ストレリチア




自分で言うのも何だが、私は粗暴で気性が荒い。
言葉使いも綺麗な方じゃないし、とても短気ですぐに怒鳴り散らしてしまう。
自分でもそれが悪いことだとわかっていて、直そうと試みたこともあった。
でもその試みは毎回失敗に終わってしまう。
だからこんな私に、彼氏が出来るなんて思ってもみなかった。




ある晴れた日の朝、学校へ行くと三年生の下駄箱に二年生が一人立っていた。
珍しい銀髪故に、学年は知っているものの名前は知らない。
確か荒北と同じ部活だった気がする。
そう思いながら素通りしようとすると、まさかその子から呼び止められた。

「小鳥遊先輩、今ちょっといいスか。」
「は?私?」
「はい。」

面識のない相手から呼び出されるのは、大抵悪いことばかりだ。
いちゃもんつけられたり、喧嘩売られたり。
よく見れば目つきの鋭いその子は、じっと私を見つめている。
この子が喧嘩をするようには見えないが、一体何の呼び出しだろう。

「すぐ済むの?結構遅刻ギリギリなんだけど。」
「すぐ終わります。」

キッパリと言い切ったからには、終わらせてもらおうじゃない。
私はその子に促されるまま、人気のない場所に移動した。




グラウンド側まで行くと、日差しが少しきつくて目がクラクラした。
HRが迫っているということもあり、誰一人見当たらない。
銀髪が大量に反射してとても眩しくて、顔が良く見えない。
目を細めて何とか慣らそうとしていると、思いがけない言葉が降ってくる。

「付き合って欲しいんすけど。」

コイツ何言ってんだ。
名前すら知らない相手だ、どうせ私のことなんて知らないだろうに。
呆れる私を何だと思ったのか知らないが、その子は言葉を重ねた。

「部活、たまに来るの見かけて。気になってたんすけど……荒北さんに聞いたら彼氏いないって聞いて。俺じゃダメっすか?」

自転車部に行っていたのは、新開にウサギ小屋のカギを借りに行ったからだ。
週に1度程度、ほんの数分しかあの場にはいなかったはずなのにいつから見られていたんだろう。
しかも荒北が一枚噛んでると聞いて何だか無性に腹が立ってきた。

「悪いけど、私あんたの名前も知らないんだよね。だから付き合うとか無理だから。彼氏いらないし。」

バッサリと切り捨てたはずだった。
だけどその子は目を輝かせて、丁寧に頭を下げた。

「2年の黒田雪成っす。これから俺のこと知ってください。」
「いや、だから彼氏いらないって。」
「それ、俺のこと知ってからでも遅くないっすよね?」

何だこの子。
やけに食い下がる黒田に付き合っていると本当に遅刻してしまう。
これ以上遅刻するとヤバいと散々担任に脅されているのに、だ。
私はその場から逃げるために、それを承諾した。
でもこれが間違いだったのかもしれない。
それから黒田は私に付きまとい始めた。
朝は玄関で待ち伏せ、昼休みにはパンを持って私の教室に現れる。
それが面倒で昼休みに裏庭へ逃げたら、荒北に密告された。
”めんどくさいなぁ”最初はそう思っていたはずなのに、何度突っぱねてもしっぽを振って懐く犬が可愛くないわけがない。
私はいつの間にか、黒田と一緒に過ごすのが当たり前になりつつあった。

「小鳥遊先輩、今日の弁当何が入ってるんすか。」
「今日は時間なかったから昨日の残りと卵焼きとアスパラベーコンくらいだよ。」
「時間がなくてそれってすごいっすね。あ、卵焼き1個くれません?」
「その焼そばパン一口くれるならあげないこともない。」

お昼休みはいつも人気のない場所で二人でこうしてご飯を食べた。
実家暮らしな私のお弁当は黒田にとって新鮮らしく、いつもおかずを少し奪われる。
代わりに私はあまり食べる機会のない購買のパンをもらえるとあって、ギブアンドテイクが楽しかった。
私たちの会話はすごく弾むこともないが、途切れることもない。
だらだらと話す内容の多くは部活だったり、荒北や新開といった共通の知り合いのことばかりだった。

「そう言えば今日荒北がさー、外見ながらぼーっとしてるから消しゴム投げつけたらクリーンヒットしてさ。授業中だから怒鳴りはしなかったけど、すっごい目で見てくんの!」
「それは……雛美さんが悪いっすよ。」
「だってすっごいアホ面だったんだよ!こーんな顔してさー。」

思い出してケラケラ笑う私を黒田は少し悲しそうな顔で見た。

「俺も、同じクラスが良かったっす。」
「ん?荒北と?」
「雛美さんとっすよ。」

白い肌が薄らピンクに染まっていく。
すっかり忘れていたけど、私は黒田に告白されたのだ。
面白い後輩だと思って接していた自分が何だか悪いことをしていたようで申し訳なくなる。
黒田は、まだ私のことが好きなんだろうか。

「なぁ、黒田。」
「なんすか?」
「私のどこが好きなわけ?」
「えっ、いや、それはその……。」

言い淀む黒田を見ると、目を背けられてしまった。
耳まで真っ赤な所を見ると、困るというより照れているだけらしい。
誰かにこんな反応をされるのは初めてで、私も何だか恥ずかしくなってきた。

「いや、やっぱいいよ。ごめ」
「俺は、言いたいことハッキリ言う雛美さんが好きです。……たまに素直じゃないっすけど。」
「ハァ?私はいつも素直だっての。だから喧嘩っぱやく」
「じゃぁ俺のことどう思ってんすか。」

いちいち言葉を遮られて、いつもの自分じゃいられない。
じっと見つめてくる黒田の目は真剣で、私は顔が熱くなる。
どう思ってるか、なんて決まってる。
だけどれを素直に口にすることができない。

「別に、変わらないけど。」
「何がどう変わらないんすか。」
「会った時と、変わんないよ。」
「ほら、素直じゃねぇ。」

黒田はクスッと笑って私の頬に手を添えた。
触れた場所から沸騰しそうなほどな熱が広がっていく。

「言葉遣い荒いのに、これくらいで真っ赤になる擦れてないとこも好きっすよ。」
「だっ、誰が!私はすな……お……。」

黒田は私に顔を寄せてから、おでこを私の肩にこつんとぶつけた。
サラサラの銀髪が目の前で風に靡いていて思わず息をのんだ。

「これくらいで真っ赤になって、まだ俺のこと好きじゃないとか言うんすか。」
「な、だって……。」
「俺は好きっすよ。雛美さんも素直になってくださいよ。」
「……うっさい、バカ。」

顔を上げた黒田はとても嬉しそうに笑っている。
それが何だか負けたみたいでとても悔しい。
怯ませてやりたくて、私はその唇に噛みつくようにキスをした。
黒田の目が一瞬見開かれて、そのあとそっと閉じられていく。
自分がしていることが恥ずかしくなり離れようとすれば、後頭部を固定されて引き寄せられた。

「んんっ、ちょ、くろ……。」
「ユキって呼んでくださいよ。」

離れることのないままそう漏れる声は、吐息が熱くて恥ずかしくてたまらない。
それでも抱きしめられて押さえつけられた唇は離れることができない。

「ユ、ユキ……。」

なんとかそう漏らせば、拘束されていた体は自由を得る。
黒田はふっと笑ってもう一度私の唇に軽くキスをした。

「もう、言い訳させませんから。」
「……黒田のバーカ。」
「もう忘れたんですか?もう一回しなきゃわかんないんすかね。」

そう言って両手を掴み、黒田は顔を近づけてきた。

「ユ、ユキ!」
「やっと素直になりましたね。」

クスクスと笑う彼に、私は当分勝てそうにない。
”女の趣味悪いよ”と言う私に、”アンタは原石だから”と笑うユキ。
そんなこと言うのは、この先もユキだけだよ。


***********************
ストレリチアの花言葉は「寛容」です。
年上だけど扱いにくい彼女を、黒田くんなら上手く受け止めてくれる気がして。
楽しんで頂ければ幸いです。


story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -