急速充電




私の幼馴染は、自転車乗りだ。
お父さんもお兄ちゃんも自転車に乗ってる、エリートの自転車乗りだ。
自分に自信があって、堂々としてて、私にはないものをいくつも持っている。
だからいつか、幼馴染じゃ満足いかない日がくるだろうって昔から思っていた。
それでも自分から行動できなかったのは、私だけが持っているものがなかったから―――。


寿一が合宿で家を空けることなんて昔からよくあった。
だから今回も、いつも通りだと思って送り出す。

「寿一、気をつけてね。三日間天気はいらしいけど、山の天気は変わりやすいし。」
「あぁ。」
「お土産忘れずに買ってきてね。」
「あぁ。」
「夏祭りまでには帰ってくるんだよね。」
「あぁ。」
「また一緒に回ってくれる?」
「あぁ。」

自転車の整備をしながらこの生返事。
きっと今、寿一の頭の中は自転車の事でいっぱいだ。
私の話なんて多分耳に入ってすらいないんだろう。
それがなんだか、無性に悔しくなった。

「約束だからね、忘れないでね。」
「あぁ。」
「私が寿一を好きなことも忘れないでね。」
「あ…あ…?」
「じゃぁ、いってらっしゃい。」

ポカンと口を開けて立ち上がる寿一を残して、私は足早に家に帰った。
今頃百面相でもしていたら面白いのに、きっと寿一はいつもの鉄仮面のままだろう。
帰ってくるのが楽しみだな。




今回の合宿は3日間。
いつもの寿一なら、私のメールに返信こそするけど自分から連絡してくることなんてない。
その寿一から、毎日メールがくることがなんと新鮮なことか!
内容は、まぁ……一言しか書いてないわけだけど。
一日目は「あれはどういう意味だ」、二日目は「聞いているのか」。
意味なんてそのままだし、メールだから聞こえないよ!なんて思いながら返信せずにいた。
あの寿一の頭の中に私がいるということだけで何だか嬉しくなる。
この私でも寿一の頭を揺らすことが出来たのだ。
なんという快挙だろうか。
そして待ちに待った三日目。
待てど暮らせど、メールはこない。
帰宅予定の18時を過ぎても何のアクションもないことに焦りを感じ始めた。
さすがに私が3日も寿一の頭に居座ることはできなかった?
もしかして、怪我とかして帰れないんだろうか?
ぐるぐるとループする考えに頭を抱えていると、インターホンが鳴る。
階下でお母さんの声がした。

「まぁ、こんばんわ。そういえば今日まで合宿だったのね〜。」
「はい、これいつもお世話になっているのでお土産です。」
「あら、ありがとう。良かったら上がっていかない?」

続けて寿一の声がした。
慌てて階段を駆け下りると、お母さんにデコピンを食らった。
寿一には目をそらされる。

「こら雛美!家の中をバタバタ走らないの!全く、寿一くんがきてくれたっていうのに何なのその恰好は。みっともない。」

プリプリ怒るお母さんに促されて自分の服装に視線を移すと、キャミソールのすそはめくれあがっておへそが見えてるし、ショートパンツも少しずり落ちていた。
あぁ、なんて情けない…。

「雛美は着替えてきなさい。 寿一くん、どうぞ上がって?」

お母さんナイス!と思ったのもつかの間、寿一の一言でガラガラと崩れていく。

「いえ、今日はお気持ちだけ頂きます。それと雛美、少し出られるか。」

目を合わせてくれない寿一は呆れているのだろうか。
日焼けのせいか、少し顔が赤い気がする。

「す、すぐ着替えるからちょっと待ってて!」
「わかった。」
「雛美をよろしくね。」
「はい。」

階段を駆け上がると、またお母さんの声が聞こえた。
でも今はそれどころじゃない。
買ったばかりのワンピースに着替えると、急いで玄関に戻った。

「お、おまたせ。」
「あぁ。 おばさん、雛美を少しお借りします。」
「えぇ、いってらっしゃい。気を付けてね。」

お母さんに見送られて、二人で外に出た。





言葉もなく、ただ二人で暫く歩いた。
何で何も話してくれないんだろう。
会えた嬉しさより、不安に押しつぶされそうだ。

「寿一。」
「む。」
「おかえり。」
「あぁ……ただいま。」

またパタリと会話が途切れる。
いつもは心地いいはずのこの間が、今はとても重苦しい。

「合宿お疲れ様。」
「あぁ。」
「天気は大丈夫だった?」
「あぁ。」
「怪我はなかった?」
「あぁ。」
「あとそれと」
「雛美。」

間を開けないように、それがたとえいつもの生返事でも。
必死に話しかけると、途中で寿一に遮られた。
それと同時に足も止まり、寿一の目が私を捉える。
いつも真っ直ぐ前を見据えるその目が大好きだった。
でも不安だらけの今、目を合わせ続けるのが怖かった。

「な、なに?」

そう言って少し目をそらしてしまった。

「俺を見ろ、雛美。」
「見、見てるよ?」
「ちゃんと俺の目を見ろ。」

そろり、と視線を上げると、寿一と目があった。
全てを見透かされているようだ。

「なぜメールの返事をしない。」
「……。」
「雛美のおかげで練習に身が入らなかった。責任を取れ。」
「えっ?」

そう言って抱きしめられた。
身を捩っても離してくれないほど、強く抱きしめられる。

「え?何?どういうこと…?」
「お前が合宿前に言ったことが頭を離れない。いつもなら短いはずの、たった3日が耐えられないくらい長かった。雛美が足りない。」
「え、ちょ。だからそれどういう」
「好きだ。」
「……えぇ!?」
「雛美が好きだ。いつもくるメールが来ないだけで足りなくなるくらい雛美が好きだ。だから充電させろ。」

いつになく饒舌になる寿一。
これが照れているときのしぐさだということは、長い付き合いで熟知している。
だからきっと寿一は今、本気で私に告白してくれている。

「わ、私も寿一が好きだよ。ずっとずっと前から。」
「そうか、なら……」

問題はないな、とつぶやいて、寿一の唇が私のそれに触れた。
軽く触れるだけのそれは、寿一の熱をすべて奪ったかのように触れた場所から全身へ熱が伝わった。
寿一と目が合うと、珍しくふっと笑った。

「新しい服も似合うぞ。」

そう言って体を離した。
あぁ、なんだ。
私が寿一を見ていたのと同じように、寿一も私を見ていてくれたんだ。
そっと手を伸ばすと、ごつごつした手に包み込まれた。
これからも、寿一の未来に私がずっといられますように。


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