前日




付き合って3年になる彼氏は、自転車乗りだ。
彼が自転車に乗った時の表情や逞しさに惹かれてアタックしまくってやっとのことで付き合ってもらえた。
"お前のアタックだけは防げねーな"なんて笑って言っていたのが今では懐かしい。
そんな彼が、誕生日には休みを取るからとその分今は部活に励んでいる。はずだった。
誕生日前日の朝、私を呼び出したのは紛れもない彼からの電話で今すぐ家に来て欲しいという。
こんなことは今までなかった。
IH以来、聞いたことのないような落ち込んだ声色に私は家を飛び出した。




インターホンを鳴らすと、スマホが鳴った。
相手は部屋の主だ。

「もしもし?きたよ。」
「鍵開いてっからァ。」
「わかった。」

いつもならめんどくさそうにだけどドアを開けてくれるのに。
不安と緊張で息がし辛い。
ドアを開けるといつもの、少し散らかった部屋。
いつもと違うのは、足にサポーターをがっちりと巻きつけた靖友の姿だった。

「どうしたの、それ……。」
「オーバーワークってやつ。足壊しちまった。」

自嘲気味に笑う彼にいつもの覇気はない。
言葉のでない私の肩からはドサリとカバンが落ちた。

「い、いつ治るの?痛みは?」
「痛くはねェけどォ……もう治んねェらしい、笑えんだろォ?」

野球の次は自転車だぜ、なんて言って笑う靖友の目には光なんてない。
私の目からはボタボタと大粒の涙がこぼれ落ちた。
駆け寄った私を制止して、靖友は座るように促した。

「雛美はさァ、俺が自転車に乗ってんのが好きなんだろ?」
「うん?」
「俺もう自転車乗れねぇし。」
「だか、ら?」
「別れねェ?」

何を言っているのだろうか。
頭が、脳が理解することを拒んでいるような不思議な気分だ。
別れる?誰が?何で?
しばらくの沈黙の後、私の中にはふつふつと怒りが湧いてきた。

「バッカじゃないの!確かに自転車に乗ってる靖友が好きだよ。でもそんなのただのキッカケじゃん!自転車に乗ってなきゃ価値がないとでも思ってるの?何考えてんの?私がそんな軽い気持ちで靖友と一緒にいるとでも思ってるの?何なの?みくびらないでよ!私は靖友が好きで、自転車に乗ってるのも好きだけど、靖友そのものが好きなんだよ?口が悪いとこも素直じゃないとこも、優しいのに照れ屋でうまく表現できないとこも全部ひっくるめて好きなの!今更こんなバカみたいなこと言わせないでよ。まさか今まで気づいてなかったなんて言わせないからね!」

一気にまくし立てた私の目からは絶えず涙が溢れていて、その姿をぽかんと口を開けた靖友が見ていた。
靖友から野球だけじゃなく自転車まで奪うカミサマなんて存在を酷く恨んだし、そんな小さなことで私と別れようとする靖友にもイライラした。
私がどれだけあなたを愛してると思ってるの。
怒りで思わず膝立ちになった私を、靖友が引き寄せた。
ポスッ、っと腕の中に収められた私はどうしていいかわからない。
その時、靖友のスマホからメロディが流れた。
視界に入ったそれは、12時のアラームだった。
その音を聞いてハッと思い出した。

「ご、ごめ……足乗っちゃってるから!おりるからちょっとはなし」
「悪ィ。」
「え?」

顔を上げた私の唇に、靖友のそれが軽く触れた。
突然どうしたのかと思えば、靖友は優しい目で私を見ていた。

「今日なんの日ィ?」
「誕生日の前日……?」
「ソーダネ。んで何の日ィ?」
「……?」
「エイプリルフール。」

そう言ってニヤリと笑う靖友の頬は少し赤い。
もしかして、もしかして、もしかして!

「あ、あ、足!騙したの!?」
「だから悪ィって。」
「ちょ、どれだけ心配したと思って!何考えてんのよ、バカ!」

そう言って押しのけた私の手を掴んで、靖友は引き寄せた。
鼻と鼻がぶつかるくらい近くに顔があって、さっきの自分が急に恥ずかしくなった。
いくら暴れても離してくれない靖友は、私をずっと見つめている。
観念して靖友を見ると、ふっと笑った。

「なぁ、雛美。」
「何よ。」
「結婚しようぜ。」

信じられない言葉に時が止まったようだった。
目を見開いたまま止まってしまった私を、靖友が不服そうな顔で見ている。

「聞いてんのかァ?」
「……き、聞いて、るよ……?」
「んじゃ何?嫌なわけェ?」
「ち、ちがっ!だって、え?」

しばらく考えて、靖友のさっきの言葉が蘇る。

「あ!エイプ」
「ちげぇよ、バァカ。」

拗ねたのか靖友にデコピンされた。
地味に痛いそれは、これが夢じゃないと教えてくれる。

「え、ホントに?」
「おう。」

そう言って笑った靖友は、優しくキスしてくれた。
少し離れたその顔をもう一度近づけて、鼻をコツンとぶつける。

「それにしても、なんで今日プロポーズしてくれたの?」
「ハッ、雛美が先にしたんだろーが。」
「へ?」
「あんな口説き文句聞いたことねェよ。」

そう言って笑う靖友は少し赤くて、嬉しそうだ。
それを見て、私も頬が緩んだ。
これから先もずっと靖友と笑い合えますように。




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エイプリルフールということで、荒北先輩がウソをつくお話でした。
本来はウソをついていいのは午前中で、午後には種明かしをするんだそうです。
今年私はウソをつけそうにないので、荒北先輩に変わりにしてもらいました。


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