約束の果て



俺には五つ上の幼馴染がいた。
家が近所な上に母親同士が仲がいいのもあって、小さい頃はよく一緒に遊んでた。
俺が野球をするのを誰より喜んでくれて、試合にはテスト前でも応援しに来てくれた。
そんな相手に惹かれない方が難しい。
好きだと気づいた頃には相手は高校生だった。
雛美から見れば俺なんてガキにしか見えないだろう。
だから"高校に入ったら"、そう思っていた。
甲子園に連れてってやるなんて軽口も叩いた。
でもそれは叶わなかった。
中学で故障してから、雛美の辛そうな顔を見るのが嫌で疎遠にした。
話すこともなくなったが、近所故に会わなくなることはない。
それが嫌で、野球からも雛美からも逃げたくて寮のある高校に進学した。
時間が経てば、きっとお互いのことなんて忘れられる。
高校で俺はかけがえのない仲間とロードレースに出会った。
最初はただ負けるのが嫌だった。
でも次第にそれは楽しみへと変わり、俺は死に物狂いで練習した。
二年の秋にはアシストを任せてもらえるようにもなった。
三年のインハイにも出れることが決まった。
雛美から電話がかかってきたのはそんな時だ。
もう何年も話していないのに、何の用だろうか。
登録しただけでかけたことなんて無い番号と表示される名前に、俺の心は跳ねた。
未だに雛美を忘れられていない自分に呆れる。
いつまでたっても切れない電話に、俺は出ることにした。

「久しぶりィ。」
「あ、靖友?久しぶり。あのさ、今って箱根の学校にいるんだよね?」
「そうだけどォ?」
「今度の土曜ってあいてる?」

丁度その日は自主練の日だ。
だからと言ってインハイ前に実家に帰るわけでもない。
それを伝えると雛美はクスクスと笑った。
どうやら仕事で金曜に箱根に来るらしい。
泊まる予定だが翌日に予定がないという。

「さっきも言ったけど自主練あっから無理だって。」
「いやー、その自主練とかを見たいんだけど。ちょっとだけでもダメ?久々に会って話したいしさ。ね?」

しつこく食い下がる雛美にため息が出た。
昔から言い出すと聞かないのは変わってないらしい。
少しだけならという約束で、土曜日に会うことになってしまった。
未だに捨てきれない思いを抱えたまま、俺は頭をかかえた。




福ちゃんに雛美のことを話すと、あっさり承諾された。

「たまにはいいだろう。荒北の知り合いが来るのは初めてだな。」
「悪ィな、福ちゃん。早めに帰すからァ。」
「ゆっくり見てもらえばいい。」

この話を聞いた新開と東堂は何かを企んでいるように見える。
頼むから何事もなく去ってくれ。
俺はそう願わずにはいられなかった。



来なければいいと思っている日ほどあっという間に訪れる。
土曜日は朝から快晴でとても気持ちがいい。
外周に行きたいと思いつつもローラーを回していると、スマホが震えた。
通話をタップすると嬉しそうな声が飛び込んできた。

「靖友?いまね、学校の前に着いたよ!どっち行ったらいいかな?あ、差し入れもあってね、えっと」
「落ち着けよ。今から行くからそこから動くんじゃねぇぞ。」
「あ、うん。ありがとね、待ってるね!」

通話の声はしっかりと音漏れしていたようだ。
新開がニヤニヤしながら近づいてきた。
どうやら一緒に来るつもりらしい。
断るのも面倒で、俺は足早に部室を出た。



校門へ近づくにつれ、小さな人影が見える。それが雛美だとわかる頃には向こうも俺に気づいていた。

「靖友!」

嬉しそうに駆け寄ってくる姿に思わず顔が緩む。
昔は可愛かったが、今はどちらかと言えば美人になっている。
高鳴る胸を必死にごまかしながら、何事もないように振舞った。

「雛美縮んだァ?」
「縮んでないよ!靖友がでかくなりすぎなんだよ。昔はあんなにちっちゃかったのに……。」
「ッセ!」

そんなやり取りをしていると、新開に肩を叩かれた。
渋々紹介すると、雛美の目が輝いて見えた。

「新開くんかっこいいねぇ!」

その言葉が胸に刺さる。
まんざらでもなさそうな新開にも腹が立った。

「ハッ、どうせ俺はかっこよくねぇよ。」
「なに、拗ねたの?」

自分でもガキっぽいのはわかっていた。
だからこそ指摘されて余計イライラした。
テメー何しにきたんだよ、男でも漁りにきたのかよ。
そう言いそうになって言葉を飲み込んだ。
俺はなんて歪んでるんだろう。
その気持ちを悟られないように、雛美に背を向けた。

「練習、見んだろ。」
「あ、うん!お邪魔します。」

そう言って俺の横に並んだ雛美からは昔と変わらない匂いがして、少しホッとした。



道中、新開はくだらない質問ばかりしていた。
それに逐一答える雛美がもどかしい。

「彼氏はいたことないよ。もう社会人なんだけどね。まぁ、急いでも仕方ないと思うし。」
「じゃぁ、俺なんてどう?」
「またまたー。新開くんなら私みたいな年上じゃなくても選び放題でしょ?」
「そんなことないさ。」

そんなことを言う新開にも、はっきり断らない雛美にもイライラする。
それでも彼氏がいたことがないというのは意外で少し驚いた。
俺の知る限り、雛美はモテる方だ。
なんでも笑い飛ばすような豪快な性格ではあるが、いつも笑っていて人を笑わせるのが好きだった。
だからこそ、男女問わず雛美を好きだという奴は多かった。
なのになぜだろう。
気にはなりつつも、新開がいることもあって聞くことができなかった。



部室について、雛美を福ちゃんたちに軽く紹介した。
にこにこと笑うその姿は誰から見ても好印象だったようで、雛美の周りには人だかりができてしまった。

「東堂くんはクライマーなの?私知ってるよ、登るのが得意なんだよね?」
「その通りだ!雛美さんはロードのことは知らないのかと思っていたが、そうではないのだな。」
「うん、靖友がロード乗ってるって聞いてから色々調べたんだ。独学だから間違いはあるかもしれないけどね。」
「そうなのか。ちなみに荒北とフクはオールラウンダーだ。」
「靖友オールラウンダーなの?じゃぁどこでもスイスイ行っちゃうんだねー。」

自主練を見に来たはずの雛美は他の奴らとばかり喋っていて正直面白くない。
でも他のやつを咎めることはできなかった。
なんせ今日は一応休みの日なのだ。
誰がどう練習しようと口を出すことができない。
なんとかローラーを終えてベンチに座ると、雛美がやってきて隣に座った。
他の奴らがついて来ないところを見ると、うまく言いくるめたらしい。

「おつかれ。靖友すごいね。練習してるとこかっこよかったよ。やっぱりスポーツしてる靖友はいいなぁ。」
「別に……ローラー回してただけだろ。」
「それでも、かっこよかったよ。」
「おう。あんがとねェ。」

目をキラキラさせて見られるのは野球をしていた頃以来で、妙に照れ臭い。
顔に熱が集まるのを感じて、俺は雛美を外へ連れ出した。




日陰を探してしばらく歩くと、雛美に手を引っ張られた。
立ち止まり振り返ると、いつもと違い真剣な顔をした雛美がいてドキリとさせられた。

「どうし」
「あのさ!急に来て、ごめんね。会ってくれて、ありがとう。」
「あ、おう。」
「すごい今更なんだけど、靖友が野球やめちゃった時何も言えなくてごめん。なんて声かけていいかわかんなくて、結局そのまま話さなくなってさ。靖友は遠い学校行っちゃうし、謝りそびれてて。ほんとごめん。」
「……気にしてねェよ。俺もその……悪かった。」
「ううん……。私ね、おばさんから靖友がスポーツ始めたって聞いてすごく嬉しかったの。すぐにでも会って話したかった。でも今まで勇気がなくてさ。だからロードのことも色々調べたんだ。それで、その、えっと……。」

先ほどまで饒舌に話していたのに急に口ごもってしまった。
どうしたのかと顔を覗き込めば、真っ赤になっている。

「どうしたァ?」
「あの、ね。もうすぐインターハイがあるって聞いてね。3年生には最後の大会だって聞いて、私いても立ってもいられなくて。それでこの出張自分から志願したの。」
「ハッ、知っててこの時期にきたのかよ。」
「忙しいのは分かってたんだけど、ごめん。どうしても言いたいことあってさ。」

そう言うと雛美は深呼吸をして俺を見上げた。

「私、インターハイ見に行ってもいいかな。」
「ハァ!?……好きにすればァ。ってか3日もあんだぞ。これねぇだろ。」
「行くよ!休みとって絶対行く!……昔約束したじゃん。甲子園連れてってくれるって。インターハイは、ロードの甲子園みたいなものでしょ?」

その言葉に、昔の約束が蘇った。
確かに雛美の言う通りだ。
そしてそれをまだ覚えていてくれたことが何より嬉しかった。
それを言うためだけに来てくれたのかと思うと、胸が締め付けられた。
なぁ、思い過ごしじゃないよな。
俺は確かめるように、雛美を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。

「雛美。」
「え?なに?どうしたの?」
「俺さァ……お前のこと好きなんだけど。」
「へ!?」
「甲子園は無理だったけど、インターハイ見に来いよ。俺アシストがんばっから。」
「い、いくよ!絶対行く!だって私もずっと靖友のこと……。」

年を気にして言えなかったと零す雛美は、幼い時のままでつい笑ってしまった。
それを咎めつつも笑ってくれるこの笑顔が自分だけのものだと思うと胸がいっぱいになった。
なぁ、俺頑張るから。
だから一番そばで応援しててくれよ。
これから先ずっと、俺のそばに。


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