスされた。
それは雰囲気も何もなく、私の同意すらない行為で嫌悪感しかなかった。
一ヶ月も経つ頃にはそれ以上を求められ、私は受け入れることができなかった。
その時にはもう、好きかどうかもわからなくなっていた。



そんな頃、同じクラスの泉田くんと仲良くなった。
委員会も一緒だし席も近い私たちは、私が彼氏のところに行きさえしなければ一緒に過ごす時間は長い。
いろんな話をするうちに少しずつ彼氏の愚痴をこぼしてしまった。
そんな私に泉田くんはいつも親身になってアドバイスをくれた。

「小鳥遊さんが納得できないなら、するべきじゃないと思うよ。」
「そうかなぁ……でもあっちからしたら不満だよね、付き合ってるのに。」
「僕なら相手の意思を尊重するかな。2人のことだから。」

泉田くんの言葉は、私をいつも安心させてくれる。
優しい泉田くんの言葉遣いも、私をホッとさせてくれる理由のひとつかもしれない。
そうしてたくさんの時間を泉田くんと過ごしたせいで、彼氏との関係はさらに悪化した。
私は体の関係を拒み続けたし、キスもあまりしたいと思えなかった。
彼氏はそれに苛立ったのかよく怒るようになり、時には手をあげられた。
最初は軽くだったはずのそれはだんだん酷くなって、ある時叩かれた勢いでバランスを崩し倒れてしまった。
その時は運が悪かった。
倒れる時に机の角で眉尻を切ってしまったのだ。
隠すこともできないその場所は、もちろんすぐに泉田くんに気づかれてしまった。

「それどうしたの?」
「んー、ちょっとね。」
「言いたくないなら聞かないけど……。」

そう言って私の顔を覗き込んできた泉田くんは、目を丸くした。
どうしたのかと思っていたら、私の目からはポタポタと涙が垂れている。
慌てて拭ったその腕を泉田くんが掴んだ。
彼氏とは違う力任せではないその手がとても優しくて辛い。

「聞いて欲しいことがあるならなんでも聞くから。心配くらいさせてよ。」

その少し困ったような顔に、私の涙腺は崩壊した。
とめどなく流れる涙は手なんかじゃ足りない。
泉田くんが貸してくれたタオルを顔に当てると、優しく手を引かれた。

「保健室行こう。」

その言葉に頷いて、ザワザワとした教室から逃げるように歩き出した。




保健室に向かったはずが、方向が違うことに気づいたのはだいぶ歩いてからだった。
顔をタオルで覆っていた私は足元しか見てなかった。
顔を上げた私に気づいたのは泉田くんは優しく微笑んだ。

「保健室行っても解決しないかと思って。勝手にごめんね。」
「う、ううん。私こそ、泣いたりしてごめん。」

頭を下げると、泉田くんは近くの階段に座るよう促した。
あまり使われないそこはひとけがなくてとても静かだ。
私は呼吸を整えて、怪我の理由を話した。

「今回のは、本当偶然で。私がこけたのがいけなかったわんだけどね。なんかもう疲れたなって思っちゃって……。」

"泉田くんといる方がよっぽど楽しい"という思いが私の心を支配する。
きっともう私は彼氏が好きじゃないんだ。
もっと好きな人が出来てしまったんだと話していて気づいた。
もっと早くに気づいていれば、そんな思いは今更どうしようもない。
私の話を聞いた泉田くんは少し怖い顔になって私を見据えた。

「暴力をふるわれたのは、いつから?」
「暴力ってほどじゃないよ!ほんと、軽くだし……。」
「軽くでもそれは暴力だと思う。今回はバランスを崩しただけかもしれない。でもエスカレートしたら?それに、偶然とは言え綺麗な顔に傷が残ったらどうするの?」

泉田くんの言葉が私に突き刺さった。
もしエスカレートしたら、私はどうなってしまうんだろう。
そう思うと怖くて、私はまた泣いてしまった。

「ごめんね、おどかすつもりじゃないんだ。ただ、心配で……。」
「ううん、泉田くんが私のことを考えてくれてるのはわかってるから大丈夫。私こそ楽観視しててごめん。あんまり、そういうのは……考えたくなくて。」

そんな私の背中を軽くさすってくれる泉田くんの手は暖かくて気持ちいい。
話を聞いてもらったことで、私の気持ちは固まった。
心配そうに私を見つめる泉田くんに、私は精一杯の笑顔を返した。

「聞いてくれてありがとう。彼氏とちゃんと話してくる。」
「1人で大丈夫?僕も行こうか?」
「ううん、余計ややこしくなるかも知れないから……その代わり、後でまた話聞いてくれる?」

そう言うと、泉田くんはにっこりと笑って"わかった"と言ってくれた。
その笑顔に勇気をもらった。
私はもう一度泉田くんにお礼を言ってから、腫れた目を冷やすために保健室に向かった。




保健室で休ませてもらいながら、彼氏にメールをした。
放課後に会う約束を取り付けて私はベッドに潜り込んだ。
泣きすぎて痛い頭で、どう話そうか考えた。
回りくどい話をすればするほど、たぶんややこしくなる。
ストレートに伝えれば逆上されるかもしれない。
どっちが最善かなんてわからない。
それでも今日話さなければまたズルズルと終われない気がした。
ぐるぐると考えるうちに午後の授業は終わり、保健室から出なければいけなくなる。
纏まらない頭で私は教室へ戻った。




クラスにはちらほらとまだ生徒が残っていて、そこに泉田くんの姿もあった。
私を見つけると泉田くんはかばんを持ってきてくれた。

「大丈夫?」
「うん、ありがとう。今から話してくるね。あとで……会って話したいんだけど。」
「じゃぁ部活が終わったら連絡するよ。」
「ありがとう。」

泉田くんに見送られて、私は玄関へ向かった。



玄関には既に彼氏が待っていてくれて、遅くなったことを謝った。
私が保健室に行ったことを聞いていたらしく心配してくれる姿はとても優しくて心が痛くなる。
それでも話さないわけにはいかない。
私はひと気のない場所へ移動すると、別れを切り出した。

「ごめん、別れよ。」
「はぁ?何でだよ。昨日のことだったら悪かったって。」
「違うの。怪我が原因とかじゃなくて……もう、好きかどうかわからないから。」
「何だよそれ。」
「最初は好きになれると思ってた。だけど無理だった。もう、自分の気持ちごまかないの。」
「他に好きなやつでも出来たのかよ。」

返す言葉が見つからない。
黙ったままの私に、彼氏はため息をついた。

「泉田だろ。」
「えっ。」
「結構前から仲良いのは知ってた。俺といる時より、よっぽど楽しそうだったしな。」
「……ごめん。」
「俺、小鳥遊のこと好きだったよ。」
「うん。」
「今まで付き合ってくれてありがとな。」
「私こそ、ありがとう。」

彼は困ったように笑って、行ってしまった。
振り回してごめんなさい。
そうつぶやいた声は誰にも届かなかった。



しばらくして泉田くんからメールがきた。
今から女子寮まで来てくれるというので、私は軽く身支度を済ませて部屋を出た。
玄関を出ると遠くに人影が見える。
泉田くんだ。
私は大きく手をふった。

「おつかれさまー!」
「ありがとう。」

少し汗をかいている泉田くんはいつもやり男らしくてかっこいい。
見れば見るほど、想いが溢れてくる。
そんな泉田くんに、彼氏と別れたことを伝えた。
すんなり別れられたというと少し驚いていたけどホッとしたようだった。

「良かった、何ともなくて。」
「心配かけてごめんね。」
「いいんだ。それより、僕も話があるんだけど。」

泉田くんは改まって私を見た。
どうしたのかと首を傾げると、すっと頭を下げた。

「別れたばかりでこんなこと言うのは卑怯だってわかってる。だけど、好きなんだ。僕と付き合って欲しい。」
「……えぇっ。」
「やっぱり、無理かな。」

突然のことに驚いてしまった私に、泉田くんは悲しそうな顔をしてそう言った。
私は首をぶんぶん横に振ってそれを否定する。

「ちがっ、ごめん。驚いただけで!私も、泉田くんに告白しようと思ってたから……。」
「小鳥遊さんも?」
「うん、泉田くんが好き、なの。」

次第に顔が熱くなる。
人を好きになるってこんなにもドキドキして恥ずかしいものなんだ。
今まで感じたことのない高鳴りに張り裂けそうだ。
そんな私の手を取って、泉田くんはにっこりと笑う。

「僕と、付き合って下さい。」
「はいっ。」

頬を染めた泉田くんはとても可愛くて、私の頬を緩ませた。
一緒にいるだけで幸せだから、まだキスとかまで考えられないけどいつか私もしたくなる日がくるのかな。
そう思う日が来た時、その相手が泉田くんでありますように。




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