隠しごと



中学の時、雪に一目惚れした。
凛々しいルックスに珍しい銀髪で人の目を惹き、その上スポーツが万能だった雪はそりゃもう注目の的だった。
でも実は少し荒っぽい言葉遣いで、冷たいということが知れ渡る頃にはみんなの興味も冷めていた。
そんな中、私は諦めることができなかった。
アタックし続けて一年半、とうとう雪が折れる形で付き合うことになった。
おしゃべりな私と口数の少ない雪は相性がいいのか、大きな喧嘩もなく私たちは同じ高校に進学した。
そしてそこでもまた、雪は目立っていた。
休み時間や放課後に呼び出されるのもよく見かけた。
その度にやきもきしている私を慰めてくれるのは、泉田くんだけだった。

「また行っちゃった……。」
「大丈夫だよ。ユキはちゃんと"彼女がいる"って断ってるから。」
「そうだけどぉ。今の子、可愛かったよね……。」
「僕は小鳥遊さんの方が話しやすくて好きだけど。」

にっこり笑う泉田くんは、とても優しい。
雪のように目立つタイプじゃないけど、真面目で誠実で丁寧なその姿勢はとても素敵だと思う。
ただ長い付き合いでわかる彼の欠点といえば、優しすぎる所だろうか。

「ありがと。そんな風に言ってくれるの泉田くんだけだよ、ほんと。」
「ユキだって同じように思ってるんじゃないかな、あいつはあまり口にしないけど。」
「そうかなぁ。ていうか、私雪に好きとか言われたことないんだけど……あー考えれば考えるほど落ち込む!」

押し切って付き合ったとはいえ、もう2年近く付き合っているのにそういうことは言われたことがない。
頬を膨らませる私に、泉田くんは困ったように笑う。

「そんなに気に病むことないと思うけど。あ、ほら。帰ってきたよ。」

泉田くんの指指す方に目を向けると、雪がこちらに向かって歩いてきた。
私と泉田くんの間に立つと、小さくため息をつく。

「おかえり。」
「ただいま。」
「さっきの子可愛かったよねー。2組の子だよね。」
「知らねぇ。っつか3回目だし、いい加減めんどくさいんだけどな。」
「えっ。」

驚く私に、雪は慌てて口元を覆った。
隠してた、ってこと?
なんだが胸がザワザワする。
睨みつけるように雪を見ると、目を逸らされてしまった。
何だか分からないけど、気に入らない。
今までこういうことで隠し事なんてされたことないのに、今回はどうしたって言うんだろう。
眉間にシワを寄せたまま睨みつける私の肩を、泉田くんが優しく叩いた。

「まぁまぁ、もうすぐ授業始まるしこの辺にしとこうよ。」

その優しい笑みに、ささくれた心が少し癒された。
雪はバツが悪そうにそのまま席に戻ってしまう。
なんだか、雪が変だ。
私はモヤモヤを拭えぬまま席に戻った。



次の日も、あの子は雪を呼びに来た。
それに応じて教室から出て行ってしまう雪も雪だ。
私はまた泉田くんを捕まえて不満を吐いた。

「泉田くん!アレどう思う?これで4回目だよね?」
「えっと、うーん。」

困ったように笑う泉田くんは、私から一歩離れた。
そして泉田くんの目は私を見ようとしない。
何か、隠してる。

「泉田くん?何か知ってるの?」
「いや、まぁ……ユキに聞いた方がいいと思うよ。」
「雪は私に何にも言ってくれないもん。昨日だってあれから聞いたけどはぐらかされた。」
「でも僕が言うのは良くないと思うし……。」

そうこうしていると、雪が戻ってきた。
また私と泉田くんの間に立つと小さくため息を吐いた。
昨日と違うのは、私と目を合わせないこと。

「おかえり、雪くん?」
「……ただいま。」
「何か言うことあるんじゃない?」
「別に何も……授業始まるぞ。」

雪はそう誤魔化したまま、私の腕を引いて席に座らせた。
ちらりと泉田くんを見ると、困った顔でため息をついていた。
一体、2人は何を隠しているんだろう。
私は頭の中がそれでいっぱいになってしまった、



あれから、あの子は毎日雪に会いに来た。
あの子の方が付き合っているように見えて胸が痛い。
2人ともあの子に関しては絶対に口を割らないし、嫉妬するのにも疲れてきた。
放課後、誰もいない教室で一人今までのことを考えていた。
雪から好きなんて言われたことがない。
雪は私のことなんて好きじゃないのかもしれない。
そう思うと息ができないほど苦しくなる。
この苦しみが自分だけなんだと思うと涙が溢れてきた。
泣きたくなんかないのに。
みっともない自分は雪に不釣り合いだろうか。
雪の笑った顔が浮かんで、涙は大粒に変わる。
好きだよ。大好きだよ。
それなのになんでこんなに苦しいんだろう。
そんなことを考えていると、ガラリとドアの開く音がした。
慌てて涙を拭っていると、よく知った声が降ってきた。

「小鳥遊さん?」

泣いていたと悟られたくなくて、必死に声を作る。
でもその声は震えてしまった。

「わ、忘れ物?」
「どうしたの、大丈夫?」

慌てて駆け寄ってきた泉田くんは、そっと私の顔を覗き込んだ。
見られたくなくて顔を伏せた私の頭に大きな手が乗せられる。

「ユキの、こと?」

1度だけ頷いた私に、泉田くんはため息をついた。
困らせてしまった。
泉田くんは雪の友達だからきっと私に言えないことがあるんだろう。
だから私が泉田くんに甘えたら困らせてしまうのはわかっている。
だけど頼らずにいられない自分が情けない。

「大丈夫だよ、小鳥遊さんが心配してるようなことはないから。」
「ごめん、迷惑かけて。雪の友達だからって、甘えてごめん。」
「うーん、僕はユキの友達だけど、小鳥遊さんとも友達のつもりだよ。」

"小鳥遊さんは違うの?"と悲しそうな声で聞かれて、私は首を横に振った。
そう思っていてもらえたことが嬉しかった。
泉田くんは私が泣き止むまでそばにいてくれた。
そのあと、下駄箱まで送ってくれる。

「さっきの、雪に言わないで。」
「うん、わかった。寮に帰ったらちゃんと冷やすんだよ。」
「ん、ありがと。また明日ね。」

軽く手を振って、部活に戻る泉田くんを見送った。
まだモヤモヤと残るこの感情をどうしようか。
きっとこれは雪じゃないとどうにもできないな。
私は明日のことを考えながら寮へ戻った。



次の日の昼休み、またあの子が雪を呼びに来た。
昼休みにくるのは初めてで雪も驚いていた。
私と目があった時、その子がニヤリと笑ったのを見て心がざわついた。
"雪を行かせちゃいけない"何故かそんな気がして、私は雪の腕を掴んだ。

「ご飯途中だよ。」
「悪い、でも呼んでるから。」
「じゃぁ私も行く。」

驚いた雪は私と彼女を交互に見てため息をついた。
困らせたのはわかっている。
だけどこれ以上モヤモヤしたままじゃいられない。
雪は私の手を一度解き、手を繋ぎ直してくれた。
学校でそんなことをされたのは初めてで、私は戸惑った。
そんな雪に手を引かれて教室を出れば、あの子が舌打ちをしたのが聞こえる。
そのまま歩き続ける雪に続くように、私たちは3人で人気のない場所へ移動した。




しばらくして立ち止まった雪は、あの子に向き直ると私と繋いだ手に力を込めた。
どういうことか分からずに雪を見上げると、思いがけない言葉が降ってくる。

「俺、こいつと付き合ってるんで。」
「えー、雪成くん趣味悪いー。私がこんなに好きって言っても応えてくれないとか、ブス専なのー?」

クスクスと笑うその声が胸にぐさぐさと刺さる。
確かにあの子からしたら、私は可愛くないかもしれない。
でも面と向かって言われるのは結構きつい。
俯く私の手を離すと、雪はそっと頭を引き寄せてくれた。

「化粧してる女嫌いなんで。あと性格ブスもな。」
「ハァ?私よりその子のがよっぽどブスじゃん!あんたもあんたよ!ブスのくせに雪成くんと付き合うとか身の程しれっての!」
「っせーなぁ!俺はアンタなんかと付き合う気ねぇんだって何回言わせんだよ。人の女バカにすんのもいい加減にしとけよ。」
「なっ……もういい!」

涙目になったその子は、私を睨みつけると踵を返して行ってしまった。
意味がわからずに呆然とする私を、雪は抱きしめてくれた。

「悪い。」
「……雪、悪くないでしょ……?」

何故だろう。
言われたことは私にダメージを与えていていいはずなのに、今私は満たされている。
雪が自分を選んでくれたこと。
雪が守ってくれたこと。
それが嬉しくてたまらなくて、私の目からは涙が溢れた。
昨日とは違うその暖かい涙が不思議と心地いい。
そんな私に気づいた雪は、慌てて涙を拭ってくれた。
その手は少し乱暴だけど、必死なところが可愛くてつい笑ってしまう。
そんな私を雪は不思議そうに見ている。

「雪、あのね。私やっぱり雪が大好きだよ。」
「……塔一郎より?」
「え、なんで泉田くん?」

わけがわからず聞き返すと、雪は少し口を尖らせた。

「最近、仲いいだろ。」
「話題は主に雪のことばかりなんだけど?」

拗ねる雪にそう返せば、みるみる顔が赤く染まる。
やきもち妬いてたの、私だけじゃなかったんだね。
照れる雪なんてあまり見ることがないだけに、つい私は笑ってしまった。

「雪って可愛いよね。」
「可愛いのは雛美だろ。」

そう言って顔を背ける雪はずるいと思う。
それでも怒る気になれないのは、雪の想いわかったから。
言葉にはしてくれないその想いが私を優しくしてくれる。
疑うことはもうしない。
いつも雪に、優しくあれますように。




*****************
彼女を守りたい一心で隠し事をしてしまう黒田くん。
全部を知りながらも慰めることしかできない泉田くん。

優しい泉田くんと素直に口に出来ない黒田くんを書きたくて……。
楽しんで頂ければ嬉しいです。


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