囚われの獣




いつも楽しそうに笑うのが羨ましかった。
俺にはとても真似できないその姿に嫉妬した。
嫉妬という興味はいつしか好意に変わって行った。
ただそれは、俺には伝えることのできない想いだった。




「やっともくん。」

俺を見つけた小鳥遊は、いつものようにそう呼んだ。
俺はついにやけてしまいそうな顔を必死で抑え込む。

「おう。どうかしたァ?」
「昨日買ったお菓子がね、すっごい美味しかったんだよ。甘さ控えめだからやっともくんも食べない?」

そう言って差し出された菓子を受け取った。
小さな包みはチョコのようで、俺はそれを口に放り込んだ。

「美味しくない?」
「ん、美味いんじゃナァイ。あんがとねェ。」

そう言うとにこりと笑って、前の席に座った。
席が近くなってから、小鳥遊は時折こうして話しかけてくる。
菓子だったり、授業や部活のことだったり内容は様々だがいつも楽しそうだった。
そんな小鳥遊と話せるのが、俺はとても楽しみだった。
だからと言って自分から話しかけるのは何だか気が引けて、つい受け身になってしまう。
他愛ない話でバカみたいに笑ったり、ボケる小鳥遊に突っ込んだりそんな些細なことがとても幸せに感じる。
小鳥遊もそうだといい、なんて考えた自分を疑った。
大丈夫か、俺。
東堂や新開ならまだしも、俺なんて。
そんな思いに行き着いて、心がささくれる。
そんな俺に小鳥遊はいつもと変わらない笑顔を向ける。

「やっともくん。」
「ナァニ?」
「やっともくんって好きな人いるの?」

その問いにドキリとさせられる。
まさかお前が好きだなんて言えるわけもなく、俺は目線をそらした。
問い詰められる前に、話題を小鳥遊に移す。

「そりゃ……まぁ、人並みにィ。小鳥遊はいんのォ?」
「うん。でも、その人には好きな人がいるみたい。」

珍しく眉を下げて笑う小鳥遊は、そっと顔を伏せた。
一体何からこんな話になってしまったんだろう。
さっきまでは菓子の話だったはずなのに、妙な空気にいたたまれなくなる。
小鳥遊の恋がうまく行って欲しいわけじゃない。
俺はそんなに優しくはなれない。
けど落ち込んだ小鳥遊を見ているのは辛くて、つい中身のない言葉が口から出る。

「上手く行くかもしんねぇだろ?諦めんなって。」

言ってから後悔した。
何てことを言ってしまったんだろう。
パッと顔を上げた小鳥遊の目は、少し嬉しそうでその瞳が俺に突き刺さる。
思ってもないことを言うもんじゃない。
後ろめたさから、俺は言葉を重ねてしまう。
本心が混じっているだけにそれらはさらにたちが悪い。

「ほんとに、そう思う?」
「おう。黙ってりゃ可愛いんだから自信持てばァ?」
「それって黙ってなきゃダメってことじゃん!」

黙ってなくたって十分すぎるほど可愛い。
むしろ俺は話している小鳥遊が誰より好きなのだ。
でもそんなこと口に出来るわけがなかった。
俺の言葉に頬を膨らませて怒る小鳥遊からは悲しみの色は消えていて、少しホッとする。
宥めるように頭をくしゃりと撫でると、少し落ち着いたのかいつもの顔に戻った。

「私さー、告白しよっかな。」
「ハァ!?」
「ちょっと、さっき応援してくれたのやっともくんでしょ?」

思わぬ言葉に小鳥遊を二度見すると、不思議そうに首を傾げている。
完全に失敗した。
そんな俺をよそに、小鳥遊はにこりと笑う。

「応援したからには最後まで責任持ってね。」

その言葉に俺は反論することができない。
何より、知らないところで小鳥遊が振られるのなんてごめんだ。

「ったく、めんどくせぇ。」
「協力、断らないよね?」
「断りてぇ。」
「ダメだからね?」
「へいへい。」

にっこりと笑う小鳥遊はめちゃくちゃ可愛い。
誰かのものになるくらいなら、そんなことが頭をよぎる。
だけど俺にはこの顔を裏切ることなんて出来ない。
好きなやつの恋路を見守ることになるなんて。
複雑な思いが頭を駆け巡る。
泣いた顔だけは見たくねェ。
小さく舌打ちした俺を、小鳥遊は不思議そうに見ていた。




数日後、小鳥遊に屋上に呼び出された。
昼休みでもないのにこんな所にくるやつなんていない。
屋上につくと案の定、そこは俺たちだけの空間だった。

「小鳥遊。」
「あ、やっともくん!呼び出してごめんね。」
「早くしねェと間に合わねぇぞ。」
「うん、だから手短に……。」

頬を染めながらそう言われて、胸がざわついた。
小鳥遊は俺をまっすぐ見据えると、いつになく真剣な顔をした。

「ずっと好きだったの。付き合ってくれる?」

その言葉に、胸が跳ねる。
"俺も"そう言おうとすると、小鳥遊は眉を下げた。

「いや、やっぱり付き合ってください、かなぁ。やっともくんはどっちがいいと思う?」

顎に指を当ててウンウン唸る小鳥遊が理解できずに、俺は固まってしまった。

「やっともくん?」

俺の顔を覗き込む小鳥遊は、いつもの小鳥遊だ。
俺はただの練習相手だったんだ。
さっきのは俺にあてた言葉じゃない。
俺は怒りよりも混乱が勝って、自分でもよくわからないことを口にしていた。

「俺ならラフな方がいいけど。」
「そう?じゃぁそうしようかな。ごめんね、なんか悩みすぎてよくわかんなくなっちゃって。」

頬を染める小鳥遊はいつもの数倍可愛い。
背中を押したのは、俺だ。
後悔が押し寄せて、唇を噛み締めた。
高ぶる感情に目頭が熱くなり、視界がゆがむ。
それを悟られないように、俺は空を仰いだ。

「ありがとね。さて、授業遅れちゃうしいこっか?」

ナチュラルに繋がれた手を、俺は振り払った。
小鳥遊は驚いた顔をして俺を見ている。

「悪ィ、俺やっぱ次サボるわ。」
「え?じゃぁ私も」
「1人にしてくんナァイ?」

小鳥遊の言葉を遮り、ドアの向こうへ追いやった。
小鳥遊が階段をおりて行く音が遠くに響く。
その音を聞きながら、俺の目からは涙が滴った。
なぜ背中を押してしまったんだろう。
振られちまえばいいのに、と思う自分が醜くて吐き気がする。
ただ押し寄せる後悔に、俺は項垂れるばかりだった。




結局その後の授業は全てサボった。
どんな顔で小鳥遊と話していいかわからずに、俺はそのまま部活へ行った。
体が鉛のように重く、練習に身も入らない。
なんとか部活を終えると、俺は一人荷物を取りに教室に戻った。
誰もいないはずの教室には明かりが灯っている。
こんな時間に誰だよ。
そう思いつつドアを開けて、俺は立ち止まってしまった。
中の人物はこちらを見て、嬉しそうに笑う。

「やっともくん!」

駆け寄ってきた小鳥遊は俺のカバンを差し出した。

「あのあと帰ってこなかったから心配したんだよ。明日英語あたるでしょ?だから絶対取りに来ると思ってたんだ。」

汗が冷えて行く。
俺しか感じていないだろう気まずさに息が詰まる。
小鳥遊は俺の手を取り、中へと引き入れた。

「ねぇ、やっともくん。」

少し俯いていた小鳥遊が顔を上げた。
俺を見据えるその頬は紅潮していて、目は潤んで見える。
また練習だろうか。
その思いに、胸が締め付けられる。

「好きなの。付き合って。」

練習だとわかっていても、ドキリとさせられる。
好きだと言ってしまえればどんなに楽だろう。
でもその言葉は誰のためにもならない。
俺は唇を噛み締めた。

「やっともくん……?」

不安そうに俺を覗き込む小鳥遊の頭を抑えるように軽く撫でて視線をそらした。

「今ので十分じゃねェ?もう練習なんていらねェだろ。」
「あ、違うの!あのっ、私……。」

強く腕を引かれて、思わず小鳥遊を見た。
大きな瞳からは涙が一筋零れていた。
泣きたいのは俺の方だ、そう思いながらも真意を問う。

「何が違ぇんだよ。」
「私、やっともくんが……靖友くんが好きなの。」

たちの悪い冗談だ。
そんな顔して言われたら本気にしちまうだろ。
苛立ちを抑えきれず、俺は欲望のままに小鳥遊を抱きしめた。

「早く嘘だって言えよ。」
「嘘じゃない!私が好きなのは、靖友くんだよ。今まで黙っててごめん。」

俺の体に絡めるようにしがみついてきた小鳥遊の腕に力が入る。
これが夢で無いならなんなのだろう。
理解が追いつかない。

「やっともくん、好きだよ。大好き。だから私とーーー。」

顔を上げた小鳥遊の口を自分のそれで塞いだ。
それ以上その声で俺のこと呼ぶんじゃねぇよ。
我慢できなくなんだろ。
そっと離れた俺に、真っ赤な小鳥遊が笑いかける。
俺はこの笑顔に囚われた。
俺を繋いだのは幸せという鎖。
どうかこの拘束が続きますように。


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