キスで醒ませて






文化祭なんてクソめんくせェ。
けど福チャンが学校行事もちゃんとしなきゃレース出れねェなんて脅すから、仕方なくLHRに出た。
俺がいない間にクラスの出し物は白雪姫の劇をやることになっていたらしい。
大道具でもやりゃいいだろ、なんて呑気に考えているとクラス中の視線が一気に俺に集まった。
なんだよ、俺何もしてねぇだろ……?
その疑問を隣に座った新開に目で訴えると、ウィンクしてこう言った。

「いいな、それ!頑張れよ靖友!」
「ハァ?一体なんの話だよ。」

今やっていたのは劇の役決めのはずだ。
大道具なんて最後の方だろう、そう思って黒板を見ると白雪姫のところに小鳥遊雛美の文字がある。
一瞬心が跳ねた。
それを見逃さなかった新開は、嬉しそうに話し始めた。
白雪姫を誰にするかで推薦された2人がどちらも嫌がり、じゃんけんをして小鳥遊が負けて白雪姫になったこと。
小鳥遊が白雪姫をやる条件として王子役を指名したこと。
……そしてそれが俺なこと。
クラス中の視線の原因はそれかよ。
あちこちから"やれよ"という他人事の言葉が飛んでくる。
当の小鳥遊に目を向ければ、俯いてしまった。

「何で俺が……。」

小鳥遊のことは前から好きだった。
近くを通るたび少し甘い匂いがして、それが小鳥遊のものだと気づく頃にはもう好きになっていた。
派手ではないがいつも楽しそうに話すその姿勢は誰に対しても同じで、俺に対しても普通に話しかけてくれる。
目が合うと笑って軽く手を振ってくれるのがすげぇ嬉しかった。
授業の時だけかけるメガネがすげぇ似合ってて、黒いセミロングの髪から時折覗くその姿を授業中よく眺めていた。
だからと言って、特別仲が良かったわけではない。
強いて言うなら新開の方がよく話している気がする。
それなのに自分を指名されたことが不思議でならなくて、つい口からそんな言葉が出た。
小鳥遊の眉が下がり、困ったように笑う。

「ご、ごめんね。やっぱ嫌だよね、私となんかじゃ……。」

そう言いながら潤んでいく瞳に、胸が締め付けられた。

「別にっ……小鳥遊とだから嫌って訳じゃねぇけどォ……。」

慌てて弁解すると、クラスから歓声が上がる。
しまった、これはやらされるパターンだ。
ちらりと新開を見ると、嬉しそうにニコニコしてやがる。

「テメーなに笑ってやがる。」
「何でもないさ、頑張れよ。」

その顔がやけに癇に障る。
それでも嬉しそうに笑う小鳥遊に今更”やらない”とは言い出せなくて、結局王子をやらされることになってしまった。




LHRが終わり部活へ行くと、新開はさっそくさっきの話を言いふらし始めた。
それを咎めようにも四六時中見張っているわけにもいかず、あっという間に俺が王子をやることが部に広まってしまった。

「荒北が王子とは中々面白い見世物になりそうだな。楽しみにしているぞ。」
「ウッゼ。」
「うざくはないな!」
「白雪姫とは、りんごの出てくるあの話か?」
「そうだよォ。でも福チャン、俺がりんご食う訳じゃないからァ。」
「そうなのか……。」

一体何度こんなやり取りをしたら済むのだろうか。
そう思いつつも、俺は小鳥遊の笑った顔を思い出してつい頬が緩むのだった。




劇の練習というのは色々とハードだった。
出番の少ない俺はセリフも少なくてまだマシだったが、メインの小鳥遊は大変そうだった。
部活があるからと、俺は王子の練習がない日は部活を優先していたが、小鳥遊は毎日セリフ読みや立ち位置の練習をしていた。
それなのに、セリフ合わせの時はいつも部活の心配をしてくれた。

「荒北くんごめんね、先に荒北くんの所やっちゃうから……。」
「アー、今日自主練だけだしィ……。」

気の利いた返しの出来ない自分に苛立った。
そのささくれ立った心は、小鳥遊の笑顔でゆっくりと解れていく。
いつの間にか、こんなに惹かれていたことに自分でも驚いた。
クラスで特別目立つわけでもない、今回推薦されたのだって肌が白いからという理由だけだ。
それなのにこんなにも人を惹きつけるのは、いつも笑っているからだろうか。
自分との違いに、少し嫉妬した。
小鳥遊のリードもあり、劇の準備はサクサク進んで行った。
中々セリフを覚えられない俺にコツを教えてくれたり、セリフ自体を簡単なものにアレンジしてくれたりと手を尽くしてくれた。
おかげで俺のセリフ自体が減り、なんとか覚えることもできた。
ただその言葉使いがいつもの自分と違いすぎて、どうも引っかかってしまう。

「そ、その御嬢サンは眠っているん、ですかァ?」
「荒北ー、もうちょっとちゃんとセリフ言ってよ。」
「ッセ!誰だこんなセリフ考えやがったのは!」

覚えているのに口に出来ず、もどかしさが募る。
立ち位置はしっかり覚えたし、ちゃんとできるようにもなった。
衣装も出来上がり、小道具なんかも準備が着々と進んでいる。
それなのに未だにセリフに詰まってしまう。

「ねぇ、荒北くんのいつもの言葉づかいに直してみたら?」
「いつものって、あのヤンキーみたいな?」
「うん、それなら言いやすいんじゃないかな。そっちの方が面白くなるかもよ?」

小鳥遊の鶴の一声で、俺のセリフは小鳥遊の手によって書き換えられていった。
それはまさしく自分がいつも使っているもので、すらすらと読み上げることが出来た。

「そいつ寝てんのォ?」
「可哀そうな白雪姫は、さっき毒りんごを食べて死んでしまったのです……。」
「マジかよ。寝てのと変わんねェじゃん。」

読み上げるたびにクスクスとクラスから笑われるのはキツいが、さっきのセリフよりずっとましだ。
合わせが終わり俺は小鳥遊の元へ向かった。

「セリフ、あんがとねェ。」
「あ、ううん!私こそ、巻き込んでごめんね。」
「謝り過ぎだろ。それ何回目だよ。」
「だって……。」

俯く小鳥遊の頭に、軽く手を乗せた。
”気にしてねェからァ”そう言ったものの、自分の顔に熱が集まるのを感じる。
俺は挨拶もそこそこに、部室に向かった。




何だかんだとモメることもあったが、順調に準備は進み当日を待つのみとなった。
ロングスカートのドレスを着た小鳥遊はいつもよりずっと可愛くて、衣装合わせがあるたびにドキリとさせられた。
俺の衣装は、と言えば黒いスーツにスカーフといった簡素なもので安心した。
最初は”王子は白いタキシードでしょ”という女子のせいで白いものを用意されそうになったが、小鳥遊が”荒北くんは黒の方がいいよ”と言ってくれてそれを免れた。
白いタキシードとかどんなプレイだよ。
白雪姫のドレスが白っぽいのもあって、新開は”靖友も白なら結婚式みたいだな”なんてからかわれて参った。
言われると変に意識してしまうもので、小鳥遊のドレス姿がやけに神聖に見えて困る。
そうして迎えた当日、俺の出番は最後の方だから舞台の袖で劇の進行を見ていた。
最初小鳥遊は乗り気でなかったとはいえ、任された時からしっかりと役にのめり込んでいた。
その姿は本当に”白雪姫”を連想させ、思わず見とれてしまう。
ふと舞台上の小鳥遊と目が合った。
いつもなら手を振ってくれるところだが、演技中とあってそれはない。
それがやけにチクリと胸を刺す。
その痛みを誤魔化すように、俺は着替えに下がった。




舞台の方からお妃役の声がして、劇も半ばに差し掛かったことを知る。
着替え終えて新開に髪をセットしてもらっていると、小鳥遊が戻ってきた。
衣装替えはもう終わっているはずなのに、そう思いつつ視線を向けると笑って手を振っている。
その姿に、先ほどの痛みは消えてなくなった。

「荒北くん、ちょっといいかな。」
「ア?小鳥遊もうすぐ出番じゃねェの。」
「うん、でも少しだけだから。」

そう言いつつ新開をちらりと見た小鳥遊は眉を下げる。
何かに気付いたのか、新開は手早く俺の髪をセットすると”手を洗ってくる”と出て行った。
バックの部屋には、俺たちだけが残される。

「座ればァ?」
「あ、この衣装座りにくいんだ。だから立ったままで大丈夫。」

そう言ってドアのそばから動かない小鳥遊の元へ歩み寄ると、顔を伏せた。
舞台からは役者のセリフが響いている。
そろそろ小鳥遊は出番なんじゃないだろうか。
そう思っていると、小鳥遊の目が俺を捉える。

「こんな時にごめん。私、荒北くんのこと好きだったの。だから荒北くんが王子するならって言っちゃったの。本当に巻き込んでごめんね。ずっと、それ言いたくて。それだけだから。」
「え?ア、小鳥遊!?」

小鳥遊はそれだけ言うと、舞台に戻ってしまった。
返事をする前に目の前からいなくなられてはどうしようもない。
”俺もだ”という一言すら空に消えた。
小鳥遊が次舞台から降りるのは、劇が終わってからだ。
舞台そでに戻ると、何事もなかったかのように小鳥遊は演技を続けている。
モヤモヤしたまま、俺の出番が来てしまう。
目の前の棺には小鳥遊が横たわっている。
俺はその横で、吹っ飛びそうなセリフをかき集める。
台本とちょっとぐらい違っても構やしねぇだろ。
大筋があってればいいんだと自分に言い聞かせる。

「これで死んでるとか思えねェんだけどォ。」

そう言って、練習では手の甲にキスをすることになっていた。
そして目覚めた白雪姫は立ち上がり、みんなと喜びを分かち合うというシナリオだった。
なァ、手の甲にキスしたら俺の気持ち伝わんのかよ。
伝わんねェよなぁ。
自嘲気味に笑う俺に、霞めた悪い感情。
舞台を台無しにしてしまいそうなそれを、俺は抑えることが出来なかった。

「息、吹き返せよ。」

台本にない言葉を吐きながら、そっと小鳥遊の頬に口づけた。
小さく”好きだ”と囁けば、小鳥遊がパチリと目を開く。
角度的に観客からは本当にキスをしているように見えたかもしれない。
歓声だか悲鳴だかが湧き、小鳥遊が真っ赤な顔で立ち上がる。
俺を見るその瞳に一度だけ頷けば、小鳥遊は俺の胸に飛び込んできた。
もうセリフも聞こえないほどの歓声に、ナレーションが慌てて締めた。
舞台の幕が下りた途端、質問攻めに合った俺は小鳥遊の手を掴んで走り出した。
後ろから”ロミジュリじゃねぇぞ!”なんてヤジが飛んできた。
声からして新開だろう、あとでぶっ飛ばす。
でも今はそれより、2人だけになれる場所を探して走った。




文化祭では使われない特別棟に逃げ込むと、小鳥遊を階段に座らせる。
その顔を覗きこむように前にしゃがみ込んで、もう一度目を見て言った。

「好きだ。付き合ってくんねェ?」
「ほんと、に?」
「ウソついてどうすんだよ。」

笑った小鳥遊の目からは涙がポタリと垂れる。
それを乱暴に拭うと、クスクスと笑いが漏れた。
どうしたのかと思えば、俺の袖を指さす。
そこは小鳥遊の涙を拭ったせいで、化粧がついて少し白くなっていた。

「せっかく黒いスーツ似合ってたのに、汚れちゃったね。」
「劇も終わったしもういいだろ。白じゃねェから洗ったら落ちんだろォ?」
「そうだね。白も、見たかったんだけどね。」

その言葉に、新開の言っていたことを思い出す。
こんなくせェこと言うなんてキャラじゃねェ、けど。
俺の口からは、既にそれが言葉として漏れていた。

「ソレは結婚式でなァ。」
「……えっ?」

聞き返す小鳥遊に背を向けて立ち上がると、背中に抱き着いてきた。
”楽しみにしてるね”なんて笑いながら言うのは、ずりぃんじゃねェ?
俺はニヤける顔を、押さえることが出来なかった。
自分が自分じゃないみたいな感覚になる。
だけどそれは不思議と心地よくて、嫌な気はしない。
小鳥遊が笑ってくれんなら、何でもいい。
俺は振り返って、そっと小鳥遊を抱きしめた。

願わくばいつまでも、小鳥遊が笑っていられますように。








story.top
Top




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -