足枷を解き放て


※新開さんが悪い人です



高校に入ってすぐ、私は恋に落ちた。
少したれ目な大きな瞳に、ふっくらとした唇。
優しくていつもにこやかな新開くんは、いつも何かを口にしていた。
それが子供っぽくて、でもとても可愛くて。
私は一目で恋をした。



誰にでも優しい新開くんは、やっぱりモテた。
私は新開くんが誰かのものになってしまう前に、どうしても自分の気持ちを伝えたくて放課後彼を呼び出した。

「初めて会った時から、新開くんが好きです。付き合ってください。」
「あぁ、いいぜ。」
「ほんとに!?」
「もちろんだ。」

新開くんは私にバキュンポーズをしてそう言った。
予想外の返事に、私の頭の中はお花畑だった。



付き合ってみると、新開くんのいろんな面が見えてきた。
食べ物の好みや自転車以外に好きなこと。
ただその中で一つ引っかかるものがあった。
新開くんは少し軽いというか、手慣れている気がした。
そりゃモテる人だから過去に彼女はたくさんいたのかもしれない。
だから戸惑いつつも、私はファーストキスを彼に捧げた。
だけどそれ以上はどうしても進める気になれなくて、私は三ヶ月経った今でも新開くんと最後まで出来ずにいた。



そんなある日、待ち合わせの時間になっても現れない新開くんに電話すると悪びれもなくこう言われた。

「ごめん、約束したの忘れちまってた。今日はもう他の子と遊んでるし、また今度な。」

それだけ言うと切られた電話に呆然とした。
後ろからは女の子の声がしていた。
浮気だろうか。
それとも付き合っているつもりだったのは私だけだったのだろうか。
私は理解できずに立ち尽くした。
もう一度連絡しようと、何度もスマホを開いた。
その度になんて言っていいかわからなくて、結局何もできなかった。



翌日学校で新開くんを呼び出した。
昨日は悪かった、なんて口にする彼は私の考えていることなど微塵もわからないのだろう。
私は新開くんを見据えた。

「私たち、付き合ってるんだよね?」
「あぁ。それがどうかしたか?」
「昨日遊んでたのは、女の子だよね?」
「そうだな、昨日は隣のクラスの子だけど。」

悪びれもなくヘラヘラと笑う姿に、怒りより呆れが勝る。
私は一つずつ確認するように、ゆっくりと話した。

「それは浮気ってこと?それとも何か事情があるの?」
「浮気をしたつもりはないな。」
「じゃぁ、なに?」
「なに、って言われてもな……。」

少し悩んだ新開くんから、信じられない一言が放たれた。

「俺、雛美とだけ付き合ってるつもりねぇから。」
「……は?」
「1人だけを好きでいるって難しいだろ?可愛い子はたくさんいるんだし。」

私の中でガラガラと何かが崩れて行く。
男の子ってみんなこうなんだろうか。
震える声を振り絞って、私は首を振った。

「私は……そういうの、無理だよ。」
「じゃぁ別れるか。」

あっさりと返された言葉。
何を言っても、きっと新開くんには届かない、
だって私は特別なんかじゃなかったんだから。
彼にとっては、私は大勢の中の一人でしかない。
その事実に打ちのめされた。
一体今までの3ヶ月はなんだったんだろう。
ぼたぼたと大粒の涙が頬を伝うことなく床に落ちていく。
新開くんはそんな私の頭を軽く撫でてから行ってしまった。
そんな優しさ、いらなかった。
さらに溢れる涙を拭うのは億劫で、私はしばらくそこに立ち尽くしていた。
幸い、あまり使われない特別塔だったこともあり誰にも会わずに済んだ。
涙が止まると、心にぽっかりと穴が空いたようだった。
もう男の子なんて信じられない。
こんな思いをするくらいなら、もう恋なんてしなくていい。
そう決めて立ち上がると、ふいに後ろから声をかけられた。

「小鳥遊?」

振り返ると、荒北くんが立っていた。

「泣いてんのか?」

慌てて顔を背けたけど、遅かった。
荒北くんは私にゆっくりと近づいて覗き込んでくる。

「おい。」

顔を覆った手も、荒北くんによってどけられてしまった。
男の子にこんな顔見られたくない。
そう思えば思うほど、涙は溢れてきた。
もう、枯れたと思ってたのに。

「だい、じょうぶ。ごめん、離して。」
「んなわけあるか、泣いてんじゃねぇか。」

荒北くんはそう言って、制服の袖で涙を拭ってくれた。
それは少し乱暴で痛いはずなのに、優しさ故の行動だと思うと不思議と心が温かくなった。

「言いたくねぇなら言わなくていいからァ。1人で泣くんじゃねぇよ。」

荒北くんがどうしてここにいるかは知らない。
ただのクラスメイトの私になぜ優しくしてくれるのかも知らない。
それでも今はこの優しさに甘えたかった。
人の優しさに触れていたかった。
私は荒北くんの胸におでこを当てて、静かに泣いた。
私が泣き止むまで荒北くんはずっと、何も言わずに私を支えてくれていた。



あれから半年が過ぎた。
荒北くんとはあれ以来仲良くしてもらっていて、時々遊びにも出かけた。
荒北くんに会いに自転車部へいくとどうしても新開くんが目に入り辛くなった。
あんなことがあったのに、私はまだ新開くんが好きだった。
新開くんはと言えば、あれからも変わらずいろんな子と付き合っているようで時々揉めているのを見かける。
それでも彼のスタンスは変わらないし、私への態度も付き合っている時とそう大差はない。
引きずっているのは自分だけだと思うと、とても情けなくなった。
恋なんてしないとか思ったくせに未練がましい自分が嫌になる。
そういう落ち込んだ時に限って、荒北くんは優しかった。



そんなある日、荒北くんが珍しく電話してきた。
今から女子寮まで来るという。
要件を聞いても、玄関まで来てくれの一点張りで話にならない。
何かあったのかと焦る気持ちを抑えて、私は外へ出た。
うろうろと寮の前をいったりきたりしていると、荒北くんが遠くから手を振っているのが見えた。

「荒北くん!どうし」

駆け寄った瞬間抱きしめられて、その力強さに私は言葉を失った。
抱きしめられたのは、泣いているのがバレたあの日以来だ。
顔を上げようとすると荒北くんに遮られた。

「まだ新開が好きなのかよ。」

悲しいような、寂しいようなその声は少し震えていた。

「なん、で……それは……。」
「部活見にくるたび、辛そうな顔してっから気になってた。んでさっき、新開から話……。」

言葉に詰まった荒北くんは、さらに強く私を抱きしめた。
話したことはなかったのに、気づかれていたことに驚いた。
何も言えず俯く私に、荒北くんは言葉を重ねた。

「俺にしねェ?」
「え?」
「新開みてぇに顔が良いわけじゃねェけど、新開みてぇなマネは絶対しねぇから。」

好きだ、そう囁かれて頭がパンクする。
どういうことだろうか。
いつからだろうか。
固まる私に、荒北くんは困った顔で笑いかけた。

「俺のこと嫌いか?」
「ううん!そんなこと……。」

その顔に胸が締め付けられる。
気づけば私の生活の中心には荒北くんがいたのだ。
あの日からずっと、私の一番近くにいてくれたのは荒北くんだった。
新開くんへの想いは、後悔しか残っていないのにきづかされた。
新開くんを見るたびに辛かったのは、あの時の悲しみを思い出すからだ。
今私が、本当に好きなのは……。

「あらきた、くん。」

悲しそうな瞳が私を見つめる。
そんな顔をさせてごめんね。
これからは一緒に笑おう。

「荒北くんが好きです。」

笑ったあなたと2人、手を繋いで。
心に空いた穴は、もうない。
埋めたのは私のそばで笑ってくれた荒北くん。
ありがとう、そして。
今度は私が、あなたのそばで笑うから。


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