卒業式




3月、それは別れの季節。
私たち3年は、今日卒業する。


高校生活は、それなりに楽しいものだった。
寮では毎日美味しいご飯が食べられて、友達と笑いあって。
時には気になる男子の部活を覗きに行ったり、誰かの恋を応援したり。
それなりに、充実した日々だった。
そう、それなりには。
結局私は、好きな人に告白すら出来ないまま今日を迎えてしまった。
気づけば目で追っていた、同じクラスになったことすらない。
忙しそうだから、部活が大変そうだから、接点がないから。
そうして自分に理由をつけて、ずるずると引き伸ばした結果がこれだ。
私は朝から、ため息ばかりついていた。




形だけの式が終わると、みんな教室や玄関で最後の別れを惜しんでいた。
箱学ではもはや習慣となったネクタイやリボンの交換もあちこちで行われていた。
彼氏彼女、または好きな人にネクタイやリボンをもらうというものだ。
私は渡す相手などいないのだけど。
私は友達と一通り別れを惜しんだ後、"最後なんだから当たるだけ当たってこい"と背中を押され、やっと気持ちを伝える決心をした。
でもどこを探しても見つからない。
どこもかしこも在校生と卒業生が入り乱れ、がやがやと騒がしい。
もう会えないかもしれない、そう思った時だ。
前方で"福チャァン"と呼ぶ声がした。
いた、間違いない。
福富くんをそう呼ぶ人を、私は一人しか知らない。

「あらきた、くん!」

私は走って荒北くんの袖をつかんだ。
今しかない、言わなければ。

「あの、ネクタ」
「小鳥遊サンじゃナァイ。探す手間省けたな。」

私の声にかぶせるようにそう言って、荒北くんは私の手を掴んだ。
え?どういうこと?
よく見れば周りには福富くんを始め自転車部の人が学年問わずいて、心なしかみんな引いている。
別れの挨拶の邪魔をしたかもしれないという気まずさから顔を伏せると、手をぐいっと引っ張られた。

「んじゃ俺あとで部室に顔出すからァ。」
「え?あの、ちょっ……。」

私のことなどおかまいなしに、荒北くんは手を引いたまま歩き出した。
嬉しいはずのそれは、困惑にかき消されてただ疑問ばかりが浮かぶ。
あれ?なんでこんなことに?
ネクタイは?どこいくの?
それでもスタスタと歩き続ける荒北くんについて行くのがやっとで、私たちは気づけばひと気のない場所で二人きりになっていた。
立ち止まった荒北くんは私に向き直り、リボンの端をそっと引っ張った。

「コレ、俺にくれねェ?」

するすると引き抜かれて行くリボンは、やがて全てが荒北くんの手の内に収まる。
満足そうに笑う荒北くんは、鼻にリボンを押し付けるようにしてスンスンと鼻を鳴らしていた。
まるで自分の匂いを嗅がれているようで、急に恥ずかしくなってきた。
それでも背中を押してくれた友達のためにも、当初の目的を果たさなければ。
私は顔を上げると、荒北くんのネクタイを指差した。

「わ、わ、私にも、その、それ……下さい!」
「ハッ、何で敬語なんだよ。」

同じ3年だろうが、そう言いながら荒北くんは私の手を掴んだ。
そしてそのまま、手は荒北くんのネクタイに押し付けられる。
シャツの向こうから荒北くんの体温が伝わるようですごくドキドキする。

「欲しかったら取ればいいんじゃナァイ?」
「えっ。」

口角をあげて意地悪そうに笑う荒北くんは、私を見てそう言った。
両手をポケットに突っ込み、少し前屈みで私を見ている荒北くんのネクタイはもう目の前だ。
私はそっと首元に手を伸ばして、できるだけ丁寧に外そうとした。
でもネクタイなんてどう結んであるのかわからなくて、中々外せない。
それでも荒北くんは手を貸してくれるわけでもなく、ただずっと私を見つめていた。
恥ずかしくて目線を上げることもできずにモタモタしていると、荒北くんが笑った。

「ハッ、小鳥遊チャン不器用すぎじゃナァイ?」
「や、ネクタイとかしたことなく、て。」

笑った息が顔にかかって、なんだかものすごく近いし恥ずかしい。
俯いていると、荒北くんは私の手ごとネクタイを掴んでぐっと引っ張った。
するとあんなに頑固だったはずのネクタイはスルスルと解けて、私の手の中に収まった。

「あ、ありがとう。」
「小鳥遊チャンさァ、なんで俺のネクタイ欲しいのォ?」

この状態で聞かれるとは思ってなくて、びっくりした。
卒業式でネクタイって言ったら暗黙の了解だし、第一荒北くんだって私のリボン……。
そこまで考えてやっと思い出す。

「わ、私のリボン!」
「ア?何。俺のネクタイ持ってくくせにコレくれねぇの?」
「いや、そうじゃなくて……。」
「……俺さぁ。好きなんだよ、小鳥遊チャンのことォ。」

知らなかったろ、そう言って笑う荒北くんはどこか悲しそうな目をしている。

「わ、私だって!好き、だよ。荒北くんのこと……。」
「アンガトネェ。……でもまぁ、今日までだよなァ。」

荒北くんは、壁にトンっともたれて空を眺めた。
私たちは、今日卒業してしまうのだ。
地元に行くなら未だしも、私は県外の大学だ。
荒北くんがどこに行くのか知らないけど、かぶることなんて早々ないだろう。
一筋の涙が、頬を伝った。
もっと早く伝えればよかった。
後悔ばかりが押し寄せる。
そんな私の頭をポンポンと軽く叩き、荒北くんは私を覗き込んだ。

「小鳥遊チャン。」
「うん?」
「やっぱ付き合って。」
「えっ?」
「諦められる気ィしねぇわ。」

その言葉に、頷きたくなる。
でも、私たちはお互いの進学先を知らない。
いきなり遠距離だってありえる。
そう思うと、すぐに答えが出せなかった。
距離は、人の気持ちを変えてしまう気がして怖かった。

「ごめんね、私大学県外なの、関東ですらない。だから……。」
「ア?小鳥遊チャンどこ行くんだよ。」
「静岡の、洋南ってとこ。行きたい学部があって……。」

時が止まったかと思った。
気まずくて、今にも逃げ出したい。
荒北くんの顔を見ることすらできなかった。
ただ俯いて、時が過ぎるのを待った。
すると頭上からハッと笑い声が聞こえる。
私が顔を上げた瞬間、荒北くんに抱きしめられた。

「諦める必要ないじゃナァイ!」
「えっ?」
「俺も。」
「……うん?」
「俺も洋南行くんだよ。」

予想外の答えに言葉が出ない。
荒北くんも洋南?
ってことはつまり?
同じ大学……?
頭が理解する頃に、やっと抱きしめられていた恥ずかしさがこみ上げてきた。

「あ、荒北くん!」
「ンだよ、今更付き合わねぇとかナシだかんなァ。」
「い、いや、そうじゃなくて……って、え?」

嬉しさと驚きで頭がパニックを起こしている。
そんな私を、荒北くんは不安そうな顔で見ていた。

「付き合ってくんねぇの?」

その問いに、私は首を横に振ることしかできない。
でも想いは伝わったようだ。
荒北くんは口角を上げてにっこり笑った。
私もそれにつられて笑う。
ダメ元でもらいにきたネクタイからこんなことになるとは、思わなかった。
それでも私の気分はこれ以上ないくらいに高揚していた。

「荒北くん、好きです。」
「ハッ、俺もォ!」

こうして笑いあえる幸せがいつまでも続きますように。



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