とくべつ。



誰かを好きになるなんてないと思ってた。
今の俺はロードだけでいっぱいで、それ以外なんてあまり考えていなかった。
福チャンに俺を認めさせてやりたくてそればかりのはずだった。
そう、小鳥遊と話すまでは。



秋にあった席替えで隣になった小鳥遊は、良くも悪くも軽いやつだった。
いつもケタケタと笑い、サバサバしたその姿はあまり女らしさを感じない。
俺がどんなに怒鳴りつけようと笑い飛ばしてしまうようなその豪快さは、なぜか心地よさを感じた。
話すことを頑張らなくていい女なんてこいつくらいかもしれない。
そう思えるくらいには仲良くなった。
そんな小鳥遊が、ある日こっそりと耳打ちをしてきた。

「ねぇ、荒北って自転車競技部だよね?東堂くんって知り合い?」
「東堂がなんだよ。」
「いやー、一回くらい話して見たいとは思ってるんだけど、あんまり接点がなくてさ。色々教えてよ。」

薄っすら頬を染めるその姿に胸がちくりと痛んだ。
この痛みが何かは知らないが、俺は不快感に襲われる。

「めんどくせェ。」
「頼むよ、荒北くらいにしか頼めないし。ベプシ奢るよ?」

小鳥遊は手を合わせて俺を拝んでいる。
そんな姿を見るのは初めてで、断る自分が悪者になっているような感覚になった。
俺は舌うちをしながらも、その頼みを受けることにした。
それから約一ヶ月、小鳥遊は毎日東堂の話を聞きに来た。
一度練習を見に来たらどうだと聞いたこともあったが、それは恐れ多いと断られた。
いつもとの違いになぜか苛立った。
東堂からも不思議がられてやりづらくて仕方が無い。
それでももし、小鳥遊が東堂を好きなんだとしたら。
邪魔する理由なんてない、はずだった。
それでも胸がざわつくこの感情の正体を俺はまだ知らない。




1ヶ月半程経った頃、また小鳥遊は俺にこっそりと耳打ちをしてきた。

「ねぇ、新開くんと仲良いよね?色々教えて欲しいんだけど。」
「ハァ?東堂じゃねェのかよ。」
「うん、今度は新開くんのこと教えて。」

東堂の時同様、俺を拝んで頼む小鳥遊の頬は薄っすら染まっている。
仕方なく了承すると、にっこりと笑う小鳥遊は"ありがとう"と言いながら俺の手を握ってきた。
突然のことに払いのけてしまったそれを、もったいないと思ったのは何故だろう。
顔に熱が集まるように熱くなったのを感じて、俺はそのまま教室を出た。




新開の話を始めて2ヶ月経った頃、また小鳥遊は耳打ちをしてきた。

「今度は福富くんのこと知りたいんだけど。」
「ハァ?今度は福チャンかよ……。」

ころころと変わる相手に、正直うんざりしていた。
どれだけ気が多いんだと呆れてくる。
それでも何故か小鳥遊の頼みを断れない俺もどうかしてる。
その頃には自分の気持ちに気づき始めていた。
俺は小鳥遊が好きなんだ。
わかってはいても、小鳥遊は俺じゃない誰かをいつも気にしている。
どうせ望みなんてない。
それならいっそ応援してやった方が……。
乗り気ではないが、俺は頼みを断ることはしなかった。




それから数ヶ月単位で、小鳥遊は耳打ちをしにきた。
東堂、新開、福チャン、黒田に泉田、葦木場。
3年に上がってからもクラスは変わることはなく、俺と小鳥遊の不思議な関係は続いていた。
そして葦木場になってから暫くして、小鳥遊は周りに誰もいないことを確認してまた俺に耳打ちをした。

「ねぇ、今度は1年に入ったっていう真波くんなんだけどさ。」

正直、もう疲れた。
小鳥遊を好きでいることも、小鳥遊のために誰かと話をすることもうんざりだ。
この関係が壊れたっていいとすら思う。
そう思い、俺は小鳥遊を壁際に押しやった。
逃げられないよう左右に手をついて塞ぐと、小鳥遊は眉間にシワを寄せた。

「なによ。」
「お前さァ、いい加減にしろよ。」
「何が?」
「惚れっぽすぎんだろ!何人好きになりゃ済むんだよ。」
「何の話してんの?」
「東堂から始まって2年にいったかと思えば今度は1年かよ。いい加減にしろよ。」
「ハァ?」

明らかに怒っているのは見て取れた。
だけどそれ以上に俺は苛立っていた。
そしてうっかり口に出してしまったその言葉は取り返しのつかないものだった。

「ちょっとは俺にも興味持てよ!ボケナス!」
「何か荒北勘違いしてない?バカなの?」
「バカはテメーだろ!」
「絶対荒北の方がバカだっての。」
「ハァ!?テメ、ふざけんな!」

怒鳴りつけたというのに小鳥遊はニヤリと笑って、俺の首に手を回すとそのまま引き寄せた。
重なる唇に思考が停止する。
こいつ、一体なに考えてやがんだ。
離れた後もニヤニヤと笑う小鳥遊はとても楽しそうだ。

「私が好きなのはずっと荒北だよ。東堂くん達の情報は、友達に頼まれて聞いてただけ。」
「……は?」
「直接本人には聞けないしさ、荒北なら色々知ってるかと思って。それに荒北に聞けば……。」

"私も荒北と仲良くなれそうだったから"と真っ赤になった小鳥遊は俯いた。
話のネタに他の男を出されて、何も気づかずに嫉妬していた自分が恥ずかしい。
顔を見られるのが嫌で小鳥遊から離れると服の裾を掴まれた。

「荒北は?」
「……わかってんだろ。」
「言ってよ。」
「好きだよ!これで満足かよ!」
「うん、大満足。」

負かされた気がして癪だけど、今回はこの笑顔に免じて許してやろう。
そう思った時、小鳥遊かパッと顔を上げた。

「あ、それで真波くんのこと教えてよ。」
「ッセ!もうんなことでネタなんて探さなくてもいいだろ。」
「それはそうだけど……聞いて欲しいって友達に頼まれてるんだけど。」
「じゃぁこう言っとけ。」

"彼氏が嫉妬するから無理だってな"そう耳打ちした。
意外と恥ずかしいそれは、俺の顔を赤くする。
そうか、小鳥遊も……。
素直じゃねぇな。
だけどそれはお互い様だろう。
タコみてぇに赤くなった小鳥遊の手を引いて俺は歩き出した。
次の休みは、どこか行こうぜ。


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