失態



毎日なんてことのない日々。
大学とバイト、時々遊びに出かける。
唯一の楽しみは、時々講義で一緒になる荒北先輩を眺めること。
でも勇気がなくてそれ以上の接点が作れない私は、眺めるだけで満足だった。



そんなある日、友達に飲み会に誘われた。
"部活の飲み会だけど女の子が全然いないから"と言われて行くのをためらった。
部活なんて興味もなければ、男の子への興味もほとんどない。
お酒も強くないし、絡まれるくらいならと思い断ろうとした。
そんな私を引き止めたのは、友達の一言だった。

「自転車競技部と合同だから、部員じゃなくても目立たないよ。」

それを聞いて、私は二つ返事で快諾した。
自転車競技部といえば、荒北先輩がいるはずだ。
私は邪な下心を胸に、会場である居酒屋に向かった。



幸い今日は比較的可愛い格好をしている。
私は鏡の中の自分を見直した。
80点くらいだろうか。
メイクを直して席まで行くと、飲み会はすでに始まっているようでザワザワとしていた。
私は友達の隣に座り、カクテルを頼んだ。
辺りを見回すと、少し遠くに荒北先輩が見える。
はやる心を抑えつつ、私はちびちびとグラスを進めた。
暫らくすると、周りにいた人たちが入れ替わった。
どうやら、女の子のテーブルを男の子が順番に回って行くらしい。
荒北先輩も他の女の子と話したりするんだ、と思うと胸が痛い。
私はゆがむ顔を隠すようにして、カクテルをぐいっと飲んだ。

「小鳥遊さんいける方なんだ?次なに飲むー?」
「え?あ……じゃぁ梅酒で……。」

相手が変わっても、勧められるままにお酒を頼んだ。
気がつけば頭がふわふわと浮いているような感覚になっている。
私は何しにここにきたんだっけ。
あぁ、荒北先輩と話したかったんだ。
ぼやける視界で辺りを見渡そうとして、バランスを崩した。
酔った体は自分を支えることなんて出来なくて、隣に倒れこんだ。
私は隣に座っていた人の太ももに頭を乗せるような形になってしまったが、目を開ける元気はもうない。
お酒のせいか、とても眠い。

「うおっ。大丈夫ゥ?」

荒北先輩の声がした気がする。
でもそんなわけないよね。
暖かくて心地いい枕とお酒で、私はさらに眠気が増した。

「荒北せんぱぁい……。」

お話、したかったです。
私はそのまま、意識を手放した。



目覚めると、そこは知らない場所だった。
そういえば私、昨日飲み会でどうしたんだっけ?
動かない頭で考えてもよく思い出せない。
辺りを見回すと、誰かの部屋のベッドの上にいるらしい。
そっと起き上がる時何か温かいものに触れた。
目を凝らしてみると、隣で荒北先輩が寝ている。

「うぇ!?」

我ながらなんて声だ、そう思いつつ手で口を押さえたけど、遅かったらしい。
荒北先輩はもぞもぞと動いた後、私を見た。
目があった瞬間、心臓が止まるんじゃないかと思った。

「起きたァ?」
「は、はい。あの……。」

どうしてここに、なんて言えるわけない。
恐らくここは荒北先輩の部屋で、私がイレギュラーなのだ。
昨日の自分を思い出そうとすると、頭がズキズキと痛む。
頭を抱えてしまった私に、荒北先輩は枕元にあったミネラルウォーターを差し出した。

「とりあえず飲んどけ。酒弱ぇんだろ?」
「す、すみません……。」

受け取ったそれを口に含むと、頭が少しクリアになる。
それでも重い頭と気分の悪さは拭えない。
ふと背筋が冷えて身震いした。
肩に手を当てると、素肌に触れて驚いた。
よく見れば、私は服を着ていない。
辛うじて下着だけは身につけているらしい。
そのことに頭が混乱する。
何も思い出せない自分に頭が痛い。
答えを握っているのは、たぶん荒北先輩だけだ。
ちらりと横を向けば、荒北先輩と目が合った。
荒北先輩も肌が露出していて、何もつけていないように見える。
もしかして、という嫌な予感が頭をよぎる。

「あ、あの!昨日って……。」

そこまで言って口ごもってしまった。
まさか"私が襲ったんですか"なんて聞けるわけがない。
おろおろする私を見て、荒北先輩がハッと笑った。

「何もしてねぇよ。」
「え?あ、うん……?」
「小鳥遊が暑ぃつって勝手に脱いでベッド行ったの、覚えてねぇのォ?」

クツクツと笑う荒北先輩はとても楽しそうで、心がきゅんと締め付けられる。
それと同時に、自分はなんてことをしてしまったんだと別の意味で頭が痛くなってきた。

「色々ご迷惑をおかけしたようですみません……全然覚えてなくて……。」

泣きたくなる気持ちを必死に抑えて謝った。
まさか大好きな人の前でそんな失態を晒すなんて。
恥ずかしくて消えてしまいたい。
まけど荒北先輩は俯く私の腕を少し乱暴に引いて、腕の中に収めてしまった。

「え?あ、あの……?」
「俺のこと好きって言ったのはァ?」
「うぇ!?」

まさかそんなことを口にしていたなんて思っても見なくて私は変な声が出てしまった。
慌てて口を押さえると、荒北先輩は私を抱きしめる腕を緩めて声のトーンを少し下げた。

「悪ィ、本気にした。」

その悲しそうな声と表情に、息が止まる。
嘘じゃないと今更口で言ったって伝わらないかもしれない。
そう思うと、私は先に体が動いていた。
お互いの距離を詰めるように、荒北先輩にぎゅっと抱きついた。

「好、好きです!荒北先輩がずっと好きでした。昨日も荒北先輩に会えるかもとか思って飲み会参加して、変なところばかり見せちゃったかもしれないですけど。何言ったかも覚えてなくて申し訳ないんですけど、荒北先輩のこと好きなのは本当で、その、あのっ」

言葉に詰まる私の口を、荒北先輩の手が塞いだ。
反対の手で顔を覆ってしまっていて良く見えないけど、怒らせてしまったんだろうか。
私は抱きついていた腕を離して、口に当てられていた手を剥ぎ取った。

「好きなんです、荒北先輩さえ良ければ、あの」
「ちょっと黙ってろ。」

言いかけた言葉を遮られた。
"付き合って欲しい"なんて言っていい立場じゃないからかもしれない。
そう思い項垂れた私の頭を、荒北先輩が包み込むように抱きしめた。

「なんつーか……俺のになれよ。」
「ふぁ!?」
「ハッ、何だそれ。どっちだよ。」

予想外の言葉に頭が真っ白になる。
顔を上げた私を見て、荒北先輩はクツクツ笑っている。
その、それはつまり……?

「好きなんだけどォ。」
「わ、私もです!」
「知ってる。だから俺のになれよ。」

その言葉に頷くと、荒北先輩は口角を上げてニッと笑った。
あぁ、私はこの顔が大好きだ。
釣られるように私も笑う。
幸せなこの時間に、私は誓う。
二度とお酒なんて飲まない。
だからどうか、幸せが続きますように。


story.top
Top




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -