Liar





「私さぁ、実は好きだったんだよね。巻島のこと。」

そう言った初恋の女の子は、その翌日転校していった。
まだ小学生だった俺は連絡先も聞けず、どうすることもできなかった。
ただ、好きな子と両思いだったという過去形の現実だけが残った。
高校生になった今ならわかる。
子供の好きなんて秋の空のように変わりやすい。
変わらないのは俺だけだと、実感させられた。
高校で再会したお前は、俺のことなんてこれっぽっちも覚えちゃいなかったからな。



高校に入ってすぐに気がついた。
昔からハッキリとした顔立ちだったが、幼さが薄れ可愛いというより綺麗という言葉が似合うその顔に息を飲んだ。
セミロングから見え隠れする目尻のホクロがそれを際立たせている。
"お揃いみたいだよね"なんて言ったのは、小鳥遊の方だった。
じっと見ていると時折こちらを見ては目を逸らすその姿に、胸が高鳴る。
もしかして小鳥遊も俺のことを覚えてるんじゃないかと、そう思わせた。

「なぁ、小鳥遊。俺のこと覚えてないか?巻島祐介、同じ小学校だったっショ。」
「……いや、知らないけど……。」

怪訝そうなその顔に、俺の期待はガラガラと崩れて行く。
小鳥遊はふいっと顔を逸らすとそのまま俺を見ることはなかった。



それからしばらくして、小鳥遊があちこちで呼び出しを食らっているのを知った。
その大半は告白で、残りは妬み僻みだった。
呼び出しから帰ってくるたびに小鳥遊の顔は生気を失っているように見えた。
放課後、俺はいてもたってもいられなくて、小鳥遊に話しかけた。
話題があったわけじゃない、ただ笑わない小鳥遊が痛々しくて見ていられなかった。

「なぁ、小学校の時にいた田中覚えてるか?小鳥遊と仲良かったっショ?」
「田中って、田中秋穂……?」

小鳥遊の目が、鋭くなった。
それは、俺と同じ小学校だったことを意味している。
それに少しホッとした。
ただわからないのは、仲が良かったはずの田中の話で嫌そうな顔をしたことだ。
深く聞いていいのか分からずに黙っていると、小鳥遊はめんどくさそうに答えた。

「田中秋穂は巻島のこと好きだったからやたら突っかかってきただけで、私は仲良くした覚えなんてない。」
「やっぱり小鳥遊……俺のこと覚えてるッショ。」
「……忘れたかったから忘れたことにした。」

"忘れたかった"そう言われたことに頭が真っ白になる。
好きだと言ってくれたのは小鳥遊の方だったじゃないか。
俺も同じ気持ちだと、喜んだはずなのに。
小鳥遊が俺をなかったことにしようとしていることに頭が痛くなる。

「俺は……一度も忘れたことなんてないショ。ずっと小鳥遊のことが……。」
「嘘つき。」
「嘘なんてついてないショ!」
「じゃぁなんで田中なんかと付き合ってるのよ!それも私が転校してすぐに!」

小鳥遊の目からは涙がこぼれている。
身に覚えのないことに俺は記憶をたどるが、小鳥遊以外を好きになった覚えもなければ誰かと付き合ったことなど一度もない。
黙っていると、小鳥遊はため息をついた。

「田中から電話きたんだよ。巻島くんと付き合うことになったからって。だから巻島くんに連絡してくるなって。」

渇いた笑いを浮かべる小鳥遊は、今まで見た中で一番痛々しい顔をしていた。
そうさせているのが自分だということにやり場のない怒りが生まれる。
ただ小鳥遊を傷つけているそれが事実じゃないことがせめてもの救いか。
俺は小鳥遊の目を見た。
怒りと悲しみの色が、心を苦しくさせる。

「小鳥遊、聞いて欲しいショ。」
「何?言い訳?」
「俺は田中と付き合った覚えはないし、告白すらされてないショ。俺はずっと小鳥遊のことが好きだったからな。他なんて見てないショ。」
「……嘘。」
「そもそも、田中は私立中学に行ったから小学校卒業以来会ってねぇ。」

小鳥遊は目を見開いたまま固まった。
今ここで証明なんて出来ない、どうしたら信じてもらえるだろうか。

「そうだ、同じ中学のやつに聞けばわか」
「もういいよ。」

小鳥遊の目から怒りは消えた。
変わりに、涙がボロボロと零れている。
ハンカチなんて持っていない。
カバンから部活用のタオルを出して差し出すと、小鳥遊は小さくお礼を言いながら受け取った。

「ごめん、私巻島のこと誤解してて。」
「わかってくれたならそれでいいショ。」
「知らないとか言ってごめん。本当は忘れたことなんて無かった。ずっと好きだった。久しぶりに見た時はびっくりしたけど……。」

髪色変わり過ぎでしょ、そう言いながら笑う顔はあどけなさを残していて昔の小鳥遊を思い出す。

「本当、色々ごめん。」
「もう気にしてないショ。」
「それで、今更なんだけど……。」

頬を赤く染めた小鳥遊は少し俯いた。
小鳥遊が言おうとすることがわかった俺は、小鳥遊を制止した。

「小鳥遊、好きだ。付き合って欲しいショ。」
「え、あ、それ私がっ!」
「前は先越されたからな。今度は負けないショ。」

小鳥遊はプッと吹き出して、ケラケラと楽しそうに笑った。
昔と変わらないその姿に頬が緩んだ。
いつの間にか小鳥遊の涙はすっかり乾いてる。

「昔から、ホント変なところ拘るよね。」
「うるさいショ。……返事、してくれないのか?」
「そんなの、決まってるでしょ。」
「ちゃんと答えろショ。」
「……私も巻島が好き。だから……よろしく。」

顔がだんだん俯いて、しりすぼみになる声は、弱々しい。
だけどそれが照れているからなのだと、真っ赤な耳を見ればわかる。
昔からあまり素直じゃなかったよな。
その姿が可愛くて、愛しく感じた。
見た目は変わっても中身は変わっていない。
それは俺も同じだ。
かなり時間はかかったけど、その時間はこれから埋めればいい。
なぁ小鳥遊。
まずは昔話から始めようか。




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