王子様

※「キスで醒ませて」の続編です。



雛美と付き合い始めてから、気づけば8年が経っていた。
高校を卒業後、進路が分かれた俺たちは大学生活を遠距離で過ごした。
他の男にちょっかいかけられてんじゃねェかと心配になった俺は、何度もプロポーズした。
その度に”急がなくても大丈夫”と断り続ける雛美とは喧嘩もしたし、それ故に暴言も吐いてしまった。
それでも別れるなんて選択肢が浮かばなかったのは俺が気づかない部分で愛されていたからかもしれない。
遠距離でもレースは必ず観に来てくれた。
誰よりも応援して、一緒に闘ってくれた。
就職が決まった時、これで一人前になれると思った。
これで雛美を幸せにしてやれると思っていた。
だけどその時も雛美は困ったように笑うばかりだった。
社会人になり仕事が始まると今まで以上に会えない日が続いた。
雛美が同じ土地で就職してくれたこともあり会えない距離ではなかったはずなのに、予想を上回る忙しさに俺は苦戦していた。
帰ったら寝るだけの生活に連絡を取らない日も多かった。
”会いたい”と思う気持ちは強いのに体が動かないなんて初めてだった。
休みでも雛美と居ても頭から仕事のことが抜けず、気晴らしにロードに乗ることも多かったせいで一か月会わないなんてことすらあった。
それでも雛美はいつも優しく居てくれた。
プロポーズを断る以外で否定するようなことは言われたことがない。
いつも優しく受け入れて、笑って送り出してくれるその存在がなくてはならないものになった。
”これ以上の存在なんて有り得ない”今まで何度そう思ってきただろう。
そして仕事が落ち着いた頃に、俺は雛美にもう何度目か分からないプロポーズをした。
名前を呼べばふわりと笑うその顔が何より好きだ。

「結婚してくれ。」

いつもなら困ったよに笑うはずのその顔が、パッと花が咲いたように明るくなる。

「うん、しよう。」

初めて返ってきたその言葉に俺は頭が真っ白になった。
嬉しいのにそれが現実だとは思えない。
それほどまでに意外だったその言葉の訳を聞けば、雛美は照れて俯いてしまった。

「自信、なかったの。結婚して、靖友くんの奥さんがちゃんと出来るか不安だった。最初は本当に、在学中だからとか就職に響いたらとか思ってたんだよ。社会人一年目は忙しいって言うし、実際そうだったし。だけど周りが結婚して話を聞くたびに、自分で大丈夫なのか不安になったの。」

俺だってちゃんと夫になる覚悟なんてしていない。
ただ一緒に居たい、手放したくない。
それだけでプロポーズし続けた自分が恥ずかしい。

「悪ィ、俺そこまで考えてなかった。」
「うん、でも靖友くんは大丈夫だよ。靖友くんは結果が後からついてくるタイプだもん、だから大丈夫。」

”覚悟が遅くなってごめんね”
頬を染めて笑う雛美が誰より愛しい。
覚悟は、もうできた。

「絶対幸せにしてやっから。」
「今より幸せになったら私どうなっちゃうんだろう。」

どうなった雛美も手放す気なんてない。
ずっと俺のそばにいてくれれば、それだけでいい。
未だに”好きだ”というだけで頬を染める雛美は、もう俺のものだ。




それから一緒に結婚式の準備を始めた。
お互いの両親に会ったり、式場を見に行ったり。
模擬結婚式で泣いてしまった雛美が本番どうなるか心配にもなったが、なるようになるだろう。
ここまで来るのに時間がかかった分、悔いのない物にしてやりたかった。
出来る限り要望を聞いて、添えるように努力した。
あまり我儘を言わなかった雛美が控え目ながらも希望を出してくれるのがとても嬉しかった。
結婚の報告を高校時代のやつらにすると、新開が誰より喜んでくれた。
”PVを作ってやる”という申し出は嫌な予感がして断ろうとも思ったが、雛美の希望で頼むことになった。

「どうなっても知らねェぞ。」
「幸せだから大丈夫。」

にこにこと笑う雛美に反対する気なんて起きるわけがない。
それからも様々な打ち合わせや準備を行った。
何より時間がかかったのは参列者一人一人に宛てたメッセージカードだった。
途中で嫌になって放りだした俺を雛美は何度も宥めてくれた。
やっとの思いで準備を全て終え一息つくと、今までのことを思い返した。
あの時俺が野球を諦めなかったら、雛美と出会うことなんてなかった。
あの絶望もこのためだったというのなら、仕方ないとすら思える。
それ程までにこの8年間は充実したものだった。
雛美はもちろん、福チャンたちやロード、どれが欠けても今の俺はあり得ない。
腕の中で眠る雛美を起こさないようそっと囁いた。

「ありがとな。愛してる。」

変わらず寝息を立てる雛美に軽く口づけて、俺も目を閉じた。





結婚式当日、朝からバタバタと準備をしていたせいで気づけばずいぶん雛美を見ていない。
続々と集まる参列者に軽く挨拶を済ませて、俺は新婦控室に向かった。
軽くノックをすると、中から雛美の声がする。

「どうぞ。」

そっとドアを開けると、中には準備を終えた雛美が座っていた。
メイクや衣装担当の人が気を利かせて席を外してくれた。
俺に気づいた雛美はにっこりと笑う。

「どう、かな。」

立ち上がりドレスを広げて見せると、雛美はゆっくりと回った。
オーダーメイドしたそのウェディングドレスは、あの日のドレスに少し似ていた。
あの日よりも少し大人びたそのデザインは、雛美の穏やかな顔によく似合う。
とても綺麗なその姿に見惚れてしまう。

「すっげぇ似合ってンよ。」
「へへ、ありがと。靖友くんも…すごくかっこいいよ。ほら、見て。」

雛美は後ろにあった鏡を指さした。
鏡の中にはウェディングドレスを着て幸せそうに笑う雛美と、自分が映っている。
隣にドレス姿の雛美がいるおかげか、いつもよりシャンとして見えるその姿に俺はハッと笑った。

「今日だけは、俺も王子様みてェだな。」

その言葉に雛美はきょとんとしてから、クスリと笑った。

「初めて会ったあの日から、私にはずっと王子様だよ。」

”これからも”そう付け加えると俺の手を取って目を閉じた。

「私、すっごく幸せだよ。」
「ん、もっと幸せにしてやる。」
「うん。」
「誰より幸せにしてやる。」
「うん。」
「俺で良かったって、言わせてやる。」

そこまで言うと、雛美はそっと目を開けてクスリと笑った。

「靖友くんで良かったって、もうずっと前から思ってるよ。」

化粧をしてるからと拒む雛美に少し強引に口づける。
そんなこと言われて我慢できるほど出来た人間じゃねェんだよ。
それでも笑ってくれる雛美は、きっと全てわかっていたんだと思う。
これからも、ずっと二人で笑おうぜ。
死が2人を分かつその日まで。





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披露宴で流した新開が作ったPVは文化祭の劇を編集したもので、懐かしさと共に恥ずかしさが込み上げてくる仕上がりだった。
確認させろと何度言っても頑なに拒否したのはこのせいかよ。
エンドロールの最後に”お姫様は王子様のキスで目覚めた”と書いてあったのを見た時にはぶっ飛ばしてやろうかと思った。
それでも隣で嬉し涙を流す雛美を見てそんな気は失せる。
今日と言う日だけは、雛美のために。




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☆亜希様リクエスト☆
「キスで醒ませて」の続編が読みたい、との嬉しいリクエストを頂くことができ書かせて頂きました。
幸せな二人を描くことが出来ているといいのですが…!
口下手で上手く伝えられない荒北さんを優しく包み込む夢主ちゃん、という感じにさせて頂きました。
楽しんで頂ければ幸いです。


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