惹きつけるもの




社会人になって一年目のことだ。
それほどいい大学を出たわけではないのに、私は何故か大手に就職することができた。
内容は雑務メインの事務だったけど、収入が安定しているならそれでよかった。
だけど、同期の中での実力差は大きい。
私以外はみんないい大学を出ていて仕事も出来るし、何より多くのスキルがあった。
そのせいで、私は飲み会でいつも浮いてしまう。
参加しないよりは、と自分に言い聞かせて何とか耐えたけど、頻度の多いそれはだんだん辛くなって行った。
私が福富くんを知ったのはそんな時だ。
仕事で遅れてきた福富くんは空いている席がぼっちだった私の隣しかなくて、申し訳なさそうに腰を下ろした。
それが端っこの席で、私たち以外は少し遠かったのもあり出来るだけ福富くんに話しかけた。
私なんかの隣で申し訳ないと思いつつ、せめて飲み会を楽しんでもらおうと必死だった。
福富くんは無表情で口下手だったみたいだけど、時間が経つにつれ相槌以外もしてくれるようになった。
それ以降、私の隣にはいつも福富くんが座るようになった。
何度か同期の男性陣が話しかけてきたこともあったけど、私は福富くん以上に楽しむことができなかった。
それは福富くんも同じだったようで、私たちは次第に打ち解けて行った。
そんな風に過ごして、もう3年になる。
福富くんとは月に一度は必ず一緒にご飯を食べるようになっていた。
奇数月は福富くんが、偶数月は私がお店を選んでいた。
お酒があまり得意でない私に気を使って、居酒屋ではなくレストランを探してくれるあたりとても優しくてよく出来た人だと思う。
ただ一つ不思議なのが、福富くんには浮いた噂がなかったことだ。
先輩、同期、後輩。
誰が告白しても、断られてしまうというのはぼっち君の私の耳にも入っていた。
そして今日は、新入社員で一番かわいいと噂の子が振られたらしい。
私は福富くんと食事の約束をしていたこともあり、聞いて見ることにした。

「福富くんさ、何で誰とも付き合わないの?」
「どういうことだ?」
「福富くんモテるのに誰とも付き合ってないでしょ?理想がすごく高いとか?」

私はしゃぶしゃぶを器に盛りながらそう尋ねた。
今日のお店は福富くんが見つけてくれたお鍋専門のお店だ。
何度かきたことがあるけど、月替りのつけダレがあっていつ来ても新しい楽しみがある。
顎に手を当てて考え始めた福富くんに盛った器を差し出すと、思い出したかのように顔を上げてそれを受け取った。

「小鳥遊に恋人がいるという話も聞かないが。」
「私?彼氏なんていないし、福富くんみたいにモテるわけじゃないからね。」
「小鳥遊は、どんなやつとなら付き合うんだ?」
「うーん、どんな人って言われても難しいけど……。」

私にだって、過去に彼氏がいなかったわけじゃない。
でも告白して付き合うことになっても、あまり長続きはしなかった。
気持ちのすれ違いだったり、私が背伸びし過ぎていたり理由は色々あったけど、結局のところ合わなかったんだと思う。
でもそれを赤裸々に話すのは気が引けてどう話そうかと考えていると、福富くんは質問を変えた。

「ならば、相手に何を望む?」
「私を受け入れてくれること、かな。無理しなくても一緒にいられること。あとは、もうこの歳だし結婚を視野に入れてくれる人だという事ないかな。」

自分の分を器に盛りながら、私はそう答えた。
早く結婚したい訳じゃないけど、もう20半ばなのだ。
長く付き合ってからの結婚を夢見る私は、そろそろ最後の人を見つけたいと思っていた。
私の返事を聞いて、福富くんは食べていた箸を置いてしまった。
おかしなことを言ったつもりはないのだけど、その真剣な眼差しに思わず姿勢を正してしまう。

「今は無理をさせているのだろうか。」
「今?福富くんといる時は申し訳ないけど何にもしてないよ。私のダメなところは散々見られてるし、今更取り繕ってもねー。」

最初は飲み会のたびに迷惑をかけていた。
酔うとすぐに寝てしまう私は福富くんに絡んだり、膝枕させてしまったりと数々の失態を晒している。
仕事に至っても、何度ぐだぐたと相談してしまったかわからない。
そんな相手に今更かわい子ぶったって意味がないことはさすがに私でもわかる。
ははっ、と笑いながら私は箸を進めた。
今月のつけダレはカボスの香りがするポン酢で、とても爽やかな香りがする。
その香りについ口元が緩んでいく。
そんな私を見て、福富くんも箸を持ち直した。

「白ネギが甘くて美味しいよ。もちろんお肉もだけど、野菜の甘みって幸せだよねぇ。」
「そうだな。」

へらへらと笑う私を見て、福富くんがクスリと笑った。
社内ではポーカーフェイスと言われる福富くんだけど、そんなことない気がするのは私だけだろうか。
私は福富くんから食べ終わった器を受け取り、お肉を鍋で泳がせて盛り直した。
私お気に入りの長ネギは少し多めに盛っておく。

「はい、どうぞ。」
「すまない。」
「いいよー。食べたいのあったら言ってね。」

福富くんは器を自分の前に置くと、また私をじっと見つめた。
あれ、もしかして長ネギは好きじゃなかったのかな。
そう思いつつ自分の器に新しく盛り直していると、福富くんが口を開いた。

「俺では力不足だろうか。」
「ん?何が?」

鍋の中の花形人参がうまく掴めずに苦戦していると、福富くんがさっと掴んでいれてくれた。
可愛い人参に心が跳ねつつも、私はそれを口に運ぶ。

「小鳥遊の恋人にはなれないだろうか。」

私の手から箸が転げ落ちた。
自分の耳を疑った。

「逆じゃなくて?」
「逆とはどういうことだ。」
「私が福富くんの彼女には力不足、じゃなくて?」
「俺は小鳥遊がいればそれでいい。」
「あの、それってつまり?」
「好きだ。結婚を前提に付き合って欲しい。」

口から人参が飛び出しそうになり、慌てて飲み込んだ。
むせる私に、福富くんがお冷を渡してくれる。

「大丈夫か?」
「ん、大丈夫……。それより、なんで私?」
「小鳥遊は自分の魅力に気づいていないだけだ。うちの会社に採用されたのも、まぐれだとは俺は思わない。」

それから福富くんは私の魅力とやらについて延々と説明し続けた。
それは私が赤くなったり青くなったりを繰り返しながら、一時間以上に及んだ。
福富くんがこんなに饒舌なのは、今まで見たことがない。
遮ろうにもその真剣なプレゼンに私は驚かされるばかりで口を挟めなかった。

「そういう理由で、俺は小鳥遊が好きだ。まだわかってくれないのか。」

"私なんて"とネガティブな口癖のある私に、福富くんは"自信を持て"とでも言うように説明してくれた。
もう、なんて返していいかわからない。

「その、今日のように鍋をよそってくれる気遣いも」
「も、もういいよ!わかったから、ほんと。公開処刑だから!」
「気を悪くしたのか?」
「違う、逆だよ。恥ずかしくてもう福富くん見れないから……。」

目を合わせたら、私は落ちてしまう自信があった。
福富くんは嫌いじゃない、むしろ好きだ。
大好きだ。
でもまさか、自分の手が届くなんで思っていなくて混乱する。
あんなに魅力的なのだ。
好きにならない方がおかしい。
今までずっと押し込めてきた感情が溢れ出てきて、恥ずかしくてたまらない。
そんな私に、福富くんは追い打ちをかける。

「俺では力不足だというなら、ハッキリ言ってくれないか。」
「そんなの、言えるわけないよ!私だってずっと……ずっと好きだったんだからぁ。」

溢れ出る涙が止められず、まるで子供のように泣いてしまう。
この後に及んでまだ醜態を晒す自分が恥ずかしくてたまらない。
だけどそんな私を見て、福富くんは席を立ち私を抱きしめてくれた。

「大切にすると、約束する。付き合ってくれ。」
「嬉しい、ありがとう……。」

鼻を啜る私にお絞りを当てながら、福富くんはにっこりと笑った。
あのね、福富くん。
私、福富くんが笑った顔が大好きだよ。
でもこれは、まだ黙っておこう。
これから見られるだろうたくさんの表情に心が弾む。
いつか福富くんの全てを知ることができますように。


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