わがままな君が欲しい




あまり色恋沙汰には聡い方ではなかった俺が一目惚れしたのが一年ほど前のことだ。
委員会の伝達で新開を訪ねてきた彼女は華美ではないが整った顔立ちで、そのはっきりした物言いに俺は心を奪われた。
彼女と話を終えた新開に俺は尋ねた。

「さっきのは誰だ?」
「小鳥遊さんか?隣のクラスの女王様だよ。」

皮肉っぽいそのあだ名のわけを聞いて俺は妙に納得した。
トゲのある言葉に、あまり感情の感じられない声のトーン。
小鳥遊は"キツイ性格"として有名らしかった。

「寿一、もしかして」

不安そうな新開が俺を見ている。

「小鳥遊さんは……お勧めしないぜ。」
「そうか。」

ありがたい忠告も俺の心には響かない。
恋とはそういうものなんだと俺は初めて知った。
それから俺は事あるごとに小鳥遊に接触した。
ある時には食堂で横に座った。

「隣、いいだろうか。」
「他にも空いてる席あると思うけど。」
「ここがいいんだ。」
「そう、じゃぁどうぞ。」

そう言って、小鳥遊は席をたってしまった。
移動するなら追いかけようと思っていたのに、小鳥遊はトレーにたくさんの食事を残したまま下げると食堂を出て行ってしまった。
そんなことを続けるうち、段々小鳥遊と会える回数が減ってしまった。

「小鳥遊はどこにいるんだ……。」

そう呟いた言葉は新開の耳にも届いたらしい。

「寿一、避けられてるんだって?」
「む、そうなのか?」
「あからさまだと思うけどな。」

その言葉に多少ショックを受けつつも、避けられる理由がわからない。
俺はいても立ってもいられなくなり、教室を飛び出した。
小鳥遊がよく行く女子寮の裏、特別棟の非常階段、そして裏庭。
そこまで行ってやっと見つけることができた。

「小鳥遊!」

こちらを見たかと思えば逃げ出そうとする小鳥遊の腕を掴むと、俺はそのまま抱きしめた。

「なぜ逃げる。」
「追いかけるから。」
「追わなければ逃げないのか。」
「追わないなんて出来るの?」
「無理だ。」

小鳥遊は呆れたようにため息をついた。

「私の何がそんなに気になるのか知らないけど、迷惑なの。私は一人になりたいの。どうしていつも私がいる場所がわかるの?放っておいてよ。」
「気になるのは俺が小鳥遊を好きだからだ。一人になりたいなんて嘘をつくな。」

俺は知っている。
小鳥遊が人一倍淋しがりなことも、花や小動物が好きなことも、そして人が怖いことも。
小鳥遊はいつも一人になれる場所を探しては、柔らかな物言いの練習をしていた。
練習ではうまく行くそれは、実際にはうまく行かないらしく泣いていたこともある。
裏庭の花壇に水をやっているのが小鳥遊だと知ったのも、彼女を追いかけ始めてからだ。
俺の言葉にビクリとした小鳥遊は俺を押しのけた。

「何も、知らないくせに!勝手ばかり言わないで!」
「ならば教えてくれ。」
「えっ?」
「小鳥遊のことを教えてくれ。」
「……途中でやめない?」
「どういうことだ?」
「途中で私のことを嫌いになったりとなしないかって聞いてるの!」
「それはない。」
「どっからくるのよその自信。」
「小鳥遊が好きだからだ。」

もう一度目を見て気持ちを告げれば、小鳥遊の頬は赤く染まって行く。

「バッカじゃないの!変人!」
「変人には教えてもらえないのか。」
「……ほんとバカ。」

小鳥遊は小さなため息をついて、俺に歩み寄った。
細い小指が差し出されて、自分のそれを絡めた。

「指切りだからね。」
「あぁ。」

そしてそれから、俺と小鳥遊の奇妙な関係が始まった。




あれから小鳥遊は俺を避けなくなり、代わりに事あるごとに呼び出された。
それは些細な頼み事だったり、ただ話がしたいという要望だったり様々だった。
ただ一つ言えるのは、小鳥遊は不器用だ。
俺もだが、それ以上に口下手で臆病故に人に嫌われる前に寄せ付けないようにしていた。
そんなところも可愛くて、俺はますます小鳥遊に惹かれて行った。
そんなある日、週末と部活の休みが重なった俺は小鳥遊を誘って映画を観に行った。
小鳥遊の希望で観たそれは悲恋のラブストーリーで、隣から鼻をすする音が聞こえてくる。
俺は持っていたハンカチをそっと小鳥遊の手においた。
小さく"バカ"という言葉が聞こえたが、小鳥遊なりの礼なのだと思っている。
照明がつき明るくなると、小鳥遊は目を真っ赤に腫らしてしまっていた。

「見ないで!化粧室、いくから。」

差し出した手は振り払われてしまったが、頬が紅潮していたのは気のせいではないと思う。
少しでも俺に気持ちが傾いたのかと思うと、俺は嬉しくて仕方がなかった。




それから小鳥遊は拗ねてしまったのか、頬を膨らませたままあまり話してはくれなかった。
それでも要望だけは伝えてくるあたり、素直なのかもしれない。

「クレープ。」
「何がいいんだ?」
「イチゴと生クリームとカスタードのやつ。」
「わかった。そこのベンチで座っていてくれ。」

小鳥遊にそう告げてクレープ屋へ歩き出すと、後ろから手を掴まれた。
振り返るとそこには真っ赤になった小鳥遊がいる。

「どうした?」
「……行く。」
「すまない、よく聞こえなかった。」
「一緒に行く!」

プイッと顔を逸らしてしまったが、その動作がとても可愛い。
俺は小鳥遊の手を握って歩き出した。

「手。」
「なんだ?」
「手!」
「嫌か?」

小鳥遊は俯いたまま、首を横に振った。
俺はそれに気分がよくなる。
クレープ屋で小鳥遊の分と、自分用にリンゴの入ったものを買った。
近くのベンチに腰掛けると、小鳥遊は俺の方をじっと見ていた。

「どうした?」
「何でも。」

ぱくり、とクレープを齧った小鳥遊の顔はだんだん綻んでいく。
どうやらお気に召したらしく、ご機嫌になった。
それでもチラチラとこちらを見てくるのが気になる。
よくよく見てみると、小鳥遊が見ているのは俺ではなくクレープの方らしい。
食べかけのそれを差し出すと小鳥遊はこちらをチラリと伺った。
一度だけゆっくり頷くと、小鳥遊の表情はさらに明るくなる。
そして俺のクレープに噛り付いた。

「美味いか?」
「ん、美味しい。食べる?」

小鳥遊が差し出したクレープも一口もらう。
すると小鳥遊がくすくすと笑い始めた。
どうしたのかと思えば手が伸びてきて、口元を撫でられた。

「子供みたい。」

小鳥遊はそう言いながら指についたクリームを舐めた。
その言葉よりも触れられたことが急に恥ずかしく感じ、誤魔化すために俺は自分のクレープを食べた。
するとまた手が伸びてきて口元に触れる。

「また付いてる。」

先ほどよりも近い距離でそう言われて俺は俯いた。
小鳥遊は自分がしていることを自覚しているのだろうか。
このまま小鳥遊と一緒にいると自分を抑えられなくなりそうだ。
クレープを食べ終えると、俺は早々に立ち上がった。

「帰るか。」

そう言うと、立ち上がった小鳥遊は俺の手をつかんだ。

「ヤダ。」
「帰らないのか?」
「もうちょっと。」
「行きたいところがあるのか?」
「ない。けど、もうちょっと。」

小鳥遊の頼みを断ることもできず、俺は手を引かれるまま歩き出した。
少し足早に歩く小鳥遊は顔を見られたくないのか振り返ることもせず、ずんずん歩いていく。
しばらくすると疲れてきたのかペースが落ちて、息が上がっていた。
俺は近くに公園があるのを見つけ、そこへ誘った。



公園の入り口で飲み物を買い、ベンチに腰掛けた。
あまり人のいない公園は静かでとても気持ちいい。
隣に座った小鳥遊の少し荒い息遣いだけが聞こえてきて、妙にそわそわしてしまう。
クレープを食べてからの小鳥遊は少し変だ。
いつもより余裕がないというか、焦りを感じる。
何かおかしなことをしてしまったのだろうかと考えていると、小鳥遊が俺の顔を覗き込んできた。

「どうし」
「まだ私のこと好き?」

まだ、とはどういう意味だろうか。

「俺の気持ちは変わらないと言ったはずだ。」
「ちゃんと言ってよ。」
「好きだ。」
「もっとちゃんと。」
「小鳥遊が好きだ。」
「ほんとに?」
「嘘をついて何の意味がある。」

小鳥遊が嬉しそうに笑った。
初めて見るその笑顔は眩しくて、とても綺麗だ。
その姿に俺の口元も緩んだ。
そんな俺を見て小鳥遊は少し驚いたような顔をしてから、ニッといたずらな笑みを浮かべた。

「キスして。」

聞き間違いだろうか。
信じられない言葉に俺は思考が停止してしまった。

「ねぇってば。」
「付き合っていないのにそんな半端なことは出来ない。」
「じゃぁ付き合う。だからキスして。」

そう言って目を閉じた小鳥遊はいつもより艶めかしく、ふっくらとした唇は俺を誘うように色づいて見えた。
俺たち以外誰もいないこの場所で、こんなことをされて我慢できる男がいるのだろうか。俺はその柔らかな唇に自分のそれをそっと重ねた。

「んっ……。」

小鳥遊から甘美な声が漏れる。
触れただけのキスがやけに俺を興奮させた。
ゆっくりと離れて目を開くと、真っ赤になった小鳥遊が口をへの字に結んでいる。
機嫌を損ねたのかとも思ったがそうではないらしい。
視線を合わせてはくれないが、座っていた距離を詰めてきた。
そっと手を握ればぼそりと何かが聞こえた。

「すまない、もう一度言ってくれ。」
「わ、私も好きだって言っただけ!」

立ち上がった小鳥遊は"帰る"と言いつつも手を離すことはしない。
それが素直じゃない小鳥遊らしくて、少し笑ってしまった。
俺の気持ちは変わらない。
素直じゃなくてもいい。
言葉にトゲがあっても構わない。
ただ俺のそばで笑ってくれないか。


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