欲しいもの




親から愛された記憶もなければ、友人も数えるほどしかいない。
そんな私は常に無気力で、負のループを作り出していた。
人付き合いはめんどくさい。
出来れば関わりたくない。
でも、一人は嫌だ。
一人でいると、自分の生きる意味がわからなくて落ち込んでしまう。
”産まなきゃ良かった”と言われた私は、一体誰に必要とされているのだろう。
そんな親から逃げ出したくて選んだ寮付きの私立校は、私を少し前向きにしてくれた。
高校デビューと言うほどではないけど、知り合いが一人もいない環境は新しい自分になるにはぴったりだった。
ただそれは”作り物の私”であって本当の私ではなくて。
一人になるとまた、負のループに突き落とされるようだった。



ある休みの日、なんとなく自転車で出かけた私は自分の整備不足を呪った。
空気の抜けたペコペコのタイヤに、外れたチェーン。
押して帰るにも微妙な距離に、いっそ自転車を置いていってしまおうかとすら思った。
それでも自由になるお金なんてあまりないのだ。
新しい自転車を買うなんて選択肢はない。
途方に暮れていると、私を覆うように影が出来た。

「どうかしたのか。」

ふと顔を上げれば、うちの学校名の入ったジャージが目にはいる。
その傍らには自転車があり、彼が自転車部だということがかろうじてわかった。

「チェーン、外れちゃって。直せないんです。」
「見せてみろ。」

”同じ学校の人だから”と作り笑いを浮かべれば、その人は表情一つ変えずに私の自転車へ触れた。
よく見れば、確か同じ学年の人だった気がする。
先ほどまでうんともすんとも言わなかった自転車は、彼の手によってどんどん元通りになっていく。

「空気はどうしようもないが、これなら走れないこともないだろう。」
「あ、あの!すみません、色々して頂いて……手も汚れちゃってるし、何かホントごめんなさい。」
「気にするな。」
「何かお礼を……同じ学校ですよね?お名前聞いてもいいですか?」
「福富寿一だ。箱学生なのか?」
「はい、1年の小鳥遊雛美です。福富さん、ありがとうございます。」

頭を下げると、そばにあった影が消えていく。
慌てて顔を上げると、福富さんは自分の自転車を取りに行っていた。

「俺も一年だ、敬語である必要はない。気を付けて帰れよ。」
「ありがとう。今日は何も持ってないから、今度改めてお礼に行くね!本当にありがとう!」

自転車にまたがり行ってしまう福富くんに、私は手を振って見送った。




翌日、私は福富くんのクラスへ向かった。
お礼と言えば菓子折りとも思ったが、高校生では少し大げさだと思い近くのケーキ屋さんでクッキーの詰め合わせを買った。
毎月変わるその中身はいつもとても美味しい。
今回買ったりんごの入ったクッキーも試食をさせてもらいとても気に入ったので、自分用と福富くん用と二つ購入した程だ。
クラスにつくと派手な金髪が目に入る。
私は近くにいた子に福富くんを呼んでもらった。
こちらをちらりとみた福富くんは不思議そうな顔でこちらに近づいてくる。

「何か用だろうか。」
「昨日はありがとう。これ、ささやかだけど昨日のお礼で……良かったら食べて。」
「昨日?」
「ほら、自転車!直してもらったから。」

そこまで言って、やっと福富くんは気が付いたらしい。
クッキーを受け取ると、少しだけ口元が緩んでいく。

「この匂いは、りんごか?」
「うん、そうだよ。苦手だった?」
「いや、りんごは大好きだ。ありがとう。」
「良かった!」

大きな手に包まれたクッキーはとても小さく見えて、もう少し大きいのにすればよかったと思う。
福富くんはクッキーの包みを開き一つ口に入れると、目を見開いた。

「うまいな。」

表情はあまり変わらないのに、嬉しそうだと感じるのはなぜだろう。
何度もお礼をいう福富くんに、それは私の方だと言って私は教室へ帰った。




その日から、時々福富くんが私のクラスを訪ねてくるようになった。
クッキーの話からケーキ屋の場所だったり、自転車の調子だったりそれは様々だった。
一緒に居る時間が長くなるにつれて、だんだん福富くんの感情が読み取れるようになってきた。
そんなある日、自転車の空気をまた入れなきゃいけないんだと言うと福富くんは少し嬉しそうになった。

「昼休み、少し時間あるか。」
「うん?あるけど、どうかした?」
「空気入れなら部室にある。」

どうやら昼休みに空気を入れてくれるという。
申し訳ないからと断ったが、引き下がる様子のない福富くんに私が折れた。

「わかった、じゃぁお願いするね?」
「あぁ。」
「お昼休み始まったら玄関で待ってるから、どうせならお昼一緒に外で食べようよ。」

頷く福富くんの頬が少し染まったのはなぜだろう。
嬉しそうな福富くんを見送って、私はクラスに戻った。




お昼休み、約束通り玄関に行くとすでに福富くんが待っていてくれた。
促されるままに外に出ると、心地いい日差しが私たちを照らしてくれる。
私たちは人気のない木陰を探して腰を下ろした。
お互いパンをかじりながらいろんな話をした。
いつもは高校に入ってからの話ばかりだったけど、それもそろそろ話題が尽きた。
そして自然と、昔の私の話になっていく。
暗い内容のそれは人に話すべきではないことは知っていた。
だけど一度話し出したら、止められなくなってしまった。
次第に溢れる涙に嗚咽が混ざる。

「生きてる意味とか、よくわかんなくて。何か毎日、辛くて……。ごめ、こんな話、つまんないよね。」
「そんなことはない。」

そう言って福富くんは私の頭にそっと触れた。

「俺は小鳥遊のことを全て知っているわけではない。だが、小鳥遊は素晴らしいと思う。」
「どう、して?」
「小鳥遊は毎日笑って人と会話ができ、自分の気持ちを伝えることができる。俺には出来ない。」

俯く福富くんがとても寂しそうに見えた。
凄いのは福富くんの方なのに。

「そんなこと!生きてる意味わかんないとか言ってる私の方が、ダメだよ。」
「生きるのに理由が必要か?」
「少なくとも私は、欲しいかな。」

こんなことを言っても困らせるだけなのはわかってた。
だけど真剣な福富くんをはぐらかすことは出来なくて、私は思ったままそう告げる。
すると福富くんは少し考えてから私を改めて見据えた。

「俺では、理由にならないか。」

言葉の意味がわからず黙ったままの私に、福富くんは咳払いを一つするとゆっくりと話し始めた。

「どうしても理由が欲しいなら俺を理由にすればいい。俺のために生きてはくれないか。」
「えっ?ちょ、ちょっとま」
「好きだ。」

時が止まったのかと思った。
駆け足になる鼓動と、顔に集まる熱。
真っ直ぐに私を見据えた福富くんは目を逸らすことなんてしない。

「俺のために生きてくれ。」
「私で、いいの?」
「小鳥遊がいいんだ。」

曇りのないその言葉に、私は頷くことしかできない。

「自分をダメだなんて思わなくていい。小鳥遊には俺がいる。」

どうして、欲しかった言葉を知っているの。
どうして、私の穴を埋められるの。
聞きたいことは沢山あるのに、言葉にはならない。
頬を染めた福富くんはそっと私を抱きしめた。
伝わる体温が心地よくて、次第に交わり同化して行く。
あなたに出会えてよかった。
私を見つけてくれてありがとう。


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