貯金箱

※「鈍感」の続編です。




荒北靖友と付き合い始めて、もう半年になる。
結局付き合って三週間で私が音をあげた。
好きな人と付き合ってて、2人きりでいるのにハグまでなんて関係に耐えられなくなったのだ。
靖友はハグすらせず、よく4ヶ月も我慢したと思う。
ちょっと尊敬する。
それからというもの、人前ではいつも通りだけど2人きりになるとやたら甘えてくるようになった。
それが私だけだということに優越感を感じるくらいに、私も靖友のことが好きになっていた。
いつも通りにしていても、講義が被りまくっているおかげで一緒に過ごす時間は長い。
次第に周りにもバレていき、興味本位で私に近づく男はいなくなっていた。
それは靖友も同じで、部活の時はファンの子たちがたくさんいたのに随分と数が減ったと思う。
それでもまだいるファンの子に嫉妬したこともあったけど、そういう日に限って靖友は綿あめより甘くなる。
溶けちゃうんじゃないかってくらい甘やかされて、"好きだ"なんて言われたら嫉妬なんて消えてしまう。
そして今日も、優しく雛美と呼ばれて私は振り返るのだ。

「雛美。」
「あ、靖友。部活お疲れ。」
「ん、あんがとねェ。今日のメシ何作んのォ?」

自転車を転がす靖友と並んで家まで歩く。
その道のりはとても短くて、いつもあっという間だ。
それでも靖友は私の歩幅に合わせて歩いてくれている。
そんな気遣いに、付き合うまで気づかなかった私はなんてバカなんだろう。
いつも、いつだって靖友は私を見ていてくれたのに。

「うーん、野菜炒めとサラダとスープと……。」
「それ肉ねェじゃん!」
「野菜炒めに少し入ってるよ!靖友はいつも肉肉って言うけどさぁ……私のお財布事情も考えてよ。」

家賃と学費は親から援助を受けてるとはいえ、他諸々の生活費はバイトで賄っている。
いくら部活をせずにバイトに励んでいるとはいえ、たくさん食べる靖友を養えるほどの収入があるわけじゃない。
毎日のように訪れる靖友のご飯を作っていると、月末は毎回卵かけご飯を食べる羽目になる。
それでも自転車用品にお金のかかる靖友に催促するわけにもいかず、私は今まで何とかやりくりしてきた。
なんせビアンキに乗る靖友はかっこいい。誰よりもかっこいい。
そんなところをケチられてはたまらないから、ずっと黙っていた。
だけど今月はまずかった。何かと出費が重なり、まだ今月を10日も残しているというのにお財布の中身は心もとない。
だからつい、口にしてしまったのだ。
頬を膨らます私に、靖友は目を丸くした。

「お前まさか……」
「まさか?」
「貯金箱見てねェの?」

貯金箱、と言われてもピンとこない私は表情にそれが出ていたのだろう。
靖友は立ち止まり、大きなため息を一つついた。
ガシガシと乱暴に頭をかくと、私の手を引いて歩き出した。

「ねぇ、貯金箱って?」
「言うより見たほうが早ェからァ。」

そう言ってズンズン歩く靖友に、半ば引きずられるようにして私たちはアパートへ帰った。






部屋に入ると、いつもの定位置にビアンキを置いた。
どうせくるならと買ったスタンドは、恐らく靖友の家に置いてあるものより役目を果たしているだろう。
靖友は手を洗いに行くと、玄関にあった置物を手に中に進んだ。
私もそれに続き、靖友の横に並んで座る。

「ん。」
「何?」
「いいからァ。」

先ほどの置物を手渡され、私の頭は混乱する。
よくよく見れば、それは貯金箱なのだろう。
後ろに硬貨を入れる穴があり、見た目よりもずっしりしている。
上下に振れば重たい音がジャリジャリとして、私は靖友を見上げた。

「これ、何?」
「やっぱ忘れてんのかよ。雛美んちでメシ食う日はそこに食費入れてくって言ったろォ?」
「え、何それ。初耳なんだけど!」
「……マジで酒やめればァ?」

呆れたようにため息をついた靖友は、私の手から貯金箱を奪って行った。
貯金箱を逆さまにすると、フタのようなものを外してテーブルに中身をぶちまけた。
ザラザラと出てくる500円玉や100円玉、そしてなぜか大量のお札。
ポカンとそれを眺める私を見て、靖友は笑い出した。

「ハッ、マジで全然開けてねェんだな。」
「いや、だって!置物だって、思ってたから……。」
「雛美、メシ作る時も飲むときも殆ど事前に買い物してくれてんだろ。だから飲む日は大目に入れといた。」

そう言いながらお札と小銭を分けていくその姿を、私はボーっと眺めていた。
これならもう少しお肉の多いご飯にしてあげればよかった。
ハンバーグやカラアゲを、リクエスト通りに作ってあげればよかった。

「何か、ごめんね。これからはもっとちゃんとご飯作るから……。」
「別にィ。今のままでいいんじゃナァイ?」
「え?」
「雛美のメシ旨いし。」

そう言いながら器用に小銭を積み上げていく。
暫くすると仕分け終わったのか、靖友は私を見てニヤリと笑った。

「なぁ、いくらあったと思う?」
「うーん、10万くらい……?」

あんなに大きな貯金箱がいっぱいになっていたのだ。
しかもお札まで入っている、それくらいになっていてもおかしくない。
そんな私を笑い飛ばすかのように、靖友が私の背中を叩いた。

「倍あったヨォ。」
「え?」
「20万ちょい。」
「えぇ!?付き合って半年だよ?それで20万ってどうい」
「付き合う前の4か月忘れてんじゃねぇぞコラァ!」

私の言葉を遮った靖友は、私に軽くヘッドロックをかましてくる。
もう何が何だかわからなくて、私は抵抗することもできない。

「この貯金箱置いた日から入れてんだよ。だから正確には10ヶ月以上前からァ。」
「ごめ、全然気づいてなかった……。」
「でしょうネ。だって埃かぶってたしィ?」

そう言ってケラケラ笑う靖友に軽くボディブローをかますと、するりと抜けられてそのまま抱きしめられた。
ふわりと香る汗の匂いに、つい体が疼く。
ふと見上げると靖友と目が合って、お互い笑ってしまった。
ゆっくりと近づくその唇に私から噛みつけば、口角が上がってクツクツと笑い始めた。
その表情が愛しくて、私はまた唇を重ねた。
一日中二人きりで居られたらいいのに。
そんなことが頭をよぎって、ふと先ほどの20万のことを思い出す。

「ねぇ、靖友。旅行行かない?一泊二日とかで。」
「ア?さっき金ねェって言ってたのはどこのどいつだよ。」
「お金ならあるじゃん、ここに。」

机を指差すと、靖友は私のおでこにデコピンをかました。

「バァカ、あれは雛美のだろ。」
「うん、私のだけど。靖友と一緒に使いたい。」
「……バァカ。」

くしゃりと子供のように笑ったその頬は赤く染まっていて、言葉とは裏腹にとても嬉しそうだ。
そっと引き寄せられて、抱きしめられた。
ねぇ、一緒にどこへ行こうか。
そう呟くと、”どこでも”なんて答えが返ってくる。
私だって靖友とならどこでもいいんだよ。
忘れっぽくてごめんね。
大好きだよ。


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☆いづみ様リクエスト☆
続きが読みたいと言って頂き、書かせて頂きました!
少し短めではありますが、忘れっぽいヒロインを愛しく思う荒北さんが描けていればと思います。
楽しんで頂ければ幸いです。
リクエスト有難うございました!


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