近いと見えないもの






幼馴染という、都合のいい関係から抜け出してもう2年。
高校生にしては割と長い方だと自負しているけど、そもそも生まれた時から兄妹のように一緒に育っているのだ。
付き合いはもうすぐ18年になる。
そんな私たちにも倦怠期というものがやってきたのは、つい最近。
隼人が口にする言葉の端々に妙に苛立って、突っかかってしまう。
隼人も隼人で、寿一とばかりつるんで部活漬けだ。
今は隼人が食べているパワーバーにすらイラつける。

「なんでこうなっちゃったのかなぁ。」

ため息をつくと、後ろから頭をはたかれた。

「独り言がでけぇんだよ。」
「荒北ぁ、お前も憎いっ。」
「ンだよ、わけわかんねぇ。」

自習でそれぞれ好き勝手やっているのに、わざわざ私の前の席に来たということは話を聞いてくれるらしい。
顔に似合わずおせっかいだと思う。
でも今日はそれに頼ることにした。

「ねー、最近の隼人ってどう?」
「どうも何も、何も変わんねぇけどォ。」
「最近さぁ、何かこう……モヤモヤして隼人に当たり散らしちゃうんだよね。言動一つ一つがイラつくっていうか。」
「あっそ。」

聞いているのかいないのか、雑誌に目を落としながら荒北はめんどくさそうに相槌を打った。
ねぇねぇ、と催促するとこちらを見もせずにため息をついた。

「オメーら長く居すぎなんじゃナァイ?」
「どういうこと?」
「近すぎると見えるもんも見えなくなんだろ。」
「なにそれ。」
「……新開は苦労してんな。」

ちょっと、と言いかけると荒北は立ち上がった。
彼なりに答えが出たのだろう。
私をちらりと見て少し考えた後、そっと耳打ちした。

「新開より俺を優先すればわかるんじゃナァイ?」

お互いにな、なんて言うもんだからバカにされたみたいで私はカッとなった。

「やってやろうじゃん?そうすればわかるんでしょ?」
「アー……まぁ程々にな。俺殴られたくねぇし。」

そう言いながらヒラヒラと手を振って荒北は行ってしまった。
殴る?私が?
荒北の言葉はよくわからなかったが、その時の私は気にも止めずに忘れてしまった。




その日から、隼人を避けるかのように荒北に纏わり付いた。
朝も下駄箱で待って、お昼も一緒、部活へも見送った。
最初は何かと声をかけてきた隼人も、私があまり聞いていないのに気づいたのかだんだん目も合わせなくなってきた。
毎日あったメールも、2日に一回になり、3日に一回になり、とうとう一週間に一回まで減って行った。
そうして1ヶ月が経った頃、隼人に呼び出された。
深刻そうに話があるなんて言われて、私は断れなかった。




お昼休みに荒北に断りを入れてうさ吉のところへ行くと、隼人は既にきていた。
暗い顔でうさ吉に話しかける姿は、世話を始めた頃の隼人とダブって見えて嫌な感じがした。
だから出来るだけ明るく、隼人に声をかけた。

「隼人、遅くなってごめんね?」
「俺も今来たとこだよ。」

そう言って立ち上がった隼人は、笑っているはずなのにどこか悲しそうだ。
どうしたの、そう言おうとした時、がしっと両肩を掴まれた。

「雛美は、靖友が好きなのか?」

力に反して弱々しい、消え入りそうな声で隼人はそう言った。
突然のことで理解するのに時間がかかってしまう。
私が?荒北を?
そんなわけない、私が好きなのは隼人1人だけだ。

「荒北は友達だよ。隼人どうしちゃったの?」
「俺たち……付き合ってるんだよな?」
「え?うん、そのつも」

言いかけた言葉が唇で塞がれた。
隼人の柔らかいそれは少し震えていて、すぐに離れていく。
随分久しぶりのキスにドキドキした。

「どこへも行くなよ。」
「行かないよ?私が好きなのは今も昔も隼人1人だよ。」
「じゃぁなんで……。」

隼人の頬には涙が伝っていた。
慌ててハンカチを取り出すと、私の手ごと隼人は自分の頬に当てた。
そしてそのまま、ポツリポツリと話し始めた。
私が荒北を優先するから嫉妬したこと、自分を避けだしてからは嫌われたと思ったこと、それを荒北に問い詰めても逃げられたこと。
その結果が、私が荒北に乗り換えたという誤解らしい。
私は精一杯背伸びをして、隼人の前髪に優しく触れた。
頭には手が届かないから、そっと前髪を撫でた。

「あのね、隼人。ごめんなさい。」
「何がだ?」
「私、荒北に隼人のこと相談したんだ。それでその……。」

ことの顛末を話すと、隼人の目からは悲しみの色は消えていつもの隼人に戻ったようだった。

「ごめんね、私がイライラしちゃったのは隼人にかまって欲しかったんだと思う。離れてよくわかったの、寂しかったんだって。」
「俺こそ、ごめんな。雛美が、寂しがってるのはわかってたんだ。それなのにロードにかこつけて蔑ろにしたり、都合のいい時だけ呼び出したり俺も随分勝手だった。だから雛美のイライラは受け止めるべきだと思ってた。それを雛美が悩んでるなんて、思わなくてさ。」

小さい時から、ワガママはお前の特権だろ?と隼人は頭を撫でてくれた。

「長く居すぎて見えない、ってこういうことだったんだね。」
「ん?」
「一緒にいることが当たり前で、お互いわかってるつもりになって話さなかったから。最初からちゃんと言えばよかったのにね。」
「そうだな。俺はこれからも、雛美のワガママは出来る限り受け入れるよ。だから安心してくれよ。」
「ん、サーヴェロにやきもち焼くのはもうやめる!だけどたまには私にもその……甘えたりとか、してね?」

隼人は優しく微笑んで私にキスをした。
少し誤魔化された気もするけど、隼人に大事にされてるってわかるから今はこれでいいや。





教室まで見送りに来てくれた隼人は、荒北を見つけると目の色が変わった。
あれ、怒ってる?
それを見た荒北が慌てて私の後ろへ隠れた。

「靖友、雛美の後ろに隠れるとはいい度胸だなぁ?」
「新開、落ち着けって!小鳥遊と話したんだろォ?」
「あぁ。ことの元凶が靖友だってな。」
「おい小鳥遊!テメーなんて話し方しやがっ……やめろ、落ち着け新開!」

そこでふと、荒北の言葉を思い出した。
"殴られたくない"は私でなく隼人だったんだ。
放って置いてもよかったけど、愚痴を聞いてくれたお礼に助けてあげますか。
私は隼人に一歩近づいた。

「ねぇ、隼人。」
「雛美、今はちょっと立て込んで……」

私は隼人にぎゅっと抱きついた。
教室じゅうの視線が刺さるようだ。
何が起きたかわからずに固まっている隼人の胸の中で、そっと囁いた。

「イイコにできたら、あとでちゅーしたげる。」
「……!!」

隼人にはしっかり聞こえたらしい。
荒北に向かって振り上げられたた拳は降ろされ、隼人の手から力が抜けていった。
その代わりに、私をぎゅっと抱きしめた。

「あとでっていつだ?」
「放課後、かなぁ?」
「待てねぇよ!」

尻尾があったら振り切れてるんじゃないかと思うほど、隼人は嬉しそうにそう言って私の手を引いた。
そして私たちは、午後の授業には出られなくなった。





「テメーの愚痴は二度と聞かねぇ。」
「え、なんでっ?」
「自分の胸に手ェ当てて考えろボケナス!」




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